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アキュラ☆1

隆斗は自宅のガレージの前で故障したバイクのエンジンを弄っていた。

「また、プラグが被ってやがる。確か替えのプラグが……ん?」

伸ばした左手首にタトゥーの様な文様が浮かび上がっている。

「何だ、オイルの汚れかな」

タオルで拭き取ろうとするが拭き取れなかった。

その時ドクンと全身が鼓動して近くの河川敷の映像が頭に浮かんできた。

「何だ、今の? 気のせいか?」

あまり気にも留めないでプラグの交換作業を続ける。

「良し! これで完了と」

バイクのエンジンを掛けると綺麗に吹き上がった。

再び全身がドクンと鼓動する。

今度は公園で出会った女の子の怯える顔が浮かんで来た。

そして自分の心臓の鼓動も早くなり言い知れぬ不安感に包まれた。

「何なんだ? 気になってしょうがねぇ、クソたれが!」

バイクにまたがりヘルメットを腕に通しバイクを出し河川敷に向かいバイクを走らせた。


アキュラは何が起きて、これからどうして良いかも判らずフラフラと歩いてた。

気が付くといつの間にか大きな川の土手の上を歩いていた。

その時、目の前に真っ黒な獣が現れた。

「使い魔! だ、誰の?」

辺りを見渡すが誰の気配もなかった。

黒い獣がゆっくりと牙を剥きながら近づいてくる。

魔法で払い退けようとして魔法が使えない事に気が付いた。

その瞬間、言い知れぬ気持ちが全身を駆け巡った。

それは生まれて初めて感じる恐怖と言うものだった。

「こ、来ないで。嫌! こっちに来ないで」

後ずさりしながら叫んだ。

すると後ろからも獣のうなり声が聞えてきた。

アキュラはパニックになり土手を駆け下りて葦原に逃げ込んだ。

耳を澄ますとガサガサと何かが迫って来る音が聞える。

「ど、どうしたら良いの。誰か助けて」

あまりの恐怖に声にならなかった。


「何処だ? 何処に居やがる」

隆斗はバイクに立ち乗りしながら土手の上から探していた。

月明かりで明るいとはいえ暗がりの河川敷の葦原では見つけるのが容易ではなかった。

「何も見えやしねぇ。確かアキュラとか言っていたな」

「アキュラ! 居るなら返事しろ!」

隆斗が名前を叫びながらバイクをゆっくり走らせた。


その声は怯えるアキュラの耳にもバイクの音と共に聞えた。

「だ、誰?」

その時、もの凄い勢いで何かが近づいてくる気配を感じた。

声を上げてしまい気配を察知されてしまったようだ。

「助けて!」

アキュラが渾身の力で叫んだ。

 

