ゼロ☆1
巨大な光の玉の様なものに押し潰されそうになりながら母が何かを呟いた。
それは魔法の呪文の様だった。
そして父は母の側に寄り添っている。
「……ゴメンね。ずっと側に居てあげられなくって。さようなら……」
優しく母が言うと。
母と父は光に包まれてやがて巨大な光と共に跡形も無く消え去り。
幼い隆斗がただ1人取り残された。
辺りを見渡すと数人の大人が座り込んでいて、その中の1人が立ち上がり目の前まできて抱き上げてくれた。
「だりぃなぁ、まったく」
学園の窓の外。
すっかり葉桜になった学園までの桜並木を見ながら呟いた。
ここは東都マギ・マナ総合大学付属高等学園、日本に四学園ある中でもっとも生徒数の多い学園だ。
何を学ぶかと言えば魔法の基礎知識と法律に関することを学ぶ為に作られた学園である。
「おい、星。聞いてるのか」
「星、いい加減にしろ」
「はぁ? 何ですか?」
「この数式を解いて見ろ」
「だりぃ……」
星が立ち上がり黒板に向かう。
「Xがこうだから……Y=で良いですか?」
「はぁ、お前だけにはやってられないなぁ。正解だ」
魔法を学ぶ学園といっても授業の3分の2は他の高校と何も変わらず。
残りの3分の1が専門的な授業になっていた。
「本当にゼロだけは不思議だよなぁ」
「そうそう、いつ聞いているんだろう」
「なぁ、ゼロお前って天才なの?」
「そんなんじゃねえよ」
俺の名前は星 隆斗。
クラスメイト以外はゼロと呼ぶ奴が多い。何故ゼロかと言うと魔法力がゼロだからだそうだ。
この学園に入る為には魔法力の適正検査を受けて検査に受からない者は入園出来ないのだが。
何でも母親が稀代の魔法使いだったらしく無理矢理入園させられたのだ。
「おーい、星。これから暇か?」
「忙しい。俺に構うな」
「相変わらず、人付き合い悪い奴だなぁ」
「しかし、毎日何をしてるのかね。あいつ1人暮らしなんだろ」
「そうらしいな。両親とも10年前のあの事故で亡くなったらしいからな」
「ああ、あの魔法が原因の事故か」
「そうそう、生き残ったのはあいつだけだったらしいからな」
「滅多な事言ってるとゼロの呪いにやられるぞ」
「脅かすなよ。でも、あいつに魔法を仕掛けると自分に返って来るって本当なのか?」
「お前が確かめれば良いじゃんか」
「嫌だね。それに魔法なんて使ったら大変な事になるだろ」
「悪戯程度なら問題ないだろ」
「なら、お前が行け」
「お、俺だって嫌だよ」
俺自身にもよく判らないが俺は魔法をはじき返す体質らしい。
それに確かに1人暮らしだが近くに口煩い爺が1人住んで居る。
「あっ隆斗! ねぇ隆斗てば」
ショートカットのボーイッシュな女生徒が隆斗に声を掛けてきた。
「ボーイッシュ? いや男だろう」
「ああ、隆斗! 今、失礼な事考えたでしょう」
こんな日に限って厄介な奴に捕まった。
こいつは日向美春。幼馴染と言うか道場でも子どもの頃から一緒だったから腐れ縁と言ったほうが良いかも知れない。
「何だ、美春」
「これから何処に行くの?」
「何処でもいいだろ。俺は子どもじゃないんだから構わないでくれ」
「もう、最近は道場にも顔を出さないし」
「だりぃなぁ……」
「その口癖止めた方がいいよ」
「はいはい」
「返事は1回で良いの」
しょうがないいつものやつで……
「ああ! ガチャポンが空を飛んでる!」
廊下の窓から隆斗が空を指差した。
「ええ、何処? 何処?」
美春が窓から身を乗り出して探し回る。
「ああ、また逃げられた」
隆斗は美春から逃げて下駄箱にいた。
「あいつは、キモ可愛い物に目が無いからな」
家の近所まで帰ってくると、今度は家の前に小柄な白髪で作務衣を着た爺さんが立って居る。
爺が待ち伏せして居やがった。
この爺さんは名を群星琉盛と言って群星流古武道宗家で心命館と言う道場を開いている。
俺の保護者代わりの爺さんだ。
「おい、隆斗。またバイトか?」
「何だ、爺?」
「たまには道場にも顔を出さないか」
「生きる為には仕事しなきゃいけないんだよ」
「お前には国からの礼金と親が残した金があるじゃろう」
「礼金だぁ、そんなもん叩き返してやるから魔法で両親を生き返らせてみろって」
「まだ、そんな意固地な事を言っとるんか」
「道場なんかに行っても、またボコボコにされるだけだろ。こんな物で封印しやがって」
隆斗が右腕に付けられたミサンガを引っ張る。
「それは、お前の為じゃ仕方なかろう」
「はいはい、判りました。時間が無いんで俺は行くぞ」
足代わりのオフロードバイクを出して少し離れたバイト先に向かう。
バイト先は隣町のイタリアン&ドルチェのお店『ARIA』だ。
「遅くなってすいません」
「おいおい、どうしたんだ。星が遅刻するなんて珍しいな」
「途中でバイクが故障してしまって」
「急いで準備してくれよ」
「はい、判りました」
着替えを済ませて通り沿いのガラス張りの作業台で仕事を開始する。
何の仕事をするかと言うと簡単に言えばドルチェの仕上げをするのだが。
何でも外からお客が見て居るので常に笑顔で居れば良いとオーナーには言われている。
しかし、それが俺にとって一番苦手な事なのだ。
ただ手を振ってくるお客さんが居るので軽く会釈するくらいしか出来ないのが実情なんだけれど、今のところクビにならないのでそれで良いらしい。
「ああ、今日も居るよ」
「手を振ってみようよ」
通りを歩いている女の子が手を振ると、ウインドウの中で隆斗が恥ずかしそうに会釈をした。
「きゃー可愛い!」
「あのはにかみながらのお辞儀がたまらなく可愛いよね」
「今日もお茶して行こうよ」
「そうだね」
カラン、カラン、店のドアのベルが鳴り、女の子2人が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
そんな事をしているうちにドルチェの仕上げも終わり、キッチンの手伝いをする。