夏休み☆星に願いを
美春が星羅と晶の背中を押して部屋を出る。
隆斗は怪訝そうな顔をしながら後について部屋を出た。
食事中も隆斗はほとんどしゃべらなかった。
「また、喧嘩でもしたのかの?」
「別に、晶がくだらない事言うからさ」
「くだらなくないもん」
「もう、お終い。美味しい料理が冷めちゃうよ」
美春が仲裁に入り料理を楽しむ、夕食も色んなものが食べられるバイキングだった。
食事が終わりそれぞれ部屋に戻ると隆斗は直ぐに部屋を出ようとしていた。
「隆斗や、どこに行くんじゃ」
「散歩だ」
「そうか、少し頭を冷やしたほうが良いかもしれんな」
「頭を冷やすのは俺じゃねえだろ」
そういい残して隆斗は部屋を出て行った。
しばらくすると星羅が部屋にやってきた。
「お爺様、兄様はどこ?」
「隆斗なら散歩じゃ」
「もう……居ないんだ」
「星羅が気にする事も無かろう」
「でも」
「放っておけば良いんじゃよ、直ぐに仲直りする筈じやからな。気にする方が馬鹿を見るぞ、夫婦喧嘩は犬も食わないと昔から言うからの」
「うん、判った。お爺様ありがとう」
「しかし、世話の焼ける2人じゃわい。まったく」
星羅は笑顔になり部屋に戻った。
「晶ちゃんは何でもう少し余裕をもてないかなぁ」
「余裕なんて無いもん」
「そうじゃなくって、もう少し自信を持っても良いんじゃない?」
「自信を持つ?」
「そうだよ、だって隆斗は晶ちゃんの事、一番大切に思ってるんだよ」
「そうかなぁ」
「それじゃ、何で隆斗は晶ちゃんをお墓参りに連れて行ったのかなぁ?」
「それは……」
隆斗が両親の墓前で晶を紹介してくれた時の言葉を思い出した。
そこに星羅が帰ってきた。
「兄様、居なかったです」
「え? 隆斗居なかったの?」
「はい、散歩に行ったみたいです」
それを聞いた晶が慌てて部屋を飛び出して行った。
「姉様、どうしたですか?」
「誰かさんの事が気になるんでしょ。本当になんだか馬鹿みたい」
「お爺様が言ってたです。気にする方が馬鹿を見るって」
「まったく、世話の焼ける2人なんだから」
晶が爺さん達の部屋に駆け込んできた。
「今度は、晶かの忙しいの」
「お爺ちゃん、隆斗はどこに行ったの?」
「さぁ、わしは散歩としか聞いとらんからな」
「どうしよう」
「晶や、落ち着かんか。ここ数日は特別な日じゃ晶との契約も強くなっている筈じゃ。隆斗から晶が判るのなら晶からも判るんじゃないのかの」
「でも、どうすれば良いのか判らないよ。私は魔法も使えないのに」
「なぜ、隆斗が直ぐに晶を見つける事が出来ると思うんじゃ」
「えっ、そんな事は考えた事無いや」
「隆斗はいつも晶の事を考えておるからじゃないのかの。契約は恐らく絆じゃ相手を思えば見えてくるのじゃ。そして集中する事じゃ相手の事だけを考える事じゃな」
「私だっていつも隆斗の事考えてるもん」
「そうかの、それなら間単に判るはずじゃ。相手を感じようとする事じゃの、顔を思い浮かべ温もりをそして匂いさえも想い浮かべる事じゃな」
「隆斗の優しい笑顔、温かい手、隆斗の匂い……」
隆斗の事を心から思うと頭の中に鮮明に隆斗の姿が浮かび上がってきた。
「居た! ビーチの方だ」
晶はそう叫ぶと部屋を飛び出した。
晶はホテルを出て公園の方に走り出した。
公園に着くと街灯も少なくビーチにはカップルらしき人影が見えるが隆斗の居場所までは判らなかった。
「どうしよう、この辺だと思うんだけど。もう1回」
晶が集中しようとする。
「動くな!」
とても低い声が後ろからする晶に緊張が走った。
だ、誰?そう思うだけで声が出せずにその場に立ちすくんだ。
「お姫様、暗い夜道の1人歩きは危険です。私めがお供いたしましょう」
それは隆斗の優しい声だった。
「もう、驚かさないで」
「危ないだろ、ひとりで。馬鹿だな」
「だって……」
「ほら」
隆斗がぶっきらぼうに手を差し出した。
晶が手を繋ぐと隆斗はゆっくり歩き出した。
「えへへ、ありがとう。隆斗は本当にナイトみたいだね」
「そんな大層なもんじゃねえよ。俺はただ守りたいものを必死に守っているだけだよ、両親が俺を守ってくれたようにな」
「隆斗のお父さんとお母さんが守ってくれた様に?」
「ああ」
「でも私は隆斗がもし居なくなっちゃったら生きて行けないかも」
