セーラ☆2
強い波動を感じて急いで戻ってきたセーラが道場の庭にへたり込んだ。
「良かった……2人とも無事で……本当に良かった」
しばらく晶は隆斗に抱きついたまま泣いていた。
「また、泣かせちゃったな」
「隆斗の馬鹿」
「ゴメンな」
晶が隆斗を見つめてから静かに、目を閉じた。
隆斗の顔が晶の顔に近づく。
「っん! んん!」
「り、隆斗? も、もう少しじゃな周りを気にした方が良いと思うんじゃが」
「うるせえな。爺は黙ってろ」
美春が咳払いをするが隆斗は咳払いも爺の言葉も無視して晶のおでこにキスをした。
「口じゃないんだ……」
「美春。何か不満か?」
「そ、そんな事無いよ。だ、だって恋人同士だもんね」
「それより隆斗、体は大丈夫かの?」
「ああ、何とも無いよ。何だか優しい光に包まれて母さんの呼ぶ声がした気がしたんだけれど」
「そうかも知れんな」
「隆斗。その首のネックレスは何なの?」
「晶、これは母さんの形見のロザリオみたいな物だよ。何でも母さんは婆ちゃんから、婆ちゃんは婆ちゃんの母さんからって受け継がれてきている物らしいけれど。お守りみたいな物だって聞いているけどなぁ」
「そうなんだ。でも隆斗が元気になって良かった」
「晶のお陰かな。しかし、あのお転婆娘をどうするかだな」
隆斗が道場の庭でへたり込んでいるセーラに目をやった。
セーラと目が合うがセーラは何を言われるのか判らず怖くなって目を伏て視線を外した。
「セーラって言ったな。こっちに来い」
セーラは頭の中がパニック状態になっていて隆斗の呼びかけにも気づかなかった。
「牢屋に入れられちゃうのかなぁ……拷問を受けて、どうしよう……姉様は凄く怒っていたし助けてくれないだろうな……あの男の人も凄く怒っているんだろうなぁ……」
「おい、セーラ。セーラ!」
隆斗が少し大きな声でセーラを呼んだ。
「ひゃい!」
セーラが気づき素っ頓狂な声を上げると長い耳がピンと立った。
ツインテールの様に見えたのは折れ曲がった耳の部分で、セーラの耳は兎の様な長い耳だった。
急に大きな声で呼ばれたのでセーラが驚いて少し怯えながら周りをキョロキョロと伺っていた。
その姿はまるで物音に警戒して耳を立てて辺りを伺う野生の兎そのものだった。
「セーラそんなに怖がらなくて良いから。はぁ~俺ってどんだけ怖がられているんだ?」
「ほら、やっぱり隆斗は怖いんだよ」
「晶、今はそんな事は良いだろう、セーラこっちに来るんだ」
「は、はい」
セーラが大人しく隆斗の言う事を聞き、しゅんとうな垂れながら晶の横に座る。
「しかし、魔族はどいつもこいつも二重人格なのか? 騒ぎを起こした後は性格がまるで正反対になって」
「それは、その……隆斗の意地悪」
「意地悪は言ってない真実を言っているんだ。誰かさんもかなり人の事を見下して居たけどな」
「えっ、姉様が?」
「ああ、出会った時はボコボコに殴られたもんな。人の言う事も聞かずに俺にいきなり詠唱魔法をかけてきたしな」
「隆斗もう良いでしょ。セーラの前でそんな事を言わないで」
「だけど、こんなに長い耳だったとはなぁ」
「ひゃう!」
隆斗がセーラの耳を両手で摘み上げるとセーラが再び変な声を出す。
「あの……くすぐったいですし、そ、それに恥ずかしいのですが」
「まるでロップイヤーみたいだな」
「隆斗、ロップイヤーって何?」
「耳の垂れた可愛い兎だよ」
セーラが隆斗の言葉で赤くなった。
「ぷっ、うふふふ。セーラが赤くなってる。あのセーラが」
「姉様! 笑うなんて酷いです。ルーナ一族は皆こんな長い耳なんですから」
「そうじゃないの、あの我侭で高飛車なセーラが赤くなるなんて。ゴメンね」
「もう、まだ笑ってるですね。私、私どんな罰を受けるのか怖くてしょうがなかったのに……うぇぇぇぇぇん」
セーラが泣き出すが晶はまだ笑っていた。
「晶! いい加減にしろ」
そんな晶を隆斗が一喝した。
「ご、ゴメンなさい」
「へぇ~、隆斗って晶ちゃんの事を怒る時あるんだ」
隆斗が元気になり安心して隆斗達のやり取りを見ていた美春が感心していた。
「当たり前だ。俺がデレキャラに見えるか?」
「どちらかと言えばツンデレかな」
