初めての(?)まともなお友達
Side Rio. ~有馬・L・慧人~
朝、実は同じクラスだったらしい宮内 直弥(通称マッドワカメ)と共に登校し、二年Aクラスに入ると、その途端、坂崎に手招きされた。キラキラしい満面の笑みで、何をするのかと思えば……。
「はい、レタス。あげるよ」
だそうだ。
や、意味分からんし? レタス一玉渡されても困るし?
ただ、しばらく硬直していると悲しそうな顔になったため、仕方なく受け取り、とりあえずカバンに突っ込んだ。……今日の夕飯は、ロールキャベツのレタス版にしよう。上手くいくかはともかくとして。
今日も一日、こんな感じで変人と共に楽しく過ごしていかなければならないらしい。……マッドワカメも増えたしな。
「君の最初の友人は変わっているね? ……朝にいきなりレタスを渡すとは」
「いや、お前も十分すぎるほど変わってるけど。そしてワカメだけど」
「ワカメとは失礼な。俺のこの高貴な天パに口出ししないで欲しいね。天然パーマに、悪いヤツはいないんだよ?」
なんだ、某死んだ魚の目をした甘党じゃあるまいし。んなセリフ言ってんじゃねぇ。つか、いいのかコレ、少年ジャ○プ的にいいのか?
「あ、えと、ワカメくんは糸目くんと友達になったの?」
……あだ名が。いや、俺も心の中ではワカメって呼んでるけどさ。
「あぁ、そうだな。俺にとって慧人くんは、大切な友人だよ」
「へぇ、友達になるの、早いんだねー」
どうやら“友人”という言葉の裏にある“モルモット”という副音声は、俺にしか聞こえていないらしい。だが、断言できる。絶対に、このマッドワカメは俺のことをモルモットと呼んでいる…!
……なんで俺、そんなどうでもいい確信なんかしているんだろう。
なんか悲しくなった十六歳春の終わり。……そこは夏にしとこうとか言うなって。実際に春の終わりなんだからしょうがないだろ?
変人一号二号の怖さに悲しみを覚えた俺は、『今日の昼休みは絶対に逃げよう』と、そう決めた。さすがに、ストレスで胃に穴が空いてしまうことも考えると、休養は必要だしな。
あぁ、胃が痛い…。
◆
奇跡だ。そう、奇跡が起きたのだ。
実は俺、昼休みは絶対に逃げようと決心した割りに『どーせ、昼飯はコイツらと食うことになるんだろうな…』とも諦めていた。
……なのにも関わらず! 逃げる口実が出来たのだ! なんでも、編入したばかりで委員会に入っていない俺を、空きのある委員会に入れるため、昼休みに説明を受けなければならないとか。多目的室で昼食を取りながら説明してくれるらしく、これなら完全に逃げられるだろう。嬉しいことこのうえないっ!
「とまぁ、そーゆーワケだから、俺は多目的室に行くよ。じゃあな、二人共」
昼休みになった途端、隣の坂崎と寄ってきていたマッドワカメにそう告げ、俺は意気揚々と教室の引き戸を開いた。あぁ、清々しいっ!
……………………………………………。
すぐに引き返した。
「悪い、多目的室まで案内頼むわ」
……早く、学校の地図を覚えないと。嬉しそうに『いいよ!』と答える坂崎を見て、切実に、そう思った。
もう、開き直るしかないのかもしれない。少なくとも、坂崎の嬉しそうな表情は、変人だってことを忘れさせるほどキラキラしてたし、純粋な子どもみたいで可愛かった。役得ってことにしとこう。うん、それがいーな。そうしよう……あぁ、悲し。
「多目的室までの道も分からないのか? しょうがないな、俺が校内の地図を君の脳みそに刷り込んでやろう」
そしてマッドワカメは調子にのるな。どうやってそんなことやるのか、少しだけ気になるけども!
……今日も、俺の周りは変人でいっぱいだ。誰でもいいから、どーか普通の人間を俺の周りに寄越してください、お願いします。
「少なくとも、そんなことされる前に道を覚えるから必要ない」
「ふふ、そうかい。残念だな」
クヒヒヒ……そう笑う彼は、そこはかとなく不気味だった。
「怖いね、この人」
「そうだな、本当に」
あ、初めて坂崎と意見があったかもしれない。コイツと一度でも意見が合うとは……これが一番予想外だったかもしれない。
◆
多目的室まで案内してもらい、そこでなんとか分かれて一人で入ると、中にいたのは担任の岩崎ともう一人、おそらく同じクラスらしい、気弱そうな笑みが似合う男子生徒だった。なんか、なよい。
「バカ二人に捕まっていたので遅れました」
実際は、最初に一人で行って迷いかけたせいだが、そういうことにしておく。
「そうか、いや、説明していないのにここに辿り着いただけ僥倖だ。気にしないで座ってくれ」
いや説明しろよ、ホント。あんたのせいで、移動中は胃がきりきり痛んだんだぞ?
