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心の傷・思い出☆1

晶と出逢ってから1ヶ月が過ぎようとしていた。


晶の国のフローティングアイランドの中のサヴォイア宮殿では密偵による報告がアキュラの父親であるレオンにされていた。

「どう言う事だ! 魔法力を失って人間と暮らしているだと。その上、許可も無く契約とは勝手をするにも程がある。今すぐに連れ戻してやる」

「あなた、契約は如何するのですか? 魔族の契約は婚姻と同じ事」

「ラウラ、勝手にした契約など無効だ。相手を殺してしまえば契約は解除するではないか」

「そんな、事情も聞かずに……」

「ええい、黙らんか! 今すぐ地上に降りてアキュラを連れ戻す」

レオンは激高してラウラの静止も聞かずに地上に降りようとしていた。

「私も一緒に参りますから待ってください」

ラウラがレオンの体に寄り添った。

「我、ステラ アレーシア レオンの名において、わが娘アキュラの元へ」

レオンの足元に強大な魔方陣が広がり人の体を包み込んだ。


東都マギ・マナ総合大学付属高等学園2年の隆斗達は校庭で隣の美春のクラスと合同で体育の授業を受けていた。

男子はサッカーで女子はソフトボールをしている。

はなっからやる気がないので隆斗はキーパーを買って出てゴール前でしゃがみ込んでいた。

「おーい、キーパー。ボール行ったぞ」

「へいへい。だりぃなぁ、まったく。それ」

キーパーの隆斗がボールを蹴り返した。

「何が楽しくってサッカーなんかしなきゃならないんだ。授業とはいえ」

相手のゴール前ではボールの奪い合いが続いている。

隆斗は再びゴール前でしゃがみ込んで眺めていた。

ふと女子のソフトボールの試合を見ると晶がセンターを守っている。

ボスッとソフトボール特有の鈍い音がしてバッターがボールを打った。

そのボールが晶の前に転がっていく。

ありえない位見事にトンネルをして慌ててボールを晶が追いかけている。

その時、晶の目の前に魔方陣が広がり空から光が降りてきた。

隆斗はそれを見て晶の方へ走り出した。


周りの生徒達も気が付き、美春も驚いて晶に向かい走り出していた。

魔方陣の中に人影が現れた。

1人は2メートルくらいある男で金の縁取りがされた白い詰襟のような衣装をつけてい、髪は茶色で長く立派な髭を生やしており、まるで百獣の王ライオンの様な容姿でマントを羽織っている。

そしてもう1人は細身の女性でやはり金で縁取りされた白いドレスを身に纏っていた。

2人には立派な動物の耳と尻尾が生えている、魔族だった。

空気が張り詰める。

隆斗は晶の直ぐ近くに駆け寄るがそれ以上近づかなかった。

美春は晶の直ぐ後ろに居た。

他の生徒は遠巻きに様子を伺い、他の学園の生徒や先生までもが何事かと校舎の窓から見ている。

「お、お父様……」

晶が呟いた。

「人間如きにお父様呼ばわりされる覚えは無い!」

レオンが晶を一瞥して晶を払い飛ばした。

美春が晶を抱き止めるが勢いが強く2人とも後ろに倒れこんだ。

辺りを見渡してレオンが何かを探して居るようだった。

そして隆斗に目をやると近づいてきていきなり胸座を掴みあげた。

「貴様が、アキュラの契約者か?」

その声は怒りに震えていた。

「だとしたらどうするんだ?」

隆斗はたじろぎもせず真っ直ぐにレオンの目を睨み返し答えた。

「お前を殺し契約を解除し娘を連れ帰る」

「あんたに出来るのか? 自分の娘も判らなくなる位に怒りに身を任せているあんたに? 殺せるものなら殺してみろ」

「小僧、憎まれ口も程ほどにしろよ。人間など10年前の魔法炉の暴走が起きた時に滅んでしまえば良かったのだ」

「もう一度言って見ろ! 10年前の魔法炉の暴走だ? あれはお前達、魔族が起こしたのか!」

「何度でも言ってやろう。辛うじて難を逃れたようだが、あれはマリアが居たからこそ助かった様なものの。その為に我々の仲間のマリアが命を落とさねばならなかった。人間如きの命の為にな」

