わ、私はそんなに上の方にいない!
Side Rio. ~有馬・L・慧人~
俺がこの高校に編入してきて、だいたい三週間ほどが経った。
その間は特に大きな事件もなく、期末試験が迫っているという目下の問題以外は懸念事項などない。概ね、平和な高校生活を過ごせたと思う。
「あ、糸目君。おはよー」
「あぁ、おはよう」
「今日もワカメ君が付属なんだね」
「なんだ、俺は我が友人のおまけかい? 悲しいね」
「えぇ~、だって怖いんだもん」
「怖いとは失敬な。俺は友人と楽しく実験してるだけだよ?」
「言ってることは普通っぽいのに、なんか怖いっ!」
……いや、平和ではなかったかもしれない。それに、主音声は普通でも副音声はやばいから。モルモットで楽しく実験することになってるから。それただの鬼畜だから。人間をモルモットにして、しかもそのモルモットで楽しく実験するってなにさ。俺の知らないうちにどんな実験をしてきたというんだ!
やはり、全く以って平和じゃなかった。先ほどと言っていることは変わるが、断言する。この高校で、平和な生活を送ることなど不可能だっ!
―――――だけど……。
「なんにせよ、ワカメ。帰ったら俺でどんな実験してきたか、きりきりゲロってもらうから覚悟しとけよ?」
「おー怖。俺を折檻するくらいなら、坂崎くんとSMプレイをしてはどうだね? おそらく、いろいろと溜まっているものを全て「「そんなことしないっ!!」」……くひひ、そうかい?」
やっぱ、ワカメキライ。
「だいたい、お前はいつもそんなことばっか言って友達を弄んで、楽しいのか?」
「楽しい? いやいや、違うね。それだと、俺が君らで楽しんでいるみたいじゃないか」
「違うのか?」
「違う。大いに違う。……俺が能動的に君らを使って楽しむのではなく、君たちが自主的に、自分から俺を楽しませるのだよ! それが君らの役割さ」
……優介曰く。
「……要するに、はいはいツンデレツンデレ。照れ隠しですね」
そーゆーわけだろう。つか、俺が友達って認めただけで照れ隠し発動とか、どんだけだよ。
「……何を言っているのやら」
「す、すごい! 分かりにくいワカメワールドが、一気にただのツンデレワールドに変わった!」
「だから違うと言っているじゃないか。モルモットの割りに、自己主張が激しいよ?」
「ワカメ君がツンデレー♪」
言いながら、楽しそうに坂崎は笑った。本当に楽しそうで、なんだかこっちまで笑えてくるから不思議だよな。
―――――うん、平和とは言えないかもしれない。だけどそれでも……。
「俺、結構この生活、気に入ったかもなぁ」
思わず、心の呟きが洩れた。……うん、悪くないよ、この高校も。
「へ? なんか言った?」
「アレだよ、慧人くんは、早く坂崎くんを食べちゃいたいと「言ってないわワカメ!」……ちょっとした冗談じゃないか」
「お前の冗談って、タチが悪い」
「最高の褒め言葉だね」
「冗談がタチ悪いって言われて喜ぶなんて、ワカメ君ってえむなの?」
「……いや、あれは皮肉なんだが…」
「ひにく?」
「皮肉というのはだね……」
ぶつぶつと“皮肉”について、坂崎に説明をし始めるワカメ。どーでもいいけど、このマッドワカメの本名ってなんだっけ? 一応相部屋の、大切だと言えなくもない友人の名前を思い出せない今日この頃。
―――――それでもこれまでは、どたばたでも平和と言えたのかもしれない。
だが、そんな三人でバカやるっていう平和も、今日のこの瞬間までだった…。
◆
それは、バカで変人な二人組と、いつも通りに昼食を共にしていた昼休みのこと。とある事件が起こった。
ガラッと勢いよく開けられた引き戸。扉を開けたその犯人は、特に誰かの注意を集めるでもなく、勢いよくこちらに近づいてきた。雰囲気で分かる。結構急ぎ足だな。
「ちょっと、いいかな? あなたたちに最近、苦情が出ているの」
苦情、ねぇ。周りに迷惑かけるようなこと、したっけか? ……そんなことを思いながら、その者がいる方を見上げる。こちらは座っているので、それぐらい視線を上げないとおかしいと思われるだろう。
「なんかよーか?」
………………………沈黙。
あれ? おかしーな。確かに、目の前に存在を感じるんだが。
「えっと……ふ、ふざけてるのかな、君?」
やっぱり。いるじゃないか。すぐに返事しろよな……って、ふざけてる? 別に、ふざけてるつもりはないんだけどな。
けど、糸目(とゆーか閉じてるんだが)で視覚情報がないことで、なにか粗相をしている可能性もあるので、“感覚”の精度を上げてみる。これを上げると、その人物の気配を感じるだけでなく、顔の造りまでも手に取るように分かるのだ。
……そして、気付く。坂崎とワカメ、それどころかクラス中のみんなが、俺たちの方を見てくすくすと笑いを洩らしていることに。さらに……。
「わ、私はそんなに上の方にいない! 悪かったわね、身長低くてっ!!」
彼女相手の場合、椅子に座った状態でも視線を上げる必要はなかったのだと気がついた。
「……ごめんなさい」
これは、素直に謝るしかないだろう。なんか、ホント……すんません。
昼食の時は気を張るのも疲れるので、“感覚”の精度を下げていたことが仇となっていたようだ。……いや、ホントごめんって。
「……私も、好きでこんな小さくなったわけじゃないのに」
「いや、なんか、ホント、悪い、すいません、ごめんなさい、ゆるして」
やはり、とりあえず謝っておく。……クラス中の必死に笑いを堪えようとしている音をBGMにして。あ、おい、今『ぷっ!』って吹き出したヤツ誰だ! 投降しろ! 責任なすりつけてやる!
……脳内で盛大に責任転嫁しようと決意している時に、なんだか諦めたような溜め息が聞こえた。当然、先ほど教室に入ってきた彼女からだ。
「……はぁ、まあいいわ。ち、小さくたって、需要はあるし! うん! ……って、それが言いたかったんじゃなくて。私が言いたいのは、あなたたちに出ている苦情についてよ」
そう言って、彼女は真面目な顔つきになる。……うん、精度上げれば、表情まで読み取れるよ。さっきの失態を思い返すと、後悔は絶えない。
「宮内 直弥を主犯に、坂崎 唯舞、有馬・L・慧人の三人が、我が校の生徒をモルモットと称して実験に興じている、という苦情ね。真偽はともかく、とりあえず私についてきてもらうわ。風紀委員室までね」
そう言って、彼女は後ろを向き、歩きはじめる。釣られて、俺たちも立ち上がった。まー、ただの濡れ衣だ。無罪を証明しておかないとな。
けど、一番びっくりしたのは、ワカメの名前について。宮内 直弥ってゆーんだね、久しぶりに聞いたわ、その単語。つかアイツはワカメで充分だろ。でなきゃマッドワカメだろ?
そんな、バカなことを考えながらも、風紀委員らしい彼女の小さな背中を追いかける。なんだか堂々としている背中だ。だけど……。
「きゃっ!!」
うん、足を挫いたらしい。堂々としてるくせに、締まらねー。
―――コイツに、俺たちの“どたばたな平和”を、崩せるのか?
ちょっとくらいは壊してくれないと、文の途中で言った『だが、そんな三人でバカやるっていう平和も、今日のこの瞬間までだった…』ってセリフが、ウソになるじゃないか。
なんだかメタな心配をしてしまった俺は、たぶん悪くないと思う。