夏休み☆月に祈りを
里美は花火会場に向かう人の間を急いでホテルに向かっていた。
「もう、あのタクシーは駄目だらぁ、とろくさいで。隆君達、怒とるかな」
文句を言いながら早歩きで人の流れに逆らって進んでいると何かにつまずいてしまった。
「ひゃー」
つまずいた拍子に誰かの胸に飛び込んでしまう。
「そんなに慌てるからだ。花火大会に花火の柄の浴衣かぁ、さすが呉服屋の娘。粋だな」
とても優しく体を受け止めてくれた人は隆斗だった。
里美は長い髪をアップにして紺地に綺麗な花火柄の浴衣を着ていた。
「り、隆君?」
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう。あれ? 鼻緒が……」
里美の足元を見ると下駄の鼻緒が切れていた。
「どうしよう」
「貸してみろ」
「大丈夫だらぁ、このくらいなら直せれるじゃんね」
里美が下駄を手にとって集中しようとしていた。
「里美、お前魔法が使えるのか?」
「うん、まだ習いたてじゃんね。あれ? 上手くいかないじゃんよ」
隆斗がパチンと下駄の上で指を鳴らすと、鼻緒が元通りになっていた。
「流石、茉利亜さんの息子だらぁ」
「今だけ限定だけどな。それより里美もしかして」
「西マナ・マギ付属に通ってるじゃんね」
「そうだったのか」
「隆君のお母さんの茉利亜さんは私の憧れじゃんね、だもんで必死になったんよ学園に行きたくって。そう言えば隆君も学園でしょ東マナ・マギ付属だらぁ」
「そうだよ、晶も星羅も美春も同じ学園だぞ」
「皆、そうなの?」
「さぁ、待ってるから行くぞ」
隆斗が里美の手をつかんで歩き出した。
「り、隆君。ちょっこし恥ずかしい……」
「嫌か?」
「ううん、嬉しいらぁ。子どもの頃に戻ったみたいで」
里美が照れて赤くなっていた。
ホテルに着くと入り口で晶達が待っていた。
「ああ、来た!」
晶が隆斗に駆け寄り隆斗の腕にしがみ付いた。
「隆斗、遅いよ。早く行こう」
「あれ、晶ちゃんがなんだか積極的になってる」
「姉様、兄様が里美さんと手を繋いでいても焼きもち焼かないです」
「ごめんね、店が忙しくって中々抜けだせんかったじゃんね」
「まだ、余裕だよね。隆斗」
「ああ、そうだな。気にするなよ里美」
「兄様、屋台に行くです」
「星羅ちゃん、花火を見に行くんだよ」
「えへへ、そうだったです」
いろいろな屋台が立ち並ぶ道を歩いて会場に向かう。
「美春さん。皆、東都マナ・マギ総合付属に通ってるだらぁ?」
「うん、そうだよ」
「学園にゼロって呼ばれてる人がいるじゃんね、どんな人だら?」
「里美ちゃんはもしかして西に通ってるの?」
「うん」
「本当に知らないの? どんな人か」
「判らんじゃんね、だもんで聞いてるだらぁ」
「うふふ」
「晶さん、何が可笑しいだら?」
「そこに居るじゃん」
「ええ? そこって……り、隆君? それじゃゼロの彼女さんの魔族って……晶さんなん?」
「そうだよ、今は封印されちゃってるから魔法は使えないけどね」
「じゃ、星羅ちゃんもだら?」
「そうです、星羅も魔族ですよ。姉様とおんなじで兄様に封印されてるです」
「だって、ゼロって……」
「ここ数日だけ特別なんだって」
「美春さん、特別ってなんだらぁ?」
「そこまでは知らないんだ。試しに隆斗に魔法をかけてみたら」
「隆君にそんな事出来んじゃん」
「あれ? 里美じゃんか」
