夏休み前☆1
夏休みが始まろうとしていた。
皆、補習を受ける事も無く1学期が終わろうとしている。
「ねぇ、隆斗。夏休みってどこかに出かけるの?」
「やらなきゃいけない事はあるけどな」
「やらなきゃいけない事?」
「ああ、バイトとかバイトとかだな」
「バイトばっかりじゃん」
「しょうがないだろ、去年の夏も忙しかったんだから。それに今年はもっと忙しくなるだろうしな」
「ええ、何で? 隆斗とどこかに出かけたいなぁ」
「晶がバイトしてるからだろ」
「意味分かんないもん」
「兄様も姉様も夏休みはアルバイトなんですか?」
「星羅、何か問題でもあるのか?」
隆斗が星羅を見るとしょんぼりとした顔をした。
「だって、いっぱい遊べると思ってたのに……」
「それじゃ、星羅もバイトでもしてみるか?」
「ええ! それは兄様と同じお店でですか?」
「隆斗、そんな事言って大丈夫なの?」
「この前、オーナーがバイト増やしたいって言ってたからな。まぁ星羅なら即決だろう」
「やった! 兄様と姉様と一緒にお仕事です」
「星羅、まだ決まった訳じゃ無いからね。ちゃんと面接を受けてオーナーがOKしたらだからね」
「姉様の意地悪」
「大丈夫だよ。俺が推薦してやるから、それじゃ直ぐにオーナーに連絡して会いに行くか」
「はいです!」
3人でバイト先のARIAに向かう。
とりあえずオーナーに連絡を入れバイトの子を紹介したい事とまだバイトが決まっていない事の確認を取った。
隆斗が神妙な顔をして何かを考えていた。
「隆斗、何か心配ごとでもあるの?」
「オーナーは2人が魔族だと言う事知らないからなぁ」
「ばれなきゃ良いんでしょ」
「そうだけど、星羅の事だ。何かに驚いたりすると」
「あっ! 耳が」
「だろう……」
「まぁ、何とかなるだろう」
「また、隆斗はそんないい加減な事言うんだから」
「俺たちがフォローするしかないだろ」
「そうだね。そうだ星羅」
「何ですか? 姉様」
「バイトをする時は、隆斗にベタベタするのも泣き真似も禁止だからね」
「判ったです。でも泣き真似はしないですよ? 仕事ですから」
「泣き真似をするのは晶だけだよ」
「ええ、だって隆斗が……」
「本当の事だろ」
「姉様、泣き真似なんかしたんですか?」
星羅が晶の顔を覗きこむと晶が真っ赤になった。
「あのな、星羅」
「リ・ュ・ウ・ト! 言ったら……」
晶が凄まじく怖い顔で隆斗を睨みつけた。
「さぁ、着いたぞ」
店に入るとオーナーが満面の笑顔で待っていた。
晶は少し不機嫌な顔をしていた。
「おはようございます」
「おはよう、星。その子がバイト希望の子かな?」
「ええ、晶の従姉妹の星羅です」
「月見星羅です。宜しくお願いしますです」
星羅が緊張しながら挨拶をした。
「これで2枚看板決定だな」
「それじゃOKなんですね」
「ああ、大歓迎だよ。それと星に相談があるんだが」
「俺に相談ですか?」
「何だか晶ちゃんが不機嫌なのが気になるんだけれど」
「大丈夫ですよ。直ぐに機嫌は直りますから」
「実は今年の夏はこれで行きたいんだよ。なんでも巷では流行ってるらしいじゃないか」
オーナーが手にしていたのは猫耳付きのカチューシャだった。
「晶ちゃんが嫌なら考え直すけど、どうかな?」
「オーナー、晶は俺が説得しますからOKですよ」
「大丈夫か? 星。凄い顔してお前の事睨んでるぞ」
「大丈夫ですって。少し晶と話をさせて下さい」
「判った、それじゃ頼むぞ」
そう言ってオーナーは事務所に戻った。
「隆斗! 何を勝手に決めているの。私はあんな物、絶対に着けないからね」
「なぁ、星羅のためだと思って」
「嫌! 絶対に嫌」
「それじゃ、晶も本物を出して仕事するか? 本物の方が可愛いからな」
「か、可愛いって……そんな事、出来ないもん」