隆斗の中で何かが弾け飛んだ。

胸座を掴んでいるレオンの腕を掴み返す。

「人間如きの貴様に何が出来る」

レオンが嘲笑った。

隆斗が深く静かに深呼吸をする。

ザワザワと隆斗の周りの空気が変わり始める。

それは徐々に強大な怒りになりビリビリと大気をも震えさせていく。

レオンの顔色が変わった。

「き、貴様! 何者だ?」

その時、晶が叫んだ。

「お父様! 止めて!」

レオンが声のする方を見ると先程吹き飛ばした人間だった。

「アキュラなのか?」

美春に抱きかかえられている晶にラウラが寄り添っていた。

「頭に血が上り娘の顔も忘れたのか。それでも親か」

「貴様にとやかく言われる筋合いは無い。今すぐに消し去ってやる」

「やれるもんならやってみろ!」

隆斗が掴まれていた腕を握り締め振りほどいた。

「ば、馬鹿な人間如きに」

「人間如きで悪かったな!」

「もう、止めて!」

晶が泣き叫んだ。

その瞬間、隆斗の頭に幼い頃のことが蘇えった。


月明かりの中で泣いている女の子。

その子には猫のような耳があった。

そしてお家に帰りたいと泣き叫んでいる。

幼い頃の隆斗が何かを言って地面に手をつけると黒い魔方陣が広がる。

そして女の子を元の場所へと帰した。


「アキュラ、もう遅い!」

レオンの右拳が光に包まれ隆斗に振り下ろされようとしていた。

「嫌ぁぁぁぁぁぁ!」

晶の叫び声が校庭に響く。

しかし、レオンの拳は隆斗には当たらなかった。

隆斗の顔の前で拳が止まっている、そして黒い魔方陣がレオンの力を相殺していた。

「貴様は、いったい」

「何がマリアは我々の仲間だ?  訳判らねえ事言ってるんじゃねえぞ! あの事故で俺たちを救う為に死んだのは、俺の母親の茉莉亜だ!」

「貴様がマリアの息子だと言うのか?」

「それがどうした!」

隆斗が叫ぶと、隆斗の髪が逆立ち先程と比べようが無い怒りが当たり一面を包み込んだ。

「そ、その眼は……」

レオンが叫ぶ。

隆斗の眼が青く光っていた。

「2度と俺の前に姿を現すなぁ!」

「我が名はソーレ! アーク! リュート! ゼロ!」

隆斗が叫び拳を地面に叩きつける。

劈くような炸裂音と共に隆斗の拳を中心に真っ黒な魔方陣が光り広がった。

黒い光などあり得ないのだが黒い光としか形容しがたいものだった。

魔方陣が広がるとレオンとラウラの体を光が包み込み跡形も無く消え去る。

そして隆斗が立ち上がると何事も無かったかの様に歩き出した。

「隆斗、今のは何なの?」

美春が隆斗に話しかける。

しかし隆斗は何も答えずに美春と晶の横を通り過ぎる。

「隆斗、私……何処に行くの?」

晶が泣きながら隆斗に聞いた。

「悪い、独りにしてくれ」

隆斗がそう言い残して立ち去った。

しばらく回りの生徒達も呆然としていたが直ぐに先生方が教室に戻るように指示をした。

「晶ちゃん、教室に戻ろう」

「美春ちゃん、私、私」

「大丈夫だから、私は晶ちゃんの味方だからね」

「うん、ありがとう」

教室に戻るとクラスメイトの晶を見る目が一変していた。

「あの子、魔族だったんだ」

「特異体質ってそう言う事だったのか。魔族って本当なの?」

「私、何だか怖いな」

「それに星君もあんな力持ってたんだ」

「ゼロの呪いだよ」

今度の事で晶が魔族だと言う事が学園中に知れ渡ってしまった。

午後の授業は総て取りやめになり緊急職員会議が開かれる事になった。

クラスメイト達は逃げる様にして帰ってしまい晶だけが教室に取り残されていた。

そこに美春がやってきた。

「晶ちゃん。帰ろう」

「うん、ゴメンね。美春ちん」

「晶ちゃんは何も悪い事していないでしょ」

「でも、私に係わっていたら美春ちんも独りになっちゃうよ」

「独りじゃないよ、晶ちゃんも隆斗も居るじゃん」