「馬鹿、居なくなったりしねえよ」
「そうだよね、約束だよ」
しばらく歩くとビーチにでて隆斗が砂の上に座った。
晶も隆斗の横に座る、周りに他の人の気配は無かった。
「静かで、風が心地良いね」
静かな波の音だけが聞こえサラサラと風がそよいでいた。
「この辺は星も綺麗に見えるからな」
隆斗が夜空を見上げると、晶も夜空を見上げた。
「うわぁ! 凄いはじめて見た」
「そうなのか?」
「うん、宮殿ではこんな星空は見れないからね。でも本当に凄いし嬉しいなぁ」
「嬉しい?」
「うん、綺麗な星空に憧れてたの。子どもの頃読んだ絵本に出てくるの」
「どんな絵本だったんだ」
「あのね星の船って言う絵本で、大きな船が出てくるお話なんだけど魔法でロボットにされちゃった王子様と船の守り神の女の子が主人公でね。ある夜、女の子が遊んでいて海に落ちゃうのそれをロボットさんと仲間が助けに行くんだけど女の子とロボットさんは船の墓場と呼ばれるところに流されちゃって。そこに幽霊船が現れて実はその幽霊船は海賊船でね2人は捕まっちゃうの。ロボットさんは動けなくされちゃうんだけど女の子がロボットさんに手をかざすと青い光がロボットさんのおでこに当たって夜空の星を指し示すの。その光の指し示す星を見た仲間が助けに来てくれるの『白鳥座のデネブを目指せ』って見開きにこんな星空が描いてあって星の川みたいな中に一番綺麗に光っている星を青い光が指し示しているの」
「その川は天の川だな」
「あの星が細長く集まっているのがそうなの?」
「そうだけど、本当に知らないのか?」
「う、うん。小さい時は勉強嫌いだったんだもん、1人でいつも勉強していたからつまらなかったし」
隆斗がジーパンの後ろポケットから小さなライトを取り出して星空に向けてライトを点ける。
するとライトの光が星空を指し示した。
「うわぁ、絵本みたい!」
晶が思わず声を上げて笑顔で興奮していた。
「これが天の川、そしてこれが白鳥座。そして白鳥座の尾に当たる部分で一番光っているのがデネブだよ」
隆斗がライトの光を星に当てながら晶に教えた。
「本物なんだ、隆斗は他の星も知ってるの」
「これが鷲座のアルタイル。こっちが琴座のベガ、白鳥座のデネブの3つで夏の大三角形って呼ばれているんだ。そしてこれが北斗七星、こっちがカシオペア、蠍座にペガサスやヘラクレスもあるけれどこれだけ星が綺麗に沢山見えると良く判らないな」
「琴座と鷲座って織姫と彦星だよね」
「それは知ってるんだな」
「だって七夕ってなんだかロマンチックじゃんね、女の子はそう言うのが好きなの」
「確か、織姫と牽牛が天の川で乗る船が星の船って言ったはずだけど」
「本当?」
「多分だぞ」
「あ、流れ星だ」
晶が手を合わせ何かを願っていた。
「何をお願いしたんだ」
「うふふ、内緒だよ」
「魔族でも星に願ったりするんだな」
「ああ、なんか酷い事言ってない?」
「魔法が使えれば何でも叶うだろ」
「でもそれじゃ不自然な事もあるでしょ、何でも叶えれば良いってもんじゃないんだと思うんだ。星に願いを月に祈りを……古い言い伝えだよ」
「それじゃ、太陽には何をするんだ?」
「あのね、それは……秘密」
晶が恥ずかしそうに俯いた。暗くて良く判らないが頬が赤くなっている気がした。
「隆斗……」
晶が隆斗の顔を見上げる。
瞳がどこと無く潤んでいる。
そっと晶が瞳を閉じた。
隆斗の顔が近づくのを晶は感じ少しだけ緊張する。
すると耳元で隆斗が囁いた。
「晶、お預けみたいだ」
「えっ?」
「晶、蟻地獄って知っているか?」
晶を抱きしめたまま隆斗が少し大きな声で言った。
「聞いた事はあるけど」
隆斗がパチンと指を鳴らす。
「餌が蟻じゃなくって3匹のデバ亀だから亀地獄かな」
少し離れて伺っていた3匹の亀の足元の砂が流れ始めて擂り鉢状になり始めた。
「いかん、気づかれたわい。退却じゃ」
「手遅れみたい」
その時、擂り鉢状になった底でシャッキンと何か鋭いものが合わさる音がして何か生き物が動いていた。
「な、何か居るです」
3匹の亀は這い上がれずに下に少しずつ滑り落ちていく。
「晶、ホテルに戻ろう。皆が心配していると困るからな」
「うん、そうだね」
晶は何がなんだか判らないまま隆斗と手を繋いでホテルに向かい歩き出した。ホテルの隆斗達の部屋に戻ると誰もいなかった。
