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無限ループとは、怖いものである

Side Rio. ~有馬・L・慧人~


「えっと、そうそう。私は坂崎 唯舞って言うの。唯々諾々のに舞文曲筆のって書いてゆいま。よろしくね、糸目くん」


 ……えぇーっと。なんだろう、この子は。名前の紹介の仕方も、とんでもなくおかしいし。なんだよ、唯々諾々のに舞文曲筆のって。もう少しほかの紹介方法、あるだろ。“唯一”の“唯”と踊る方の“舞う”の“舞”とかさ。これなら、名前の呼び方……ゆいま、だっけ? それを変えてイブっていう必要もないのに。

 そして、なにより気に入らないのは。


「なぜにあだ名が糸目くんに?!」


 うん、こういうこと。そら糸目だけども。あだ名、ストレートすぎませんか? 正直に言えば、コイツの思考は、短絡的だ。


 ……ホント、なんでこんな事態に陥っているのだろうな。少し、振り返ってみよう。





 壊してしまった引き戸を、なんとか同じ溝にはめ込んだ(はめ込んでも、壊れていることに変わりはないが)ところで、担任・岩崎の救いの手は差し伸べられた。正直、遅い。遅すぎる。やっぱトロい、キライ。


「あ、有馬くんはフランスからの帰国子女だ。えー、みんな仲良くするように!」


 俺からの自己紹介はもうすでに済んでいるし、もう一回する必要もないだろう。……正直、めんどくさい。


「それで、俺の席はどこです?」


 あくまで、引き戸を壊したことには触れないように。あの失敗は、なかったんだ。そういうことにしておこうじゃないか。


「え、あーー、うん、有馬くんの席は……坂崎さんの隣が空いているね。ほら、窓際の一番後ろに、寝ている子がいるだろう? その隣に座ってくれ」


 寝ているのは注意されないんだな?

 おそらく、この人の授業中は、昼寝どころかケータイいじったり漫画読んだりするのも許されるんだろうな、とそんな淡い期待(と思っていたが、実際に授業が始まっても、咎められることはなかった。びっくり)を(いだ)きながら、教えられた席に向かう。


 ……未だに、何もしゃべってくれない生徒たちの、視線だけ(・・)が俺に突き刺さる。いい加減、なんかしゃべれよ、おい。




 結局、一時間目が始まるまでに、クラスの連中に話しかけられることはなかった。

 その代わり、と言わんばかりに、起きだして話しかけてきたのがコイツ。隣の席に座る彼女は、坂崎 唯舞という名だという。


 ……まぁ、ここで回想は終了。話しかけられたので応答して、結果として先ほどの『なぜにあだ名が糸目君に?!』とゆーツッコミに戻るのだ。

 で、彼女が言うに俺のあだ名が決まった理由は、


「だって、糸目だし。なら、糸目くんだよ。ね、いいでしょ?」


 ということらしい。やはり、過去を振り返っても俺のあだ名は糸目くんらしい。諦めろって? うん、りょーかい。どうせ、こいつは飽きるまでそう呼び続けそうだし、無意味な抵抗はしないことに決めた。


「……ま、いいんじゃない? けど、俺の本名は有馬・L・慧人だからな。真ん中のリオネルからとってリオか、慧人からとってケイって呼んでくれた方がうれしい。これからよろしくな? はい、自己紹介しゅーりょー。……ほら、一時間目が始まるみたいだ。用意、しなくていいのか?」

「あ、うん。そうだね。用意するよ」


 とりあえず、コイツと話すのがめんどくさくなってきたので、突っ込む隙を与えずにすらすらとまくし立ててみた。これで、コイツとは一時間、話さなくてすむだろう。





 ……そう思っていた時期が俺にもありました。授業が始まってすぐに、俺の予想は崩れたのだ。マジ意味わからん。


 一時間目の数学の授業、教師(岩崎ではないようだ)が黒板で説明していく例題をノートに写し取っていると、唐突に俺の制服の裾が引っ張られる。


「ねぇねぇ」

「……なんだ?」

「教科書、見せてくれない? 忘れちゃって。この例題終わったら、問い一をやるはずだけど、問題なかったら解けないんだ。……いいでしょ、糸目くん?」


 まぁ、こんな風にコイツとの会話は、切り上げて数十秒もしないうちに再び開始されたワケだ。

 別に、忘れたんなら貸してやるのは問題ないんだけど……頼む時に『糸目くん?』はないだろう。俺の名前、糸目くんじゃないからね?