「でも……」

「良いから帰ろう」

「うん」

2人で一緒に帰宅する。


晶が家に着き隆斗の部屋に行きノックをする。

「隆斗、開けて。話がしたいの、お願い」

隆斗の返事は無かった。

「お願いだから。私の話しを聞いて」

「独りにしてくれ」

「隆斗……ごめんなさい」

隆斗の冷たい声だけが返ってきた。

晶が泣きながら階段を駆け降りて下に居た美春に抱きついて泣き崩れた。

「み、美春ちん……私……私がぁぁぁ……」

「あの、馬鹿隆斗!」

美春が晶をリビングのソファーに座らせて2階に向かい隆斗の部屋のドアを叩いた。

「この、馬鹿が。晶ちゃんの気持ちを少しは考えろ!」

「悪い、美春。晶の事を頼む」

「えっ、隆斗?」

隆斗の声は今まで聞いたことがない様なとても穏やかな声だった。

美春はあまりに静かな隆斗の声に拍子抜けした。

「俺、子どもの頃に晶に出会ったのを思い出したんだ。晶が悪い訳じゃないのも判るんだ。だけど今あいつと面と向かって話をしたら何を言ってしまうか判らない。怖いんだ。あいつは魔族で・……でも、俺はあいつの事が……どうしたら……クソ! クソ!」

隆斗が泣いていた。

「隆斗、自分で考えな。晶ちゃんは私が見てるから。私は隆斗と晶ちゃんの味方だからね」

そう言い残し美春がリビングに行くと晶の姿は何処にも無かった。

「晶ちゃん?」

美春が隆斗の家を飛び出して晶を探す。

近所を探し回るが見つからなかった。

「どこに行ったんだろう。もしかして道場に」

美春が道場に向かった。


「師範! 師範!」

「なんじゃ、美春。騒がしいのう」

「晶ちゃんが」

「学園は大騒ぎになっとる様じゃな」

「師範、そんな場合じゃ」

「今しがた、学園から連絡があって話は聞いた。学園の方はわしが何とかするから大丈夫じゃよ」

「でも、晶ちゃんが居なくなちゃって」

「隆斗は如何しとるんじゃ?」

「部屋に……とても辛そうだった。それと魔族の人がマリアは仲間だってマリアって隆斗のお母さんの事でしょ。それに隆斗にあんな凄い力があったなんて」

「今は詳しい事は何も言えんのじゃが、美春も隆斗の事が心配なんじゃな」

「子どもの頃、晶ちゃんに出逢った事があるって隆斗が言ってた」

「運命なのかも知れんな2人が出会ったのは」

「師範、暢気にしてる場合じゃなくて晶ちゃんが」

「大丈夫じゃよ、あの2人は契約によって結ばれておるんじゃ。遠く離れていてもどこに居るか直ぐに判るはずじゃ。それに結ばれているからこそお互いの気持ちが判ってしまうのかもしれんな。どれ暗くなって来たことじゃし、隆斗のケツでも叩きにいくかな」

爺さんが美春と一緒に隆斗の家に向かう。

辺りは日が暮れて暗くなってきていた。

「おーい、隆斗。居るんじゃろうが」

隆斗の部屋の前で呼んだが返事は無かった。

「隆斗、事故の事は別として。今の晶の辛さや寂しさはお前が一番知っている筈じゃぞ」

その時、ドアが開いて隆斗が部屋から出てきた。

キャップを深く被り表情はわからなかった。

「迎えに行くんじゃな」

「ああ、今のあいつには行く所ねえからな。それに俺にも責任があるわけだしな」

「隆斗、責任ってそんな気持ちで晶ちゃんを迎えに行くの?」

「美春、俺はあいつに必ず助けてやると晶に言った。その言葉が嘘になっちまうからな」

隆斗はそれ以上何も言わず家を出てバイクでどこかに向かった。

「師範、隆斗も辛いんですね」

「そうじゃな、両親を奪った事故の原因が魔族にあったと知ってしまったんじゃ。魔族である晶と向き合うのが一番辛いのじゃろう。じゃが大丈夫じゃよ、孤独の辛さと寂しさは誰よりも隆斗が一番知っているからの。ここでしばらく帰りを待つとするかの」



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