V.S.ヤンキー
Side Eve. ~坂崎 唯舞~
いつものように誰もいない寮の部屋。どうやら今日も図書館にいっているもようの相方。
寂しくないかと聞かれれば寂しいとは答えないけど、実際には寂しい。戻って来い、相方。
そんな事を思うのは、風邪も治った(正しくは治りかけだ)し、昼間倒れた時に寝たしで正直眠たくはないからなのかもしれない。
……いや、っていうよりは、目をつぶるとリオに抱かれたことを思い出して寝れない。
びっくりした。本当にびっくりした。正直に言うと夏花ちゃん達が来てくれた助かった。まあ、離れがたくはあったけど。
とにかく、そのせいで寝れない。全く寝れない。もう目がパッチリ。閉じる気配なし。
昔、師匠にしてもらったように自分の腹を殴れば寝る(気絶)する事が出来るけど、痛いのは嫌だし、寝れなかったときはただ痛いだけでさらに寝れない。それじゃあもうどうしようもないのでやらないでおく。
ああ、高橋 真琴師匠。あなたのあの酷かった寝かし方を今はものすごく欲しています。あの時は、起きた時に、
「おい、クソ爺! 何女の子の腹を殴ってやがんだ! あたしがあんたより強くなったら絶対に仕返ししてやるからな! 覚えてろよ!」
って叫んでましたね。懐かしいです。
なんて思い出を掘りおこしてみたが、なんだか辛い思い出(主にあのクソ野郎の思い出)しか思い出せないのでやめる。
高橋 真琴という男には十分に注意しましょう。広い世界の中の何所かでこの注意を促しまくりたい女、唯舞。
「……町にいこ」
◆
ただの思いつきで真夜中の町を歩く。
ネオンもない暗い町。中心のほうに行けば、ネオンもたくさんあるのだろうけど、あまりそこは歩きたくない。特に理由もないけど、今は暗い街中を歩きたい気分なのだ。冷静にもなれるし、とにかく暗い街を歩きたい。
静かで、涼しい。やっぱり夜の街は落ち着く。昔ならわんさか邪魔者が出てきただろうけど、今はそれもない。
「ねえ、君、坂崎 唯舞さんだよね?」
その声を聞いた瞬間、予想が外れたことを確信した。
「はい?」
夜中に声をかけてくる男の声。ただの変態かと思ったものの、自分の名前を知っている事に疑問に思った。
振り返ってその声の持ち主を見ても、知り合いにこんな人はいなかった。……覚えてないだけかもしれないけど。
「誰でしょうか?」
「あ、正解だった? よかったー。人違いは恥ずかしいからね。じゃあ、とりあえず始めちゃおうか」
何を始めるのか全くわららない状況で始めようか、なんて言われても困る。なんだこいつ、イライラする。ずっとニコニコしやがって、金髪なんてまったく似合ってねェぞ。つかなんだ、ヤンキーみたいなカッコしやがって。
そんな私の内心を無視して金髪ヤンキーは話を進める。
「さあ、皆来てー」
誰を呼んでる? 何が起きようとしているのかわからない。とりあえず臨戦体制にはいっておく。見た目がヤンキーなので、喧嘩かもしれないからだ。
その直後、どこから現れたのかわからないが、大勢の男がやってきた。その男たちの手にはバットや角材、メリケンサックをつけていたり、とにかく痛そうなものをたくさん所持している。
一言でいえばヤンキー集団。年齢的にも若い人ばっかりだし、ヤクザというよりはヤンキー集団。
「あ、もしかして……喧嘩する感じ?」
「せーいかーい」
その声と同時に、全員が襲いかかってくる。ざっと見てみて二十人ぐらい。結構しんどい量だ。まあ、さばききれないわけではないのでしばらく付き合って、めった打ちにしてから色々聞けば言い。
っていうか、なんでいきなり喧嘩を売られないといけない? 最近は大人しくしてたし、喧嘩を売られるようなことはしてないはず。
疑問に想いながらも、とりあえず向かってくるヤンキー達を蹴散らしていく。こちらは素手だし、大きな怪我をさせることもないだろう。
最初に振り下ろされてきた角材を素手で受け止めて、それを奪いとる。その角材をそのまま使うには長すぎるので、地面に思いっきりたたき付けて真っ二つして使いやすくしておく。これで、メリケンサックで殴られそうになったり、バットで殴られそうになっても防げる。
右から来たバットを奪った角材で受け止め、その間に左側の一人を殴る。前後から角材を振り下ろされてきたので、間一髪でそれをかわす。姿勢を低くしたついでに足を振り上げて、一人の顎を蹴り上げる。そのまま誰もいない場所にに着地して、今度はこちらからしかける。しかけるのには邪魔な角材を真正面の奴にぶん投げた。
そのままヤンキーと戦い続け、しばらくの時間が流れた。それなのに全く奴らが減らない。急所という急所をついているというのに、すぐに立ち上がって向かってくる。
「一体何なんだよ、こいつら」
こちらはといえば、長時間やり合っているせいですでに体力が切れかけている。ある程度は避けているが、受けても大丈夫そうなものは受けたりしているので、それなりに痛い。
「くそっ、久しぶりだからやりにくいな」
しかも、最近は全く喧嘩をしなかったので感覚がわからない。荒れていた時期と今現在では戦い方も違うので、やりにくさが倍増している。
イライラしてきた。なんでこんなやつらのへちょい攻撃まで避けないといけないんだ。
……もう駄目。我慢の限界。
「もうしらねェ!!」
修業中、絶対に血は出すな、と師匠に言われた。喧嘩をやめてからの敵はヴァンパイアだから血を出したらダメだ、と言われた。だからさっきまで、ずっと気をつけて血だけは出さないようにしてきた。
