変人 は ふたり いた よう だ !
Side Rio. ~有馬・L・慧人~
俺が編入したクラスで隣の席になった彼女は、どこかおかしい。変なヤツだ。
――坂崎 唯舞。名前は“ゆいま”と読むらしい。ムダに明るくて俺に迷惑をかけてくるわりには、相当うたれ弱い……まさしく、変なヤツとしか言いようのない女子生徒である。
そもそも、出会いからしておかしい。編入した俺に興味すら持たず、爆睡していたと思ったらいきなり起き出して『のっぺらぼう?』……これが俺に対する第一声だ。失礼極まりないだろう。
俺のあだ名『糸目くん』になってるし。これが浸透したらどうするつもりだ。ここで過ごす残りの高校生活一年と十ヶ月ほどの間『ねぇねぇ糸目くん』『聞いてるの糸目くん?』『ねぇってば! 返事してよ糸目くん!』……と言われ続けないといけないわけか? 正直、うんざりだ。
その後も、問題はあった。授業で分からないところがあればすぐ、俺に『答え』を求めてくるようになったのだ。解く方法を、ではない。答えを、だ。
幾度も幾度も話しかけられ、他の生徒の追随を許さない。おかげで、昼食の時間になっても話したのはこの変人だけという体たらく。
……俺、この学校に馴染めるんだろうか? 目の前の特異なランチ『サラダ定食』をほおばる“友人一号”とでも言うべき変人を見て、そんな言い知れない不安を覚えた。
「……レタス、そんなにおいしいか?」
「うん、おいしいよ?」
だが。なぜだか俺は、ファーストコンタクトに失敗した気はしていない。むしろ成功だろう。だって、おもしろいじゃないか、コイツ。
「そーか。そらよかった。なぁ、ベジタリアン?」
「ベジタリアン?!」
「いや、ベジタリアンじゃないか。昼飯が野菜と米だけとか。なんですか、環境戦士ですか? 自然破壊はんたーい! 家畜だからって食べちゃダメなんだよー! みんな平等に生き物なんですよー! ……みたいな?」
「う、うるさい! 糸目くんのくせに!」
「糸目差別はんたーい!」
「……ぐぅ、糸目くんがいじめる…」
うん、やっぱりおもしろい。
ちょこっとからかっただけで、涙目になっちゃったりするコイツを見て、素直にそう思った。……いや、別に俺がサドってワケじゃないけどね? ただ、コイツの反応がおもしろいだけなのです。そうなのですよ。
「悪い悪い。ちょっとからかっただけだって。機嫌直せよ、な?」
「……別に、機嫌悪くしてないし」
「あぁ、そう。ならいいんだけど。……あ、そうだ。サラダ定食、食べ終わったトレイとか、貸してみ。持ってくから」
言いながら、勝手にトレイを持ち上げる。食べ終わってたみたいだし、問題はないだろう。……ご機嫌取り、なんて安易な考えをしたわけじゃないからな? 本当に。……いや、本当だって。
「あ、ちょっと!」
「いーから。アレだ、学校案内してくれたお礼。そーゆーことだから、感謝もいらんよ。ほら、行くぞ。これ返却したら、またクラスに戻らなきゃいけないんだからさ。……まだ、道覚えてないし、あんたがいないと帰れない」
情けない限りだが。食堂までの道は、ちょこっとだけ入り組んでいたりするのだ。道を覚えるのは苦手じゃないけど、あの複雑さはちょっと……なぁ? コイツを頼るしか、ない。
そんなわけで、トレイを返した俺は、変人・坂崎 唯舞と共に教室に戻った。昼食時とは裏腹に、どこか嬉しげに話しかけてくる帰り道、そして教室に戻ったあとも……それどころか今日一日中、コイツ以外に話しかけられることはついぞなかったとかそうでなかったとか。
……いや、正直に言おう。誰にも話しかけられませんでした。それはもちろん、近くにずっとこの変人がいたせいだ。このヤロー。理由? 知らん、コイツに訊け。
……うん、明日からは、俺からみんなに話しかけてやろう。
◆
突然だが、ここで俺の編入した学校について、少しだけ説明しておこうと思う。
あ? そんなの要らない? まあまあ、いいから聞けって。簡単に終わらせるつもりだから。
――私立雛川高等学校。偏差値が特に高いわけでもなく、部活だってせいぜい入賞程度の実力しかない微妙なトコだが、実は設備は非常に整っていたりする。
