黙れよ
Side Eve. ~坂崎 唯舞~
風紀委員がいきなりなんなのだろうか。っていうかちっちゃい。可愛い。今すぐにでも抱き着きたい。抱き着いていい? 抱き着いちゃっていい?
そんな心と葛藤しながらちっちゃい風紀委員の女の子に連れられて風紀委員の部屋に向かっている。
何かよくわからないけど、どこぞのモルモットが迷惑をかけているそうな。関係がないのに何だか巻き込まれてしまった。
よし、リオ君に聞いてみよう。何か知ってるかもしれない。そのついでに”リオ君”と呼んでしまおう。ステップアップがやってきたのだ。
意を決してリオ君の方を向いて声をかける。
「ねぇ、糸目君、モルモットがどうしたの?」
何やってんだ、私ー! 根性無し! 馬鹿! ヘタレ! たかが名前呼ぶだけなのになぜそれができない! しかも、リオ君って呼ぼうとしたことが全くわからないくらい簡単に糸目君って言ったよね!?
「ん? 俺もいまいちわかってないな。つか、お前らならともかく、俺は誰かに迷惑かけた覚えがない。それ以前に実験された覚えもない」
ほら、リオ君って呼ぼうとしたことに全く気づいてないよ。まあ、いいけど。むしろありがたいけど。直弥君なら普通に呼べる気がするから呼んでもいいけど、リオ君だけ糸目呼びにしたらなんだか差別みたいで嫌だから、まずはリオ君と呼ぶ。しかし、全く呼べる気がしない。
「部屋で練習しないと」
「なんの? まさかモルモットで実験?」
「モルモットで実験してるんですか? なら俺も混ぜてくださいよ。あ、すみませんね。いちゃいちゃしているところにわりこんでしまって。いや、見てる方が楽しいかもしれない。やっぱり俺抜きで存分にいちゃいちゃしてください」
「「いちゃいちゃしてない!! 」」
まあ、実際には、
『何を二人で楽しそうにしてるんだ? 混ぜてくれないと、悲しいよ』
てなところだろう。本当に直弥君はツンデレだ。
「あなた達、いい加減にしなさいよ。もう着いてるんだし、静かにしてよね」
ちっちゃい風紀委員は、彼女のサイズにはあっていない引き戸をガラガラとあけた。
「連れてきましたよ、鳴海さん」
そこにいたのはぽっちゃりした女の子だった。たしか、よく直弥君と話していた子だ。直弥情報は目的の人種ではないかと疑ったことがあるからだいたい揃ってる。彼女は鳴海紗耶香さんだ。
「紹介が遅れたわね。私は風紀委員、二年生担当の西沢 夏花よ」
夏花ちゃん。名前も可愛い。抱き着きたい。
「今回は鳴海さん他数名があなた達に迷惑しているということを聞きました。今回は鳴海さんだけに話していただくわ」
「ちょっと待て。俺は誰にも迷惑かけた覚えはないぞ」
「っていうか、モルモットってなに?」
少し困った顔をした夏花ちゃんは私達を見上げながら叫ぶように言った。
「……つーか、面倒やから喋んな! まずは鳴海さんの話聞かんかい!」
そしてしばらくの沈黙。
今喋ったのは夏花ちゃんだよね?
「あぁ、えっと、とりあえず、鳴海さん、話してください」
「うぇ? あ、はい」
このタイミングで話し振られたらそりゃ、戸惑うよね。
「えっと、直弥君は悪くないんですよ。むしろ被害者なんです。有馬君と坂崎さんに振り回されてるんです」
ちょっと待て、誰が誰に振り回されているって? 聞き間違いかと思ったからリオ君の方をみてみる。リオ君もこっちを向いて不思議そうにしている。やっぱり聞き間違いではないようだ。
「直弥君は楽しそうに振る舞えって二人に脅されてるんです。じゃないとおかしいです。直弥君は私といるときが一番楽しくないといけないのに、こんな変人二人といる方が楽しいなんてありえない!」
あれ、おかしい。なんだかよくわからない。こいつ、なに言ってんだ?
「そうよね、直弥君! 風紀委員さんも私もいるからちゃんと話していいんだよ?」
あぁ、くそっ。イライラしてきた。
そこであまり聞いたことのないお腹の底まで響く重低音の声が聞こえてきた。
「君はなにを言ってるんですか? よくわからないです。ちゃんと日本語勉強したほうがいいんじゃないでしょうか? 優秀な国語の先生はこの学校にはたくさんいると思いますよ。っていうか風紀委員さん、この人は誰ですか。見に覚えのない罪を夢想しくさっているそこの少女は。俺がモルモットにしているのはそこの慧人くんと坂崎くんだけだし、他人に迷惑をかけたこともない。……それにね、君、気安く俺のファーストネームで呼ばないでくれないかな。ファーストネームで呼んでもいいのは友人だけなんだ。あ、そうそう、風紀委員さん、もし今後こんな話しがあれば俺だけを呼んでくれませんか? 今回ばかりは、残りの二人がとばっちり過ぎる。モルモットは、もっと丁重に扱うべきなんだ。……では、失礼します。二人とも、行こうか」
風紀委員室をあとにしようと背を向ける直弥君に、鳴海さんが慌てた様子で声をかける。無駄だろうに、呼びとめようとしているようだ。
「ちょっと、直弥君!」
「黙れよ。俺のファーストネームをてめぇなんかが口にすんじゃねぇ。へどが出る」
ウェーブのかかった前髪から見えた目は、人間のものとは思えないぐらいの鋭い眼光だった。それを例えるなら、脅しをかけている狐。それも妖の類の。これほどにも違う意味で、直弥君に恐怖したことはない。
思わずリオ君の手を握ってしまわないとその場にはいられないほどに怖い。これがあのワカメワールドを振り撒く直弥君なのか、正直わからなくなった。
「そ、そんな! 風紀委員さん! どうにかしてください!」
んな無茶振りを夏花ちゃんにするなよ。
しかし、夏花ちゃんが反応することはない。おそらく、直弥君の激昂具合から、どっちが正しいのか見極めたのではないだろうか。つまり、こちらに冤罪がかけられている、と。
そんな彼女は、こちらに対して申し訳なさそうな表情になっている、かと思いきや……違った。
夏花ちゃんの顔、なんだか赤いような気がする。夏花ちゃんの視線のさきにはワカメ。まさかね。それはない。そんなこと思ったら夏花ちゃんに失礼だ。
最終的に、鳴海さんとやらは誰にも相手してもらうこともなく、ただぽつんと部屋にとりのこされた。
なぜか直弥君の機嫌がすこぶるいいし、全くこちらを見ないしさっきの怖かった直弥君は一体どこにいったのだろうか。
それが不思議で仕方なかった。