「本当にそう思っているのか?」
少し赤くなっている晶の目を隆斗が真っ直ぐに見つめた。
「そ、それは……その……」
「だろ、頼むよ」
「隆斗がそんなに言うなら、嫌だけど別に良いよ」
「ありがとう、これで星羅が耳を出しても怪しまれないだろ」
「そうだね」
「ありがとうな、晶」
隆斗が晶の頭をクシャっと撫でた。
「ああ、姉様だけずるいです」
「判ったよ。ほら、星羅も頑張れよ」
「はいです!」
星羅が隆斗に撫でられてスペシャルな笑顔で喜んだ。
隆斗が星羅をバイトに薦めそして今年の夏のコレで。
これから起こる凄まじい現実が待っていようなどとこの時、隆斗には想像も出来なかった。
夏休みが始まり3人でバイトに向かう。
最初の数日はさほどでもなかったが段々と忙しさが増していった。
「なぁ、星。何で星羅ちゃんは何も頭に着けて無いんだ?」
「着けていますよ。スペシャルな奴を」
「はぁ? 何処に?」
「何も聞かないんだったら教えますよ。それとお願いした件大丈夫でしょうね」
「そこは抜かりないよ、盗み撮りなんかしたお客はボコボコにするから。それで何も聞くなと言うのはどう言う事なんだ?」
オーナーが指をボキボキと鳴らして見せた。
「星羅が着けている耳は特注製ですから、触ったりすると壊れやすいんです。それとどうして動くかなんて聞かないで下さいね。もちろん本人にも」
「判ったから、もったいぶらずに早く教えろ」
「はいはい。星羅!」
隆斗がいきなり星羅の名前を大きな声で呼んだ。
「ひゃい?」
星羅が驚き振り向くと長い耳がピョンと立った。
「うっ、ウサ耳?……萌えだ……」
オーナーが何とも言えない恍惚とした顔で星羅を見ていた。
「まさか、オーナーって秋葉系ですか」
「な、何を言うんだ星は失礼だな」
「それじゃ、店内撮影禁止の件徹底してくださいね」
「判ってるよ」
そして、忙殺される毎日がやって来た。
噂が噂を呼び連日連夜引っ切り無しにお客が押し寄せてきたのだ。
それは想像を絶する様な忙しさだった。
あっという間に夏休みの半分が終わろうとしていた。
「オーナー、そろそろ限界なんですけど」
「そう言わずに頑張ってくれよ。特別ボーナスにおまけも付けるから盆休みまでの我慢だ」
「その言葉信じて良いんですね」
「嘘は言わないよ」
盆休みが近づいて来た。
忙しさにも少しなれ余裕が持てるようにもなっていた。
仕事が終わり片付けもひと段落した所でオーナーに呼ばれる。
「いやぁ、晶ちゃんと星羅ちゃんのお陰で今年は売り上げが鰻上りだよ。そこでこれは特別ボーナスだ」
「ありがとうございます」
「それと、どうせ星の事だ。休みの予定も何も無いんだろう、海にでも行って遊んできなさい」
オーナーがおまけとしてくれたのはホテルの宿泊券だった。
「オーナー。この時期は無理なんじゃ」
「大丈夫。本当は俺が行こうとして部屋は押さえてあるから」
「でも、オーナーは?」
「まぁ、あれだ、海の外にだな……」
オーナーが気まずそうに言った。大人の事情って奴なのだろう。
「そうですか、それじゃ有り難く頂戴します」
「やった!兄様と姉様とお出かけだ」
「豊浜か……」
宿泊券を受け取り確認した隆斗が囁いた。
星羅が喜んで飛び跳ねる、晶は嬉しそうに笑って隆斗の顔を見ていた。
隆斗は笑っていたが何処となく寂しさを感じた。
「隆斗は遊びに行きたく無いの? 私達と」
「そんな事は断じてないぞ、爺に保護者代わりで行って貰わないとな。それに美春も誘ってやってくれな、晶」
「えっ? なんだか隆斗は行けない様な言い方だね」
「少し遅れて行くよ。外せない用事があるんだ」
「ええぇ! 兄様は一緒じゃないんですか?」
「隆斗の用事って、他の日じゃ駄目なの?」
「ああ、悪いな」