「ツンデレって俺のどこがデレなんだよ」
「あっ、ツンは認めるんだ」
「悪かったな」
隆斗がバツの悪そうな顔をすると爺さんが話しかけてきた。
「今日は学校はどうするんじゃ?」
「爺、連絡頼めるかな」
「そうじゃな今日は休んだ方が良かろう、美春も家の方と学校に連絡しておくからの」
「はい、判りました」
「朝飯にでもするかの、美春手伝いを頼めるかの」
「はい、師範」
「おいおい、美春。食べられる物を作ってくれよ」
「隆斗はずいぶん失礼な事を女の子に言うのね」
「いや、前に美春が作ってくれた真っ黒な物は食えなかったじゃねえか」
「あれは、昔の事でしょ」
「それじゃ、私もお手伝いします」
「おっ、晶ちゃんも手伝ってくれるのかのう」
「はい」
そう言って晶と美春は爺ちゃんと台所に向かった。
取り残され隆斗と2人きりになってしまい、セーラは気まずそうにモジモジしていた。
「なぁ、セーラ。さっきルーナ一族って言ってたよな」
「えっ、はい。私の名前はルーナ ミレ セーラですから」
「それじゃアキュラはステラ一族って事か」
「そうです、王位継承第2位の一族です。今はソーレ一族が居なくなって居るので実質1位ですけど」
「そのソーレ一族ってどんな一族だったんだ?」
「魔法の基礎を作った一族で古の一族だと教わりました。でも、判らない事が多いんです」
「判らない事?」
「はい、詠唱魔法をあまり使わない不思議な力を持った一族だと言い伝えがあります」
「そうなのか?」
「隆斗さんはご自分の事を何も知らないんですか?」
「ああ、10年前に事故で両親が他界してしまったからな。俺はまだ子どもだったし母さんが凄い魔法使いだったって事くらいしか知らないんだ」
「そうだったんですね……ふぁ~……す、すいません」
セーラが欠伸をして隆斗に謝った。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。セーラに罰なんて与えないし怒っても居ないから」
「ありがとう……何だか、眠く……」
セーラが隆斗の足を枕にして眠ってしまった。
2人に何事も無く安心し隆斗の言葉に緊張が解けて気が抜けてしまったのだろう。
スースーと静かに寝息を立てていた。
隆斗は自分の力について考えていた。
不思議な力とは何なんだろうそして王位継承第1位だなんて訳の判らない事だらけだった。
そして黒い伝説も母親の形見のロザリオを見ながら溜息をついた。
しばらくすると朝食が出来上がり美春が呼びに来た。
「隆斗、食事が出来たよ。あれ? セーラちゃん寝ちゃってる、可愛い寝顔だね」
「そうだな。セーラ起きろ飯だ」
「ううん、はい」
寝ぼけ眼のセーラを連れて食堂へ向かう、隆斗が立ち上がると少しフラフラしていた。
そこに隆斗を呼びに晶もやってきた。
「隆斗、大丈夫なの?」
「美春、大丈夫だ。心配しすぎだ」
「美春ちん、どうしたの?」
「隆斗がフラフラしているの」
「ええ、隆斗。まだ寝てたほうが良いよ」
「ああ、だりぃなもう。気合を入れてくるから待ってろ」
隆斗が食堂を出て縁側から庭に降りる。
そしてゆっくりと腹式呼吸をはじめた。
数回深呼吸を繰り返し、拳を握り腕を胸の前でクロスさせ、気合を入れて腕を腰の方へ引いた。
「セイッ!」
隆斗の掛け声と共に何かが隆斗の体から発せられた感じがした。
「ひゃー!!」
寝ぼけ眼だったセーラが声を上げると長い耳がピョンと起き上がった。
「な、何? 魔法力の爆発みたいの感じたけれど。姉様?」
「隆斗が気合を入れたみたい」
「相変わらずじゃのう隆斗は。少し体調が悪い時もあれ一発で元気になるから不思議じゃわい」
「ああ、腹減った。飯だ。飯だ」
食堂に戻ってきた隆斗がテーブルの上を見て不思議そうな顔をしていた。
「いただきまーすって……なぁ、この黒い塊は何だ?」
ご飯に味噌汁、そして焼き魚や漬物などが並んでいる美味しそうな和食の中に2皿あった。
「こっちが私が作った玉子焼きで、こっちが晶ちゃんが作った目玉焼き……」
「ええ、姉様の手料理。いただきまーす。うげ、苦い!」
「ああ、セーラ酷いよ」
「だって美味しくないです」