その時、屋台から声がした。
里美が屋台を覗く、他の皆も屋台を見ると屋台にはラムネと看板が出ていた。
「なんだ、誠司じゃんね」
「な、なんだはねえだ……」
里美に声を掛けた男が固まっていた。
「誠司? どうしたと?」
「さ、里美。この方達とは……」
「ああ、とうもろこしくれた人です。美春姉様」
「本当だ、また会いましたね」
晶は少し怯えて隆斗の腕をつかんで隆斗の影に隠れていた。
「晶? どうしたんだ?」
「だって、あの人……」
怯える晶を見た里美が誠司を睨んだ。
「やいやい、悪さしただに。星君達は私の友達じゃんね」
「……ボコボコにされたじゃん、死神に敵う訳ないだろ」
「死神って毎年この時期に現れるって言うど怖い人? そんな人、噂だけで居らんじゃんね」
「居るだろ、おまの後ろに」
「はぁ、星君は東ママのゼロらしいじゃんね」
「ゼロの呪いの……で死神? 無理だら」
「里美の知り合いだったのか」
「うん、幼馴染だらぁ。最近は悪さばかりしてるじゃんね、だけど根は悪くないんよ」
「隆斗は死神なんて呼ばれてるけど私のナイトだもんね」
隆斗の影から晶が言った。
「違うです。星羅のナイトです」
「ええ、隆君が本当に死神なん? それじゃ毎年来てるん?」
「まぁ、墓参りにな」
隆斗が罰悪そうに頭をかいた。
「何でだん? 会いに来てくれんの?」
「日帰りで来るからな」
「来年もおいでん。また会いたいじゃんね」
「そうだな」
「約束だらぁ、絶対に」
「判ったよ」
星羅が隆斗の袖を引っ張った。
「兄様、ラムネって何ですか?」
「炭酸水だよ、美味いぞ。飲んでみるか?」
「飲みたいです」
隆斗が皆の分の支払いをすると、誠司が溢れない様に器用にビー玉を抜いてラムネを手渡してくれた。
星羅が飲み始めて不思議そうな顔をした。
「兄様、飲めないです」
「星羅ちゃん、この窪みにかっちん玉を引っ掛けながら飲むんだらぁ」
「かっちん玉ですか?」
「びー玉の事だよ」
「美味しいです。それに綺麗ですこのビン」
星羅が嬉しそうにラムネのビンを揺らして音を聞いていた。
「兄様、この瓶貰ってもいいです?」
「とうもろこしの人に聞いてごらん」
「貰って良いです?」
「星羅。「貰って良いです?』 じゃなくって『良いですか?』だろ」
「えへへ、間違えたです。貰って良いですか?」
「は、はい。どうぞそんな物で良ければ」
誠司が直立不動で答えた。
「ありがとうです。兄様、貰えたです。嬉しいなぁ」
星羅がラムネの瓶を振りチリンチリンと音を鳴らして喜んでいた。
「誠司、何を緊張してるだら? ああ、まさか。しょんない星羅ちゃん達の連絡先教えてあげるら」
「な、何を言ってるかなぁ」
「でも、その前に悪さやめんとね、星羅ちゃんはどんな人が好きなん」
「兄様みたいに優しい人が好きです。このお兄さんは最初怖かったけど優しいです」
誠司が真っ赤になった。
「笑ける、誠司が真っ赤だらぁ」
「ちゃっと行きん、花火が始まるわ」
「そうだね、隆君。行こまい」
「里美、これ持ってけ。浴衣が汚れるで」
「ありがとう」
誠司が里美にレジャーマットを渡すと笑顔で受け取り隆斗達と花火大会の会場に向かった。
「兄貴、可愛いですねあの娘。また死神ですか?」
「じ、次郎? いつの間に」
「さっきからですよ。それに死神の名前の星 隆斗って珍しいですよね」
「なぁ、次郎。その名前に聞き覚えないか?」