やっぱ、この教師キライ。
「そうですか、ありがとうございます。……それで、俺が入らなきゃならない委員会は、どこですか? そこにいる彼と同じ委員会なんですか?」
「あぁ、そうだね。図書委員だよ。……君も、まだ馴染めていないだろうし、この彼は誰にでも優しくて、顔もけっこう広くてね。彼を通じて友達の輪を広げていくといい。そのきっかけ作りに、ここで彼と昼食を共にしてもらおうというわけだよ」
……ふぅん、なかなかに気が利くじゃないか。ちょっと見直す。
「と、いうわけで、私みたいな教師がいても邪魔なだけだね。ここで失礼するよ」
少しだけ俺の脳内評価を上げさせた担任岩崎は、そう言い残して去っていった。残ったのは、なよい男子生徒と俺のみ。
「……ま、とりあえずはメシ食うか」
「あ、そうだね」
そういうことになった。二人して、弁当を広げる。コイツも、弁当を持参してきているようだ。
「僕、桐嶋 優介って言うんだけど……有馬くん、だったっけ? よろしくね」
「あぁ、そーだ。こちらこそ、よろしくな。けど、俺としてはリオとかケイって呼んでもらいたいかな。慧人でもいいけど。……あと出来れば、くん付けとかもナシで頼む」
「外国では、友人をファミリーネームで呼ぶことなんて少ないからねぇ。うん、分かった。じゃあ慧人って呼ぶよ。僕のことも、優介って呼び捨てでいいよ。みんな、そうやって呼んでるし」
「そーか、なら優介だな」
……あれ、久しぶりに会話が成り立っている気がするぞ? おいおい、マジかよ。コイツ、超いいヤツだ(俺にとって)!
「うん、その方がしっくりくる。……ところでさ。大変みたいだね、慧人」
「は?」
なんで、コイツが俺の周りの変人事情を知ってるんだ?
「ほら、朝からレタス渡されたり、宮内くんにモルモットにされてたり。もう、けっこう噂になってるよ? 今度の餌食は帰国子女だー、って」
「……そーか、噂になってるのか。ダブル変人に付きまとわれる俺の苦労、みんな分かってくれてるんだな」
「でも、あの二人も根は結構いい人たちなんだよね。坂崎さんの方も変わってるけど、みんなには人気あるんだよ? なんか、天然なところが小動物みたいで可愛いんだって」
まぁ、そこには大いに同意しておこう。うたれ弱くて、すぐ耳真っ赤にするとことか、おもしろい。
え? “おもしろい”じゃなくて“可愛い”だって? まぁ別にいいじゃないか。
「かもなぁ。けど、あのマッドワカメの方は、相当やばいぞ? 俺には、あいつが『大切な友人』って言うと、副音声で“友人”という言葉に“モルモット”が上乗せされて聞こえるね」
「うん、実際に言ってるし。あれ、どうやってるんだろうね? 坂崎さんは、気付かなかったみたいだけどね。ちょこっと、鈍感なのかも。……というか、マッドワカメって! 言いえて妙だね、ふふっ」
そう言って、優介は楽しそうに笑う。マッドワカメがお気に召したらしい。
それと……やっぱり、あの副音声は本物だったみたいだ。おかしいのは、坂崎の方だったみたいだな。ふっ、勝った。……いや、何にだよ。
「でもね、あの人もああ言って人を脅すわりには、絶対にモルモットで実験しようとはしないんだ。いや、許可さえ出せばあの人はやってくれそうだけど。でも、やっぱりあれはからかってるだけなんじゃないかな。僕は、おもしろくて意外と好きだよ」
……あれがからかい、ねぇ。そうは思えないけど、まぁ、そうなのかもしれないな。そう、無理やり納得させておこう。
「ほら、アレだよアレ。素直になれないツンデレさんなんだよ。本当は、君と仲良くなりたいだけなんじゃないかな? ……そう考えると、宮内くんと友達付き合いするのも、楽になるんじゃない?」
「おー、まぁ、うん。確かにそうかもしれない」
「坂崎さんだって、君と仲良くなりたくていろいろしてるんだよ。まぁ、あれは素直になれないって言うよりは、天然過ぎて手口が変なだけだろうけどね」
「そ、そうか。仲良く、ね……別に、ヤツらと友達付き合いするのは構わないけど」
見てて、楽しいこともあるし。ボケ二人……いや、変人二人を俺のツッコミで回すのも、おもしろいかもしれないな。少し、変人二人のことを思い浮かべて、ニヤリと口の端が吊り上がった。強烈なキャラ、結構じゃないか。うん、おもしろい。
「ふふ、いい顔になったね。君なら、あの二人といい友達になれそうだ」
「おぅ、あんたのおかげかもな。……なんか、最終的には愚痴とか聞いてもらったみたいになって、悪いな」
「いいよ、全然。君と話すの、楽しいし」
「そか。それでも、ありがとな。……あ、でも、また愚痴言いたくなったら聞いてもらってもいーか?」
俺がそう言った時の優介の笑みは、本当に楽しそうだった。
「うん、任せてよ」
あー、頼もしい。ホント、コイツと知り合えて助かった。……今度、コイツも変人二人にぶつけてやろう。ツッコミは、多いに越したことはない。ヤツら、ボケじゃなくて変人だし。
頼もしい友人を見つけてくれた担任・岩崎、今まで嫌っててゴメン。こんな友人を紹介してくれたんだ、これからあんたに対する俺の脳内評価は『少しだけキライ』に変えてやるよ、しょうがないなぁ。
少しだけ晴れた気分で、俺はそんなことを心で呟いておいた。
「……あ、そういえば図書委員の説明するの忘れてた」
けど、優介も少し、抜けてるところがあるらしい。