嬉しそうに晶が作った目玉焼きを口にして渋い顔をした。
「相変わらずだな、美春も」
「ごめん」
「まぁ、いいさ」
隆斗は気にする事も無く2人が作った物を嫌な顔もせず食べ始めるとセーラが話しかけてきた。
「隆斗さんは優しい人なんですね」
「何でだ?」
「あれを平気で食べられるなんて」
「あれって言うな。2人が一生懸命作ってくれたんだから、それで良いだろ」
「のう隆斗。セーラちゃんの事なんだがどうするんじゃ」
「爺、そうだな。セーラは帰るんだな」
「ええ、魔族の国にですか?」
「そうだ、アキュラは仕方が無いけれどお前は帰れるんだからな」
「嫌です! 姉様と一緒にいるです」
「アキュラは仕方なくここに居るんだ。セーラは帰れるんだろうが」
「おい、隆斗や。滅多な事言うでない」
爺が何かを見て顔を引き攣らせて怖がっていた。
「爺、何をビビッてるんだよ」
「り、隆斗。あれ、あれ」
「はぁ? 美春まで」
隆斗が美春の指差す方を見ると、そこには真っ黒なオーラーに包まれた晶が隆斗をもの凄い形相で睨みつけている。
「晶?」
「仕方なくなんだ……そうなんだ。そうだったんだ!」
「晶、あれは言葉の彩でな……」
「問答無用! アキュラスペシャル!」
隆斗が言うのが早いか。
晶の殴られるなら死んだ方がましだと言うくらいの鉄拳が隆斗に炸裂して、隆斗は庭まで吹き飛ばされた。
「痛っ! さっきまで死にそうだった人間にすることか?」
「隆斗のバーカ、バーカ。もう知らない」
隆斗にそう言い放つと晶が怒って道場の方に歩いて行ってしまった。
「しかし、隆斗は相変わらず女心が判らんと言うかニブチンじゃのう」
「うるせえ! 爺。今は問題が違うだろう!」
「ああ、もう隆斗もそんなにカッカしない」
美春が熱くなっている隆斗をなだめる。
「ああ、だりぃなぁ。まったく」
「ご、ゴメンなさい。私のせいで」
セーラが申し訳なさそうにシュンとした。
「セーラちゃんが気にする事無いよ。『だりぃな』は隆斗の悪い口癖だから、隆斗! セーラちゃんが気にしてるじゃない」
「悪かったな」
「で、どうするんじゃセーラちゃんは?」
「好きにしろ!」
隆斗は機嫌が悪いまま答えを出した。
「良いの? 隆斗。そんな投げやりに決めて」
「美春。こいつは晶と違って魔法が自由に使えるんだ。帰りたければいつでも帰れるじゃねえか。それに家には空いてる部屋はたくさんあるからな」
「それじゃ隆斗が面倒見るの? 大丈夫なの?」
「セーラだって何も判らない子どもじゃないんだ。何とかなるだろ」
「もう、またそんないい加減な事言う」
「フォフォフォ、良いではないか。隆斗は本人の気持ちを尊重しとるんじゃよ、わしもサポートするから大丈夫じゃよ。セーラちゃんやこんな結論が出たんじゃがこれで良いかの?」
隆盛がセーラに隆斗が出した答えを問い直すとセーラから笑顔が零れる。
「私、地上に居ても良いんですか? 姉様と一緒に居ても良いの? 隆斗さん?」
「もし魔法を使って騒ぎを起こしたら俺が魔族の国に叩き返すからな」
「はい!」
セーラが元気よく返事をすると美春が怪訝そうな顔で隆斗の顔を覗き込んだ。
「でも隆斗は、魔法使えないじゃん」
「あのな、学園で使っただろう。呪文も覚えているしな。それにセーラには頼みたい事も在るからな。それで良いなら俺の家で暮らせ」
「ありがとう、隆斗さん。でも姉様が……」
「ほれ、隆斗。何とかせんか」
「爺に言われなくても判ってるよ。たく、だりぃなぁ」
セーラと隆盛に言われ隆斗が渋々立ち上がり道場に向かう。
道場の真ん中で膝を抱えながら晶は拗ねていた。
「どうせ仕方なくですよ。魔法さえ使えれば……」
「でも、隆斗と離れたくないよ……」
「隆斗の馬鹿! 馬鹿ちん」
そんな事を呟いていると後ろから隆斗の声がした。
「いつまで拗ねているんだ。晶は」
「ふん、隆斗なんか大嫌いだもん」
「ほら、立って。帰るぞ」
「嫌! 離して」
隆斗が徐に晶の腕を掴むと晶は隆斗の手を払い除けた。
「判ったよ。セーラが一緒に暮らす事に決まったからセーラと暮らすからな」
「えっ、セーラと暮らすって?」
「晶は帰るのが嫌なんだろ。道場に置いてもらえ。俺はセーラの面倒を見るから」