「星 隆……ってまさか魔神すか?」
「あの人が毎年墓参りに来てるって言ってからな」
「やばいすよ、兄貴。死神を倒そうと躍起になってる輩が居ますから」
「次郎、ちゃっと手配しろ。多分、例の場所に行くはずだ、誰も近づけるな。魔神の息子が死神なら唯じゃすまねえぞ」
「判りやした、直ぐに手配します」
会場に近づくと人が増えてきた。
里美が会場と違う方に歩き出した。
「おい、里美。何処に行くんだ?」
「はぐれない様について来りん」
里美にしばらくついて行くとやがて砂浜に出た。
「この辺が一番綺麗に花火が見えるじゃんね」
「でも誰も居ないぞ」
そこは会場から少し外れた所だった。
「ビーチに会場を作る都合でこの辺はビーチに入る道がないからメインの会場は少しずれて作られてるじゃんね。だもんで、ここからの花火が1番綺麗に見えるじゃんよ。それにこの辺は誠司達の溜まり場だからあんまり人も来ないじゃんね」
「大丈夫なのか?」
「死神さんが何を言うだらぁ。隆君は何があっても守るでしょ晶ちゃんの事を、ほーだらぁ」
「当たり前だろ、自分が不甲斐ない為に誰かを失うなんて2度と嫌なんだ」
「いただきました。私も守ってくれる人探すじゃんね」
「大切なモノができた、何を差し置いても守るんだって言ってたもんね。晶ちゃん」
美春がそう言うと晶が真っ赤になって隆斗の腕にしがみ付いていた。
「里美ちゃん、頑張ろうね」
「そうだね」
「良い男をゲットするぞ!」
「「「おー!」」」
星羅も2人に合わせて雄たけびを上げた。
「星羅は判って居るのか?」
「兄様、失礼です。星羅も兄様みたいな人探すです」
ヒュルルル~~~~~~~~~~~~~~~~
と音がして夜空いっぱいに打ち上げ花火が光輝いた瞬間、ドォーーンと体に響く音がした。
「ひぃやー、な、何の音ですか兄様」
星羅が驚いて隆斗に抱きついた。
「綺麗だろ、あれが打ち上げ花火だよ」
「始まったね。皆、ここに座って見りん」
里美が砂浜と公園の境の石垣にレジャーシートを敷いていた。
晶、隆斗、星羅、美春そして里美の順に座って花火を見上げた。
「凄い音です、驚いたです」
「まぁ、晶のバリバリよりは良いだろ」
「ああ、隆斗が何か……」
花火の音に晶の声がかき消された。
「はいです。綺麗です」
「もう、星羅まで。隆斗のバ……」
晶が何かを言おうとして赤くなった。
隆斗が晶の腰に手を回して抱き寄せたのだ。
「綺麗だろ」
「うん」
晶が隆斗の胸に頭をおいた。
赤や青色とりどりの花火が夏の夜空が輝いた。
「ちんちんだらぁ、2人は」
「潮風が涼しいのにあそこだけは熱帯夜だね。まったく」
「良い男をゲットするぞ!」
「おー!」「おー!」「おーです!」
その後も打ち上げ花火を楽しんだ。
スターマインや柳、八重芯、牡丹、菊先、そしてナイアガラの滝、最後は尺玉やスターマインの共演だった。
「綺麗だったです。でも終わると寂しいです」
「そうだね、物悲しいね」
「しょうがないだろ、始まりがあれば必ず終わりが来るんだ。お祭りや花火は華やかなだけに終わった時は、とても寂しく感じるんだよ」
「恋愛もそうかなぁ」
「美春さん。ほうだらぁ、必ず別れがあるじゃんね」
「そうだな、いつまでも一緒に居たいと願っても人には遅いか早いかの差で平等に終わりが来るからな」
「兄様、なんだか胸がキュンてなるです」