校舎は少し窮屈だが、その代わりと言わんばかりのグランウンドの広さが、その設備の良さを物語っているのかもしれない。そう、校舎以外の設備が充実しているのだ。
先の例として四百メートルのトラックがひけるグラウンドもそうだが、ここで最も挙げるべき点は、寮についてだろう。
相部屋がほとんどではあるものの、エアコンなどの冷暖房具完備、シャワー室あり、キッチン付きで、ロフトまであって、そこにベッドまでおいてある。ふかふかだ。しかも、寮に入るための料金は、学費に一月で二万付け足すだけときている。超格安。
……なんとも、豪華な寮部屋だ。
これを作るくらいだったら是非とも、校舎の増築に資金を回して欲しい……というか、どっからそんな金が湧いてくるのか気になるところではあるが、ここを使う身になって、初めて分かることがあった。
「この寮……最高だ…」
まぁ、こういうことである。
坂崎以外には話しかけられない学校生活を一日終え、なんだか疲れた足を引きずって振り分けられた寮へ向かった俺は、さっそくふかふかだと噂(もちろん、坂崎談。コイツ以外に、話し相手はいないのだから当然だ)のベッドに飛び込んだ。この寮部屋の豪華さに無駄を感じていた俺だが、このふかふかベッドはそんな不満なんて一気に吹き飛ばしてくれた。最高すぎる。ここに来てよかった…!
ロフトの上、ふかふかのベッドに身をうずめ、感慨に浸る。変人と一日中過ごしたストレスをものの見事に吹き飛ばしてくれる感覚が、なんとも嬉しかった。
「……ほぅ。君が俺の相部屋になった帰国子女か」
!? 唐突に、ベッドに身をうずめていた俺の前に、おかしな少年が現れた。……視覚以外で周りを“視る”俺は、人の気配が“力”の動きとして解る。そんな俺からは些か信じられないことだが、どうやら意表を突かれたらしい。
こんなに接近されるまで気付かないとは。ベッドのふかふかさに気を取られていたとはいえ、なかなかに恐ろしいヤツである。ついでに言えば、ワカメみたいにウェーブのかかった真っ黒な髪を、目が隠れそうなほどに長く伸ばしている様も不気味だ。うん、怖いよ?
……しかも不気味なヤローのくせにイケメン。そしてチャラい。ナメとる。
「お、おう。有馬・L・慧人だ。よろしく。相部屋……なんだよな?」
とはいえ、挨拶は肝心だ。なにより、あの変人以外に初めて出来そうな友人である。コイツを逃す手はない。
「あぁ、よろしく。……うん、そうだね。相部屋だ。まぁ、つい最近までは俺が一人で使っていた部屋なんだけどね。君が編入したことで、俺の生活スペースが狭くなってしまった」
いや、これは皮肉ではないんだけどね。――そう付け足し、彼はシニカルに笑う。皮肉以外の何物でもないだろーが。笑い方からしてそうじゃん。
まぁ、それくらいでへこんでちゃ、やってられんけど。
「悪かったな。けど、俺が相部屋になったからには退屈させないぞ? 暇つぶしの相手になるくらいなら、任せろ」
「おもしろいことを言うね。まぁ確かに、一人でここに住んでも暇だった。……俺の皮肉にもまったく堪ていないようだし、おもしろそうだよ。最近、実験動物……いや、“お友達”も逃げてしまったし、いい暇つぶしになってくれると嬉しい」
やっぱ皮肉なんじゃん。……つか、よくよく考えると、コイツも…。
「あぁ、そういえば、自己紹介を忘れていたね。俺は宮内 直弥っていうんだ。君は……有馬・L・慧人と名乗っていたっけ? よろしくね、慧人くん」
「も、モル…っ?! え、あ、あー、うん。慧人だ。真ん中のLはリオネルの略な。こ、こちらこそ、よろしく」
変人なのかもしれない。だって、俺の名前呼ぶ時、確実に副音声で『十二代目モルモット』とか言ってるし。どこのマッドだ? そして、今までの十一代目までのモルモットはどこに行った? 死んだのか? 死んだのか?!
……おぉ神よ。この学校には、変人しかいないのですか?
無神論者の俺だが、思わず神にそう問いかけていた。もしかしたら俺は、結構な不幸体質なのかもしれない…。