「そんなの嫌! 馬鹿! 隆斗の馬鹿! 隆斗が仕方なくなんて言うからでしょ」
「人の揚げ足を取る様な事するな。たく」
「だって隆斗が……」
「俺は晶に本当の気持ちを伝えたからな。それが伝わって無いならしょうがないだろ」
「隆斗の本当の気持ち?」
晶は、はっとした。
隆斗が死にそうなりながら晶に言った言葉が頭の中を駆け巡った。
「ゴメンなさい」
「伝わっているんだな」
「うん。私も隆斗と同じ気持ちだから」
「そうか、帰るぞ」
隆斗が晶の頭を撫でると左手首の証が青く光った。
「な。何? 隆斗」
「よく判らない。でも晶との距離が近づけば近づくほど濃くなって少しだけど大きくなって鮮明に出てくるんだ」
「ちょっと見せて」
晶が慌てて隆斗の左手を掴んだ。
「古の文字だ、ルーチェ? かなたぶん」
「意味があるのか?」
「光って言う意味だけど。隆斗はソーレ一族だもんね」
「晶。よく判らないんだが」
「うんとね。私たちステラ一族の守護は星でセーラのルーナ一族の守護は月、そして隆斗のソーレ一族の守護は太陽なの、だからたぶん光だと思うの」
「まぁ良いや、判らない事は判らないままで」
「隆斗らしいね。いい加減と言うかでっかいと言うか」
「さぁ、帰るぞ。あいつの部屋も準備しなきゃいけないしな」
「うん」
食堂に戻ると3人がニコニコしながら待っていた。
「ほれ、戻って来たぞ。仲直りしたみたいじゃな」
「仲直りもクソもあるか、たく」
「ラブラブじゃもんな」
「爺、マジで殺すぞ」
「フォフォフォフォ、これからはセーラが居るでイチャイチャも出来んがな」
「誰がいつイチャついたんだよ」
「本当に2人は仲が良いんだね」
「美春まで言うか?」
「隆斗は一途だからね」
「バーカ、そんなんじゃねぇよ。もし浮気なんかしてみろ魔法が使えなくてあれだぞ、魔法が使えたら地球が滅ぶぞ」
「うふふふ、そうかもね」
「ああ、美春ちん。何か失礼な事言ってるでしょ」
「あれ? 晶ちゃんは隆斗の事、大好きなんじゃないの?」
「それはその……優しいし……何かあれば必ず助けてくれるし」
美春が晶をからかって笑っている。
「はいはい、セーラちゃんを宜しくね。隆斗」
「ああ、了解した」
「爺ちゃん、バイト先に連絡と説明頼むわ」
「ちゃんと、連絡しておるわい。心配するな」
「サンキュー。それじゃセーラ行くぞ」
「はーい」
セーラは嬉しそうに辺りをキョロキョロと見ていた。
「さぁ、着いたぞ」
「へぇ、ここが姉様と隆斗さんの愛の巣ですか」
「あのな、セーラ。そんな古臭い言葉何処で覚えたんだ。あっ、あのクソ爺か」
「でも、真っ白な綺麗なお家ですね」
家の中に入る。
何だかしばらくぶりに帰ってきた気がした。
「うわぁ、中も綺麗!」
「ふぁ~、俺は少し眠るから。晶、家の中を案内してやれ。セーラの部屋も決めておけよ」
そう言うと隆斗は2階に上がっていった。
「もう、隆斗。待ってよ」
「少ししたら起こせな」
隆斗が部屋に入りベッドに倒れこんだ。
「ああ、ずるい。私も寝ようと」
晶が隆斗のベッドに潜り込んだ。
「ええっ、姉様達ってもうそんなに……エッチ過ぎです」
「一緒に寝ているだけだろうが」
「でも、何で?」
「私は隆斗が好きなだけここで寝ろって言ったからだよ」
「嘘泣きに騙されてな」
「それじゃ、私も隆斗さんと一緒に寝たいです」
セーラがベッドに潜り込んで来た。
「駄目! セーラは」
「何で姉様だけ良くて、セーラは駄目なんですか?」
「それはセーラは私の妹みたいな感じで、私と隆斗はその……恋人同士だから」
「やっぱりエッチです。私が姉様の妹みたいな感じで、姉様と隆斗さんが恋人同士なら隆斗さんは私の兄様です。だから一緒に寝るです」
「セーラは駄目!」
「嫌です、一緒に寝るです」
「ああ、いい加減にしろ」
隆斗が起き上がり階段を駆け下りてリビングのソファーに横になり体を沈めた。
晶が哀しそうな瞳を揺らせシュンとした。
「姉様、本当に隆斗さんの事を思っているんですね」
「だって、生まれて初めて好きになった人なんだもん」
「姉様のお部屋は何処ですか?」
「向かいだよ。お家の中を案内するね」
「はーい」