「でもな、星羅。終わるから始まりがあるんだ。終わらせる事で始まる事、終わったから始まる事、そして始める為に終わらせる事もあるかなぁ」
「なんだか星羅には難しいです」
「そうか、それじゃ別れる時にまた会いましょうとかまた明日って言うだろ。別れがあるから再会した時は嬉しいんだよ」
「それじゃ、また来年です」
「ほうじゃね、待ってるでおいでん。約束じゃんね」
「はい、約束です」
「また、隆斗は死神なんて呼ばれちゃうのかなぁ」
「美春、俺は死神も嫌いじゃないぞ。不吉な事の総称みたいになっているけれどタロットカードでは終わりを告げるカードとして有名だけど逆位置だと再生や再出発や復活を意味しているカードだからな。運命には逆らえないけれど運命と戦う事は出来るからな」
「隆君のお父さんの口癖じゃんね。隆君は戦うと」
「そうだな俺にも守りたいものが出来たからな戦うぞ。そして絶対に諦めない」
「それはどうしようもない事でも?」
「美春、そうだな。100回駄目でも101回目は成功するかもしれないだろ。何度でも何度でもだ」
「うわぁ、凄いだらあ。ラヴ イズ パワーじゃんね」
「隆斗は凄いね」
「美春。俺だけじゃないと思うぞ、ようは信じる気持ちだよ」
晶は隆斗の手握りながら少し神妙な顔をして黙っていた。
「隆君、星羅ちゃんが眠そうだらぁ」
「そろそろホテルに戻ろう」
「そうだね、隆斗」
ホテルに戻ると里美の父親が待っていた。
「それじゃ、隆君。お父さんと帰るじゃんね」
「そうか。明日、帰る前に店に顔を出すからおばさんにも宜しく伝えてくれ」
「うん、判った」
里美と別れて部屋に戻ろうとすると星羅が眠そうにして時折船を漕いでいた。
「星羅、大丈夫か?」
星羅は返事をせず首を横に振るだけだった。
「仕方が無い」
隆斗が星羅を抱き上げると星羅が隆斗の首に手を回し肩に頭を当てて眠ってしまった。
「本当に、星羅は子どもなんだから。隆斗、大丈夫?」
「星羅も軽いからな」
「星羅もって? 他に誰を抱っこしたの?」
「晶ちゃんは覚えてないんだ。お風呂で晶ちゃんがのぼせた時に部屋まで、お姫様抱っこして運んだのは隆斗だよ」
「えっ!」
「今日は遊びすぎて疲れたから早く部屋に戻るぞ」
「そうだね」
部屋に戻り休む事にする。
皆遊びつかれてぐっすり眠っていた。
どの位寝たのだろう隆斗が何かの気配を感じて眼を覚ました。
外を見ると少しだけ白み始めていた。
「なんだ? こんな朝早く」
隆斗がドアを開けると晶が枕を抱えて俯いて立っている、よく見ると肩が少し震えていた。
「どうしたんだ? 晶」
「隆斗が……居なくなちゃった」
「俺はここに居るだろう、怖い夢でも見たんだな。しょうがないなぁ」
隆斗が晶の手を引いて部屋に入れ隆斗の布団に寝かせ晶の隣で横になる。
晶の顔を見ると涙が流れていた。
「どうした?」
「隆斗が居なくなっちゃう」
「ここに居るだろ、どこにも行かないよ」
「うん」
「俺が花火大会の後で変な事言ったからかな。ごめんな」
隆斗が優しく抱きしめると晶は安心したのか隆斗の腕の中で眠った。
翌朝、隆斗はもの凄い圧迫感と暑さの中で眼が覚めた。
「うぅぅ重い……それに何でこんなに暑いんだ?」
「ああ、兄様が起きたです」
星羅の声が隆斗の体の上から聞こえてきた。
「何で星羅が俺の上で寝ているんだ?」
「晶ちゃんだけずるいもんね」
美春の声が隆斗の背中から聞こえてくる。
「背中にくっついて居るのは美春か? もの凄く暑いんだけど」
