覗きかな? いやいや違うよ 調査だよ?
Side Eve. ~坂崎 唯舞~
怖くて意地悪でよくわかんなくて予想とは裏腹の答えを出してくる人、有馬・L・慶人。
そんな第一印象を抱いていた自分を全力で投げ飛ばしてやりたいほどに、寮に戻って頭の中で再生された糸目君のあの笑顔は反則だった。なんか常に目を閉じてるから、笑ってんのか怒ってんのか悲しんでんのか睨んでんのかすらもわからないあの表情の中に、ちゃんと確認することのできた笑顔。まさに天使!
そして……。
『いーから。アレだ、学校案内してくれたお礼。そーゆーことだから、感謝もいらんよ。ほら、行くぞ。これ返却したら、またクラスに戻らなきゃいけないんだからさ。……まだ、道覚えてないし、あんたがいないと帰れない。あんたが必要なんだ』
なんてそんなこと言われると照れる! そんなにうまくいってると思わなかったあの計画達も報われた!!
『教科書を見せてもらってなんだかんだで仲良くなろう』計画さん、『わからない問題を糸目君に聞いて「それぐらい自分で解けよ」「えー、わかんないから無理、教えてー」』計画くん、そして『ハプニングに巻き込まれよう』計画様、本当にありがとうございました!! これからも増えていくであろう『最終的にはリオって呼べるまで仲良くなろう』計画のうちの計画にもそのご加護がありますように!
残念なことにこの喜び、つまりは『やばい!ホントやばい!何アレホント反則だよ!だって本当に天使が舞い降りたっていうかね、キラッキラしててさ、今日の努力が報われた気がしてさ、そんでもってなんか仲良くなれたっていうか、本当にうれしいんだよ!』ってことを、相部屋の友人にお話をすることができない。今は、出かけていていないからだ。本当に残念でどうしようもなく落ち込みそう。
しかし、こんなに幸せな気分を落ち込みに変えるわけにはいかない。
「聞いて聞いてー!」
と、私が声をかけたのは、小さい頃から持っていたはずのうさぎのぬいぐるみです。え? 駄目? 良いでしょ別に。だって今、他に話聞いてくれそうな人がいないんです。うさちゃん(うさぎのぬいぐるみの名前)に話しかけてもいいじゃないですか。
この子だったらちゃんと聞いてくれるしさ、よく相部屋の人が消えるから、この子に話聞いてもらってること多いし、もうすでに私はこの子なしでは生きていけないんです。だからこの子を私から取り上げるなんてことはやめて!
つぶらで黒くて大きな瞳をこちらに向けて、聞く気満々のご様子であるうさちゃんさん。話を聞きたいご様子なので、さっそく話しましょう。
「今日ね、転校生が来てね、すんごい糸目でさ、のっぺらぼうと思ったんだよ。でね、その子、リオ君っていうんだけど、リオ君と隣の席になったからお近づきになりたくていっぱい喋りかけたら、凄いキラキラした笑顔でお前が必要なんだって言ってきてね、本当にうれしかったんだ…よ? あれ……あ、そうだ、忘れてた」
いけない、危ない、忘れるところだった。
今日も男子寮に忍び込んで『謎の行方不明、っていうかなんか二人になってもすぐ一人になる部屋があるらしくて、なんだか危ない奴がいるんじゃないの?』事件を調べに行かないといけなかった。
リオ君の完全保存版の笑顔ですっかり忘れていました。
「うさちゃんさん、このお話は無事私が仕事から帰ってきたらお話ししますね」
そう言ってうさちゃんをベッドの上に寝かし、戦闘服であるジャージに着替える。前髪はちょっと邪魔になるからヘアピンでとめておく。
さあ、これで準備万端。さっそく男子寮に忍び込もう!
◆
とりあえず、リオ君を探してみることにする。別に寝顔とか拝みたいわけではなく、っていうかリオ君っていっつも目が閉じてるから(だから糸目)寝てるようなもんで、わざわざ見なくても四六時中見てるのとほとんど同じ。だから、探すのはただ単に顔が見たいってだけです。
レンガでできている壁をよじ登りながら、窓を覗いてどこにリオ君がいるか探す。最初は何回か手を滑らして、落ちそうになったりと危ない目にはあったものの、今では片手だけでもぶら下がっていられる程に進歩している。
敵が敵(決してリオ君ではない)なのでばれるとやばい為、全力で気配を殺して窓をのぞいていく。たまに見知らぬ男子が着替えてたりするのがアレだけど、まあ仕方がない。それもこれも、リオ君の顔を拝むためだ。
が、残念なことに登ったところではリオ君を見つけることができず、とうとう屋上までついてしまった。
次にするのは降りること。さすがに、窓から全部覗いて目当ての一部屋を探すのは苦労する。だから、何度も登っては降り登っては降りの繰返しをする。たまにどこに登ったかわからなくなって同じところを登ったりもしたけど、まあもう少しで全部覗けるからいいとしよう。
……いや、覗きが目的ではありませんからね?
今度は登ったところの横側、そこにある窓の間を降りる。そして毎回毎回覗く。
「あ、いた」
さっそくリオ君発見。一応気配も消してるし、少しぐらい声を出しても大丈夫だろう。
どうやら、相部屋の人とおしゃべりをしているようだった。相部屋相手はわかめ頭の人。あの人は確か宮内 直哉という名前だったはず。変人で学校でも浮きに浮きまくり、あまり誰かといるところを見たりすることはないらしい。変人なうえ不気味で有名な人だ。
……あの人は違う。確かに変だけど、私の探している人種ではない。すでに確認済みだ。まあ、探している人種がそんな簡単に見つかるわけではないので、今更がっかりすることはない。
「にしても、変な人と相部屋になっちゃったな……明日は何かあげよう。やっぱりレタス?」
人形とかでもいいかもしれない。
……そんな事を思っていると、ふいにどこかから視線を感じた。とっさにべったりとレンガの壁に身体を押しつける。しばらく、どこからか降ってくる視線を感じていたが、ふとその視線が消えた。
今のうちに此処から立ち去ろう。あの視線は、どこかマズい。まあ、たかが三階だし、これぐらいの高さから飛び降りても怪我はしないだろう。
視線を感じないうちにレンガの壁を蹴って飛び降りた。焦っていたせいもあって頬を木の枝で怪我をしてしまったけど、今はそれどころじゃない。此処から立ち去る。それだけを考えて暗闇の中を最初以上に気配を消して走った。
部屋に戻る頃にはすでに疲れきっていて、そのあとは全く覚えていない。
本当はうさちゃんにリオ君の話をするつもりだったのに、それを忘れるぐらいにあの視線の事が気になっていた。