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レンガクライミングのウワサ

Side Eve. ~坂崎 唯舞~


「なーつっかちゃーん!」

「やめんかい!」


 夏花ちゃんに飛びつく私、私を床にたたきつける夏花ちゃん、興味深そうに私を見る直哉君、ただ見ているだけのリオ君。

 平和です。いたって平和です。平和すぎて自分の目的を忘れてしまいそうなほどに平和です。

 そして、普通に痛い。いや、とってないように見えて受け身はとったから痛くないけどやっぱりいたい。

 酷いなぁ、酷いよぉ。屋上の床ってね、痛いんだよ? 知ってる?


「痛い」

「痛くなかったらびっくりするわよ」


 あ、標準語に戻った。


「夏花ちゃんってさ、大阪生まれ?」

「今更それ聞く?」


 なんだかすごくしかめっ面してる。怖い。助けを求めてワカメを見る。ただの笑顔。なんだこいつ、この状況を楽しんでやがる。リオ君に関しちゃ夏花ちゃんが作ってきた二人分の弁当を一人黙々と食ってる。そしてまた、いつも持ち歩いているトマトジュースを煽る。満足そうにプハーっと。酷い! 興味もないってか!


「まあいいや、私も夏花ちゃんのお弁当食べる!」

「って、勝手に私らの弁当食うなや!」


 やっぱり平和。失いたくないぐらいに平和。

 笑って食べて喋って叩きつけ……これは違うけど、つまりは楽しい。


「君は本当に興味深いよ」

「え?」


 夏花ちゃんが私とリオ君から奪い返した弁当をワカメが食べながら言う。いいなぁ、夏花ちゃんのお弁当。本当においしそう。それに比べて私はチョコチップメロンパン一つ。さみしくなる。


「だってあの勢いで叩きつけられてほぼ無傷。どうやって受け身をとったんだい?」


 んー、ワカメがこういうところをついてくるのはちょっと苦手だ。


「えっとー、受け身なんて私とれないよー。そんなもんとれるならその前に避けるでしょ」

「そうかい」


 何かを含んだ笑み。やっぱり苦手。


「っていうかさ、そんな事よりなんか不思議な噂とか、聞いたりしない? なんかあったら、教えてよ」


 話を変えるついでに情報収集。不思議なことが起きるところに目的の人種は現れる。そんな気がする。


「不思議なこと? それなら私、聞いたことあるわよ」

「え? 何?」

「今はないらしいんだけど、男子寮に夜な夜な現れる人がいたらしいわよ。それが何でも、窓の外から部屋を覗いてくるらしくてね。窓の外に足がかりになりそうなものはないし、幽霊じゃないかって話」


 あーそれ、私です。

 なんてことが言えるわけもなく、苦笑いをするしかない。だって、私みたいな女子がレンガクライミングできるなんて思うわけがないし、そんなことができるなんてことを知られたくもない。運動神経は並。世間的にはそれでいい。ずば抜けて運動神経がいいのはよくない事だ。師匠がそう言っていた。


「幽霊かぁー、怖いね」


 まあ、別に怖くもなんともないのだけれど。


「俺も怖いねぇ、その幽霊。なんせレンガクライミングして壁のぼって、男子寮覗いてるわけだからね。腕の力とか、どうなってんだってハナシ」


 え…?


「まさか、幽霊だったら飛ぶでしょ」

「くひひ、そうかもねぇ」


 びっくりする。レンガクライミングとか使わないでよ。一瞬ばれたかとか思ったじゃん。

 さあ、危ない話(つーか自分の正体がばれそうな話)はやめよう。何か、何か話を変えよう。何かないだろうか。



「そういえばさ、唯舞ってたまに怖いよね」

「はい?」

「なんか、内心ではこいつうぜェとか考えてそうってこと。なんか、表は天然のくせに裏はヤンキーみたいな感じしてるよ」


 ……ない。それはない。くそ、このチビ、チビのくせに鋭いところつきやがって。


「ないよー、そんなことー。っていうか、天然でもないからね!?」


 そこでタイミング良くチャイムが鳴る。ナイス! 本当にナイス!


「ほら、予鈴が鳴ったから帰ろ?」

「んー、それもそうね」


 びっくりする。本当にびっくりする。別にこのキャラは作ってるっていうわけでもない。でも確かに、内心じゃちょっとアレが入ってしまうかもしれない。

 なんせ昔はちょっと有名な一匹狼だった。廊下を歩けば逃げられて、町を歩けばからまれて。非常にめんどくさい日常を送っていた。まあ、それが苦だったわけでもないし、どちらかといえばそれを利用して日頃のうっぷんを晴らしていたぐらいだ。

 人間扱いをしない人たち。出来ることなら自殺でもしてやりたかったけど、アノ人を探すと心に決めていたから死ねなかった。しかも、あんな奴らのために自分の命を失うなんて嫌だったし。ならぐれるしかなかった。

 その頃だったかなぁ、師匠と、あの強かったかっこいいヴァンパイアハンターに出会ったのは。そして、私も決めたんだ。ヴァンパイアハンターになって偽名を使っていたアノ人、ヴァンパイアだったアノ人に近づくと決めたんだ。


「おい、行くぞ」

「ふぇ?」


 すっかり感傷に浸っていたようだ。らしくもない。

 慌てて先に行ってしまっている直哉君と夏花ちゃんを追うために、待っていてくれたらしいリオ君のところまで行く。


「ごめんね」

「んなもん、別にいい。ほら、さっさと行かないと遅れるぞ」

「そうだね、走ろ!」


 平和。本当に平和。あの過去。あれまくっていた過去に比べればスリルも何もないし、話してるだけだし、授業なんか普通に受けて馬鹿みたいに思うけど、今の生活は嫌いじゃない。

 昔は血の赤と暗闇の黒の色しかなかった。

 でも、今は違う。他にもたくさんの色があって、華やかでキラキラしてて楽しい。思わず走りたくなるぐらいに、ジャンプしたくなるぐらいに楽しい。

 そんな気持ちを抱えながら走ろうとしたものの、リオ君に急に止められた。


「うわっ!」

「お前、ちょっと嘘が下手すぎる」


 そう耳元でささやかれた。

 何も見ないように目を閉じてる(だから糸目)ように見えるのに、実はちゃんと見ている。不思議な人だ。


「はは、気をつけるよー」


 そして走る。本当なら一瞬でつめられる距離を、時間をかけて走る。それが人間というものだ。人間だから人間という事を忘れてはいけないように、日常生活では制限してすごさないといけないと師匠に言われたからだ。

 私は人間であってヴァンパイアハンターだ。

 いつか、ヴァンパイアであるアノ人に出会うために身の回りで起きる不思議を探していかないといかない。

 だけど、もう少し、ほんの少しだけでもこの平和を存分に楽しんでもいいですよね、師匠?



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