オフロードバイクの甲高い排気音が河川敷に響く。

隆斗の頭にダイレクトにアキュラの声が響いた。

「あそこか?」

それは目で見て確かめた訳ではなく直感だった。

バイクのアクセルを全開にして土手を駆け下りる。

葦をなぎ倒しながらバイクを走らせると少し開けた場所に出た瞬間、横から黒い影が飛び掛ってくる。

それを持っていたヘルメットで払い除けた。

パァーン!と炸裂音がして影が消し飛んだ。

バイクをターンさせると蹲っているアキュラらしき女の子が見えた。

バイクを近づけ声を掛ける。

「おい、大丈夫か? 早く乗れ!」

女の子は頭を抱えたまま動こうとしなかった。

隆斗が女の子の手を掴んで引っ張りあげると女の子がやっと気が付き隆斗の顔を見た。

「早く乗るんだ! 来るぞ!」

動揺して怯えた顔で隆斗の背中にしがみ付いた。

隆斗が女の子の足をタンデムステップに乗せアクセルを開ける。

黒い影がしばらく追いかけて来たが少し走ると見えなくなった。

「邪魔が入りましたか。まぁ、いいでしょ。時間はたっぷりとあるのですから」

銀髪の男が呟いた。


用心して少しバイクを走らせ遠回りをして自宅に戻り、ガレージの前にバイクを止めエンジンを切る。

「おい、降りてくれ」

隆斗が声を掛けるがガタガタと震えたまましがみ付いていた。

腰に回された手を掴むと一瞬ビクンとして道路に崩れ落ちた。

ガレージにバイクを入れてシャッターを下ろす。

「大丈夫か?」

声を掛けるが返事は無かった。

女の子を抱えあげて家の中に入りリビングのソファーに座らせる。

目は虚ろで怯えて震えて居るが確かに公園で出会ったアキュラだった。

キッチンに行きホットミルクを作る。

それは隆斗が子どもの頃に怖い夢を見て起きると母親がいつも作って飲ませてくれた物だった。

「これでも飲んで落ち着いてくれ。聞えないのか?」

隆斗がアキュラの前にしゃがみカップをテーブルに置いて顔を覗きこむ。

出会った時の威勢の良さは微塵も感じられないほど怯えきった表情だった。

「もう、大丈夫だから」

左手でアキュラの頭を撫でると目から大粒の涙を流しながら隆斗に抱きついて来た。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


どの位泣いていたのだろう、しばらくすると震えも止まり落ち着いてきた。

「ヒック、ヒック、ヒック……」

「冷めないうちに飲んでくれ」

「うん」

ホットミルクが入ったマグカップをアキュラに渡すと頷きミルクを飲み始めた。

「しかし、そのなりじゃどうしようもないな」

葦の葉っぱまみれになったアキュラの姿を見て隆斗は風呂のスイッチを入れる。

しばらくするとアラームが鳴りお湯が溜まった事を知らせた。

「アキュラって言ったよな、風呂に入ってくれ。その格好じゃ部屋が汚れて掃除するのが面倒くさいからな」

「嫌、1人にしないで」

「ふざけるな」

「嫌だ」

アキュラが怯えていた。

「なんなんだよ、まったく。判ったから風呂の前に居てやるから」

隆斗がバスルームに向かうとアキュラが慌てて隆斗のシャツを掴んだ。

バスルームに連れて行きタオルとクリーニングから戻ってきた隆斗のパジャマを渡し、バスルームのドアに寄りかかった。

「だりぃ事になったなぁ。何だってあんなに怯えるんだ? いくら襲われたからって怯えすぎだろう」

20分もするとアキュラが風呂から出てきた。

「それじゃ、俺も風呂に入るからリビングに居てくれ」

「嫌!」

「嫌じゃない。はぁ~それじゃお前が今度はドアの前に居ろ」

「うん……」

隆斗が風呂から出てくるとバスルームのドアの前で膝を抱えてアキュラが座っていた。

「今日はもう遅いから寝るぞ。明日これからの事を考えよう」

「うん」


アキュラを両親が使っていた2階の部屋に連れて行く。

「お前はここで寝るんだ。いいな」

「う、うん」

「俺は向かいの部屋で寝ているから。判ったな」

「うん」

アキュラは頷くだけだった。

隆斗は自分の部屋の大きめのベッドに倒れこんだ。

直ぐにドアをノックする音がする。

「疲れた、厄介なもん連れて来たけど大丈夫かなぁ。何なんだまったく。1人じゃ寝れねえのか? ガキじゃあるまいし」

ドアを開けるとアキュラが怯えきった表情で枕を抱きしめていた。

「どうしたんだ?」

「こ、怖い」

「怖い? この家は安全だ」

「ち、違う、魔法が使えない」

「それがどうした?」

「生まれて初めて……こんなに……怖い……気持ち……」

その言葉で隆斗は理解した。

今までは魔法の力で自分を守ってきたのだろう。

しかし今はそれがまったく出来ず、その上に襲われて今まで感じた事の無い恐怖感と不安を知った事を。

成り行きとは言え隆斗の特異体質のせいで魔法力を封印されてしまったのだ。

邪険にする訳にもいかなかった。

「しょうがない、ここで寝ろ」

「うん」

アキュラを壁際に寝かせ隆斗はアキュラに背中を向けて横になった。

しばらくするとアキュラが隆斗の背中に寄り添ってきた。

「寝れねえのか?」

「名前」

「そう言えば教えて無かったな。俺の名前は星 隆斗だ」

「隆斗?」

「そうだ」

「隆斗、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

アキュラは安心したのか直ぐに寝息が聞えてきた。

隆斗も疲れから深い眠りについた。


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