「リオ。そう呼べば、考えなくもないけど?」

「……いいでしょ、糸目くん?」


 ……なぜ繰り返した。そこまでして俺を『糸目くん』と呼びたいか。


「なら、貸さん」

「……いいでしょ、糸目くん?」


 なんだ、無限ループか? ナニコレ怖い。


「無理」

「いいじゃん、糸目くん! いいあだ名だよ!」

「短絡的だけどね」

「なっ! 短絡的じゃない!」


 そこで涙目になりますか? どんだけうたれ弱いんだ。ムキになりすぎだろう。声も大きいし。

 ……と、そこで気付く。授業中に声を張り上げる生徒がいたとして、目をつけない教師がどこにいる? いやいない。

 脳内で反語が成立した時には、もう遅かった。


「坂崎さん、授業中ですよ。静かにしなさい。……そうですね、罰として次の問い一はあなたにやってもらいましょうか」


 教壇から、軽く怒り気味の教師が彼女を指名した。……教科書を忘れた彼女に。


「あ、えっと! その……」


 かわいそーに。さっきまで勢いで突っ掛かってきたこともあるし、なんか見てておもしろい。すごい慌て様だ。


「ほら、前に出て黒板に書き込みなさい。これぐらいなら、考えなくとも出来るはずです」

「いや、あの……その…」


 慌てると、何にも言えなくなるタイプか? 耳真っ赤だし。教科書忘れましたーとか言っときゃ万事解決だろうに。

 ……でもまぁ、騒がした原因はこっちにもあるし、答えくらいは教えとくか。そう思い立ち、小声で一言、ぼそっと呟く。


「俺のノート。持ってけ」

「へ?」

「問い一はやってある。さり気なく、自分のっぽく持ってけばいいだろ?」


 そう言って、スッと彼女の机にノートを置く。バレていてもバレていなくとも、答えが書ければ教師は満足してくれるだろう。

 俺のその読みは正しく、俺のノートを持っていき、答えを書いて戻った彼女が、これ以上咎められることはなかった。



「……ありがとね、糸目くん」

「リオだ。……騒がしたのは俺のせいでもあるから、別にお礼は要らない」

「それでもありがとう、糸目くん」

「……じゃあ、どういたしまして。それと、リオだ」


 糸目にこだわり持ちすぎだろう。……でもま、これでとりあえず修羅場は抜けたな。こっから先の授業くらいは、コイツも静かにしていることだろう。

 俺は望む。静かな高校生活を!





「ねぇねぇ、糸目くん」


 三時間目、制服の裾が引っ張られた。


「……なんだ? リオって呼ぶ気になったか?」

「違うよ、次の問いの答え、教えて欲しいなぁ、って。駄目かな、糸目くん?」

「……どーぞ」


 一度餌付けした猫というのは、味をしめてもう一度エサをもらいにくるらしい。気まぐれなくせに、ちゃっかりしている。……まぁ、今回の場合では“猫”は“坂崎 唯舞”で“エサ”は“問いの答え”となるわけだが。

 どうやら俺は、猫への餌付けに成功してしまったようで、これから先の授業、少しでも分からないところがあれば先ず俺に質問して……いや、俺の答えを写すようになった。

よしこれからはコイツのことを“猫娘”と呼んでやろう! それで気が晴れるだろうさ!



 ……晴れるわけないじゃん。うん、鬱だ…。



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