「退いてくれないか?」
「嫌!」
「嫌です!」
「それじゃ、俺がリセットした晶のパリパリをお見舞いしようか?」
隆斗の掌から紫色の電気が立ち上っていた。
すると星羅と美春が飛び起きて部屋の壁際に逃げ出し、首をブンブンと横に振っていた。
「嫌!」
「嫌です!」
「よほど痛かったんだな」
「でもなんで晶ちゃんが隆斗と寝ているの?」
「朝方、晶が来たんだよ。怖い夢でも見たんだろ、俺が居なくなったって言っていたからな」
「兄様が居なくなったって姉様が言ってたんですか?」
「夢だよ夢」
「夢ですか……」
「どうしたんだ? 星羅」
「何でもないです。お腹すいたです」
「あれ? 爺は」
「り、隆斗。パリパリだけは勘弁してくれんかのう」
「どんだけ、痛かったんだ?」
爺さんがドアの側で腰を抜かしていた。
朝食を済ませ帰る準備をする。
ホテル前には来た時と同じバスが止まっていた。
晶はあまり元気が無く隆斗にべったりだった。
「もう、封印も必要ないだろ」
隆斗がそう言いながら星羅の頭に手を置くと星羅の体が一瞬ビクンとした。
「ああ、元に戻ったです」
星羅がツインテールの様な耳を持ち上げた。
「星羅、人前で何をしてるかなぁ。駄目だろ」
「はいです」
「それじゃ、帰るか。俺はバイクで帰るから別行動だな」
「そうか、それじゃ隆斗気をつけてね」
「ああ」
隆斗がバイクに向かうと晶が隆斗の洋服の裾をつかんでついて来た。
「晶は皆と一緒にバスで帰るんだ」
晶は俯いてただ首を横に振るだけだった。
「バスで帰るんだ。良いな」
「嫌! 隆斗と居る」
「子どもの様な事言うなよ」
「隆斗や、一緒に帰ってやらんか」
「しょうがないなぁ。それじゃ後からな」
隆斗が晶を連れてバイクに向かった。
「晶ちゃんどうしたんだろう」
「隆斗の体の事を何か感じているんじゃないかの」
「ああ、そうか」
「何ですか兄様の体の事って」
「特別な時間が終わるとしばらく隆斗は家から出て来ないの。多分寝ているんだろうと思うけど」
「そうじゃな、能力が開放された分だけ体への反動が大きいんじゃろ」
「そうなんですか」
美春、星羅それに爺さんはバスに乗り込んだ。
「でも、それだけじゃないと思うです」
「星羅ちゃんもなんだか変だよね」
「姉様が兄様の夢を見たって言ってたです」
「隆斗が居なくなる夢でしょ、ただの夢じゃないの?」
「そうだと良いんですけど、姉様は時々予知夢を見るです」
「予知夢ってまさかぁ」
「でも、姉様の予知夢は80パーセントの確立で現実に起こるです。姉様もその事は知ってるです」
「でも、20パーセントは外れるんだよね。夢で見たことをいちいち気にしていたらきりが無いよ」
「そうですね、運命とは戦う事が出来るです」
「そうそう」
「星羅や今日は道場に泊まるんじゃ、ええかの」
「どうしてですか?」
「隆斗は帰ったら直ぐに寝てしまうじゃろう。晶はおそらく隆斗に付きっ切りなるじゃろうからな」
「判ったです」
「それじゃ、私も道場に泊まろうかな夏休みだし」
「美春姉様と一緒に遊ぶです」
「そうじゃな」
隆斗と晶はバイクで里美の家に向かっていた。
アーケードの入り口にバイクを止めて歩いて里美の家に向かう。
晶は何も言わずに隆斗と手を繋いでついて来ていた。
「晶、そんなに不安そうな顔をしないでくれよ」
「ごめん」
「はぁ~」
隆斗がため息をつく。