だけど、これでは闘いにくい。昔は、どちらかといえば攻撃はほとんどくらいながら相手を蹴散らしていた。まあ、やっぱりそっちの方がやりやすい。相手は人間だし、大丈夫だと思う。昔の戦い方に、一旦戻そう。
そう思った瞬間に頭にバットを喰らった。一瞬、気を失いそうになったが、こらえて頭にぶち当たったバットを掴んで思いっきり振る。その勢いでそれを持っていた人が吹っ飛ぶ。これで相棒は手に入れた。
それを振り回して次から次へと飛ばしていく。やっぱり倒れても向かってくるが、それもまた蹴散らす。武器があるだけマシだ。
こうやって戦うのなら、さっきと違って武器があった方がやりやすい。
「でも、さすがにこいつら死んじまう」
相棒がバットなだけあって相手の傷の増えようが異様なほどだ。
……やっぱり、武器は使うべきではなかったかもしれない。
仕方なく、再び武器を手放す。その途端に再び全員が襲い掛かってきた。そして五、六人が一斉にバットやら角材を振りあげてくる。
慌てて全員を蹴散らそうとしたが、全員が重症者で一人は片腕が再起不能らしくだらんと垂れ下がっている。こいつらをこれ以上蹴散らしたら、生死に関わってきそうだ。これはもう、受け止めるしかないだろう。
「くそっ! ……うぐぅっ」
出来るだけ痛くないようにしたものの、結構な時間やり合っているのでさすがに痛い。そろそろ意識が吹っ飛びそうだ。しかも、視界がぼやけてきた。きっと頭や腕や肩からは血が大量に流れている。やっぱりさっきの攻撃を全部喰らったのは間違いだったかもしれない。
でも、さすがに殺せないしそうするしかなかった。仕方がないなかった。
「意外にも粘るね。それに強くもなったみたいだ。でも、やっぱり甘いよ。まあ、そこが君のいいところなんだけど」
やっぱり金髪ヤンキーの喋り方はうざい。次の攻撃に備えながらそう思った。しかし、なかなか次の攻撃はこない。そう言えば、あの攻撃をくらってから攻撃がなくなっている。一体どういう事だ?
「あんたたち……一体何を、考えて…る?」
「んー、色々」
本当にうざい! もっと会話になるような会話をしやがれ!
そう叫びたいのにその力さえ残っていない。
「まあ、今回はこれぐらいにするよ。ためしに来ただけだし」
今回はこれぐらいにする。試しに来た。という事は、また来るということだ。
しかし、気になることもある。奴らの怪我だ。病院に行ったりするにもあまりにも酷い怪我すぎる。自分がやったとはいえ、まるでゾンビのように襲い掛かっかて来たから怖くて手加減もできなくなっていたし。心配はするものの、全員で病院にいくのなら正直行ってほしくない。ちょっとグロイ。
「あんたら、自分たちの……怪我はどうすんだ?」
「自分で治すよ? まあ、とりあえず、そろそろ解散することにするよ。じゃあね、サカザキサン」
“サカザキサン”という言い方に違和感を覚えたのは、これが初めてかもしれない。しいて言うなら、この人にはこの呼ばれ方では呼ばれていなかった、という感覚に近い。
そんな感覚に陥る間にも、目をしっかりと開いているのに視界がだんだん暗くなってきて、ヤンキー集団から離れていく。走ろうと思って足を動かしても地面に縫い付けられたように全く動かない。
「こら、待ちやがれ!」
―――――完全に世界が真っ暗になった。
次に視界が明るくなったときに立っていたのは、寮の部屋のど真ん中だった。
いつの間にか戻ってきている。何故だ? しかも、窓から入ってくる日光を見る限り、日は上がっている。
全く理解ができない。一体何なんだ? もしかして、夢?
……いや、違う。体中が痛い。よく見てみると、包帯やら巻かれたりしていて治療もしてある。自分はしっかりと目を開けていたはずなのに、いつの間にか治療されている。なんだかよくわからない状況だ。
太ももの付け根やら横腹の部分やらまでちゃんと治療している事に関しては、無視しておく事にしよう。気にしたら負けな気がする。まあ、治療されているから自分でしなくてすんだと思っていれば気が楽だから、よしとしよう。
「でも、こんな怪我だらけで学校に行ったらさすがにやばいかな……」
とりあえず、足はタイツでかくして、腕の部分は長袖を着ておいたらいいと思う。でも、頭の怪我はどう説明しよう。一応は血も止まっているみたいだし、包帯をとれば見た目的にはバレる心配はしなくていいだろう。顔の見えてる部分は、適当に『夜に寝ボケて階段から落ちた』とでも言っておいたらたぶん大丈夫だと思う。
……にしてもなんだか、とても憂鬱。っていうか痛すぎるよ。痛い。喧嘩なんて買うんじゃなかった。
「心配されたりしたら嫌だなぁ」
きっとリオも直哉君も夏花ちゃんも優しいから心配をしてくれるんだろう。そう思うと、とても悪い気がしてくる。怪我したのは顔というだけにしておいた方がいいかもしれない。
頭がとても痛い。最後に頭にバットと角材をくらったの間違いだったかな。せめて頭だけでも守ってればよかった。本当に自分はバカだと思い知らされた。そして、弱いという事も思い知らされた。
今夜から少し、修行を したほうがいいかもしれない。いや、しないといけない。
あんなヤンキー二十人ぐらいで音をあげていてはいけない。
「まずは持久力をあげないといけないかぁ。っていうか修行ってあんまり好きじゃないんだけどな」
そんなことより、今はあの三人になんて言ったらいいのかで頭がいっぱいになってきた。
今日は一日面倒なことになりそうだ。