「隆斗、誰もいないみたいよ」
「もう直ぐ戻って来るよ」
隆斗と2人で部屋にいるとしばらくして3人が戻ってきた。
「どうしたの? その酷い格好」
「…………」
「…………」
「…………」
3人とも返事もしなかった。
3人の格好は着ているものがボロボロで砂まみれになっていた。
「なぁ、帰って来ただろ。亀さんが3匹」
「ば、馬鹿。隆斗」
「よ、余計な事を言うでない」
「駄目です、兄様」
3人が三様の声を上げると晶の背後に真っ黒なオーラが立ち昇った。
隆斗の亀さんが3匹と言う言葉で晶は全て理解した。
「そう言う事だったんだ。せっかく良い雰囲気になれたのに」
「晶や。少し遅かったもんで心配での……」
「晶ちゃん、そうなんだよ」
「姉様、凄く怒ってますね」
「それで覗いてたんだ。美春ちんまで」
「隆斗!」
晶がもの凄い形相で隆斗を呼びつける。
「だりぃな、俺はどうなっても知らねえぞ」
「だ、駄目です。兄様」
星羅の言葉を無視して隆斗が晶に軽くキスをした。
するとポンと音がして晶に猫耳と尻尾が現れた。
「貴様ら、我等2人の邪魔をするとは言語道断、問答無用」
「星羅ちゃん、あのパリパリ言っているのは何?」
「美春姉様、姉様の得意な攻撃魔法は……雷です」
「雷って……まさか」
晶の掌からパリパリと音を立てて紫色の電気が立ち上っていた。
「人の恋路を邪魔する奴等は雷にでも打たれてしまえ!」
そう晶が叫ぶと雷が落ちる様な凄い音がしてホテル中が停電になり真っ暗になった。
「はぁ~晶。やり過ぎだぞ」
「私の所為じゃないもん」
「痛たたた……酷いよ晶ちゃん……」
「こりゃ堪らんわい、寿命が縮むかと思ったわい」
「ふぇぇん、焦げ焦げです」
「だりいなぁ、まったく……ゼロ!」
暗闇の中で隆斗が床に手をついて叫ぶ。
すると何事も無かったようにホテルの電気が点いた。
「何で隆斗はリセットしちゃうの?」
「大騒ぎになるだろ」
「だって」
「兄様、凄いです。詠唱しないで姉様の魔法を返したです」
「特別だからな。晶もいつまでもそんな顔しているなよ」
「うん」
「そこの亀さん達も風呂にでも入って砂を落としてくれ部屋が汚れるからな」
「そうするかの」
「俺ももう一風呂浴びてくるかな」
「隆斗、何処に行くの?」
「露天風呂だ」
隆斗がそう言うと部屋を出て行った。
「待って、私も行く!」
少し躊躇っていた晶が隆斗の後を追いかけた。
「侘びのしるしに一肌脱ぐかの」
爺さんがフロントに電話をし始めた。
「美春姉様、私達もお風呂に行くです」
「そうだね、他のお風呂に行こうか」
「何でですか?」
「隆斗と晶ちゃんを2人にしてあげたいから。星羅ちゃんだって好きな人と2人きりの所を邪魔されたら怒るでしょ」
「はいです、判ったです」
「師範、行きますよ」
「ほいほい、ジャグジーにでも行くかの」
隆斗は露天風呂に入り夜空を眺めていた。
心地よい風が頬をすり抜けた。
しばらくすると水音がして誰かが女湯方から向かってくるのが判った。
「隆斗、居るの?」
その声は晶だった。
「晶か? 俺以外は誰もいないぞ」
「良かった」
晶が隆斗の横に来て隆斗と同じように夜空を見上げた。
「えへへ、今度こそ隆斗と2人っきりだね」
「キスはお預けだぞ」
「えっ、どうして」
「猫耳と尻尾が出ちゃうだろ」
「隆斗の魔法で何とかならないの?」
「難しいな、それに契約の事は俺にはよく判らないからな。晶の方が詳しいんじゃないのか」
「う、うん。そうだね」
少し歯切れの悪い返事だった。
「でもなんで、俺の中に晶の力が封印されたのかなぁ」
「それは多分、契約の直ぐ後に私が隆斗の魔法力を封印しようとしたからだと思う」
「そうなのか? 普通の契約とは少し違うって事なんだろうな」
「でも、私はこのままが良いな。だって隆斗との契約の証みたいなものだから」
「それじゃ、困るんじゃないのか? 色々と」
「それは、今考えてもしょうがない事じゃん」
「どこかで聞いた事のあるセリフだな」
「良いんだもん。いつまでも私のナイトでいてね」
晶が祈るように隆斗の頬にキスをした。
月が恥ずかしそうに水平線から2人を覗いていた。
「そうだな、そろそろ出るぞ。またのぼせちゃうからな」
「そうだね」