しばらく歩くと里美の家の呉服屋が見えてきた。
「こんにちは」
「あっ、隆君。ちょ待っとてね、お母さん今出掛けてるで」
「ああ、構わないぞ」
「あれ? 晶さんどうしたと? そんな顔して」
「なんだか変な夢みたらしくって朝からこんななんだよ」
「そんな顔してたら隆君に嫌われるじゃんね。夢は夢でしょう、隆君は何があっても諦めないって言ってただらぁ。晶ちゃんも隆君と自分を信じんと駄目じゃんね」
「うん、ありがとう里美ちゃん」
「大好きな人が辛そうな顔してたら辛くなるじゃんね、隆君」
「そうだな」
そこに里美のお母さんが帰ってきた。
「あれあれ、ごめんなさいね。商店街の集まりがあって出てたでね」
「今、来たところですから」
「里美、あれ持ってきて」
「はーい」
里美が紙袋を持ってきた。
「これ、お土産。それと写真、晶ちゃんにはもう必要ないかなぁ」
「ありがとうございます」
紙袋の中には豊浜銘菓と書かれたお菓子と綺麗に台紙に貼られた写真が入っていた。
「おばさん、この写真は?」
「それは浴衣を合わせたときの物だら。お見合い写真風に仕上げてあるで皆に渡してあげてね」
それは3人が浴衣を着てそれぞれ1人ずつで写っている写真で丁寧に台紙に貼られていた。
「こんな物貰って良いんですか?」
「ええんよ、その代わりお店に写真飾らせてもらっとるでね」
店内を見渡すと3人の写真が目立つ所に飾られていた。
「モデルさんより綺麗じゃんね」
「里美ちゃん恥ずかしいよ」
「晶さんも自分に自信を持って隆君と仲良くするじゃんね」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「隆君、来年もおいでん待ってるでね」
「ああ、約束だ。それじゃおばさん失礼します」
里美とおばさんに見送られて店を後にする。
晶に少し笑顔が戻ってきていた。
バイクで家路を急ぐ、やんちゃなバイクに出会う事もなく高速に乗り数時間で家にたどり着いた。
ガレージにバイクを仕舞い家に入る。
「隆斗、なんだか変だよ大丈夫?」
「大丈夫だよ」
家に着くと隆斗の様子がおかしい事に晶が気づいた。
「フラフラしてるもん」
「寝れば元に戻るから」
隆斗が部屋に上がりベッドに倒れこむ、肩で息をしているのが見て取れた。
「隆斗……」
「そんな不安そうな顔をするな。力を解放した反動だよ寝て起きたら元通りさ。毎年の事だからな安心してくれ」
「そうなの? 判った」
しばらくすると何事も無かったように隆斗は静かに眠りだした。
晶は側について見つめていた。
「いつも、隆斗に助けてもらってばかりだよね。ありがとう隆斗」
寝ている隆斗に軽くキスをして隆斗の顔を見つめ、もう一度キスをした。
今度は少し強く長くするとポンと音がして晶に耳と尻尾が現れた。
「あれ? 何でだろう? そうだ私にも出来るかな」
晶が愛しさを込めて隆斗の額にキスをする、すると隆斗の体が優しい光に包まれた。
「出来た! でも、何だか……とても……眠く……なって……」
晶も隆斗の横に倒れこんで眠ってしまった。
そしてまだ、空が白み始める前に隆斗は眼を覚ました。
「体が軽いぞ、何でだ? もしかして晶が」
横で気持ちよさそうに眠っている晶を見つめた。
そして窓の外を見ると綺麗な月が出ていた。
「父さん、母さん。俺、今凄く幸せなんだ。ありがとう」
それは隆斗がまるで月に祈りを捧げているかの様だった。