(1)盗まれたババ様
5月、新緑の季節。あれから10か月。
今日はハナちゃんと大文字から登って山科に降りて、評判の焼き肉ランチ登山!の予定だったけど、待ち合わせ場所の出町柳駅前で会うなりハナちゃんは、
「ちょっと聞いて!夢枕にババ様が立ったの。でも朱色の着物だった」
と言ってきた。
「おぉババ様、久しぶりじゃん! でも朱色が何か?」
と聞くと、
「前に会ったババ様は金色の着物だったでしょ!」
「そうだっけ、覚えてないや」
「まったく、男ってこれだから…」
はぁとあきれたようなため息をつくハナちゃん。オレは慌てて、話題をそらそうと、
「で、ババ様は何と?」
と聞いた。
「それが何も言わなかったの。ただ、本当に夢の中に出て、立ってるだけ。ちょっと気になるのよねぇ。だから先に河合神社に行きましょう!」
へ?って顔で棒立ちのオレを置いて、ハナちゃんはすたすたと歩きだした。
ハナちゃんは河合神社の玉依姫命の祠の前で手を合わせてババ様に話しかけてみたが、何の反応もなかった。いや、これがフツーなのだ。神社でお参りしたところで、神様の現身が現れたり、声が聞こえたりすることの方が、フツーではないのだ。でも彼女は、
「信心が足りないのかな。それとも千早ちゃんみたいに巫女じゃないから私には返事もないのかな。それともババ様に何かあったのかな…」
と真顔で心配しているので、オレは時間を見ながら、
「どうせ今からじゃ毘沙門堂まではいけないし、じー様なら何か知ってるかもしれないから、千丘寺に行ってみるかい?」
と提案し、オレたちは叡電に乗って久しぶりに千丘寺に向かった。
天気はいいし、空気はうまいし、このまま比叡山に登ってもいいかな、なんて考えながら歩いているうちに千丘寺に到着。ピンポンを鳴らすと、浮かない顔のじー様が出てきた。
「まぁ上がりなされ」
とは言ってくれたものの、初めて見るそんな顔に、
「浮かない顔ですね、何かありましたか」
と聞いてみた。
「…実はの、祀ってあった玉依姫命の祠が、中のご神体ごと盗まれたんじゃ」
「え、ババ様が!」
びっくりして顔を見合わせるハナちゃんとオレ。
「古美術を狙った窃盗が増えているので警戒するよう下鴨警察から連絡をもらったところじゃったのだが、油断しておった。あの祠はそれこそ数百年前に造られたもので、窃盗団に狙われてもおかしくないくらい価値のあるものじゃ。ご神体は鏡でな、御樋代と褥を新調したところじゃったのに」
悔しそうにじー様が話す。
「御樋代…って何ですか?」
「ご神体を入れる箱じゃ。祠を開けるとまずそれがある」
「褥は?」
「御樋代の中に敷くクッションのようなものじゃ。その上にご神体を置くんじゃよ。お主、何も知らんのじゃな」
「…すいません」
「その褥は西陣で織ってもらったんじゃが、それはそれはきれいな朱色での。これまでの褥は金色で、ご神体にふさわしい色合いだったんじゃが、いささか古く、擦り切れてきておったから新しくしたんじゃよ。それを…新調早々盗難被害に遭うとは。悔しうてならん」
「防犯カメラの映像も警察には提出したのじゃが、夜間対応のカメラじゃないので、犯人たちの顔とかは全く写っとらんのだよ」
あれじゃ犯人も捕まらないかもしれんとでも言いたげな表情で下を向く。
「それは災難でしたね…。あ、だから夢枕に立ったのか!」
と言ってオレはハナちゃんを見た。するとじー様がぱっと顔を上げ、
「ゆ、夢枕に立ったのか?」
と身を乗り出して聞いてきた
「はい、私の夢に。朱色の着物を着たババ様でした」
「褥を朱に変えたからじゃな。夢の中で居場所のお告げとかはなかったのか」
「それが、ただ立ってるだけでお言葉とかお告げとかは何もなかったんです。なので、なんで何も言わないのに夢に出てきたのか、和尚様なら何かわかるかなと思って訪ねた次第です」
ハナちゃんの言葉を受けて、オレが続ける。
「和尚さん、何かヒントになるようなものはないですか?」
腕組みをして、うーんと唸るじー様。
「玉依姫命が分祀された頃から大切にされているものとか?」
うーん…。
「どれ、ちょっと蔵を探してみるか」
思い当たる節は無さそうだったが、じー様は蔵を探してみると席を立った。
ハナちゃんはますます思い詰めたように、
「ババ様は何で夢枕になんか立ったんだろう。きっと何か用があったはずなのに。あぁ、こんな時に千早ちゃんがいてくれたら。きっと巫女さんなら神通力的な何かで話ができるかもしれないのに」
いや、いくら帝の孫の千姫でも神通力はないぞ、と思ったけど、口に出すのはやめておいた。
しばらくすると、
「こんなものがあったぞ」
とじー様が持ってきたのは、古びた長細い箱だった。
「箱の蓋に「康暦弐年陸月」とあるじゃろう? 光明天皇が崩御された年月のものだから持ってきたんじゃ」
「開けても?」
「うむ」
持ったら結構ずっしりとした箱だった。
開けると、中から出てきたのは丁寧に油紙に包まれた小刀だった。
「小刀!一年の小刀かも!?康暦弐年陸月…西暦で言うと…」
オレは素早くググって、
「1380年だって。ってことは一年たちの時代だ!これが一年の小刀だとしたら、千姫からの櫛と、一年の小刀…何か関係がありそうだけど。住職、箱の中に由緒書きとかはないですか?」
「他には何もないのぉ」
と残念そうにつぶやいた。
玉依姫命の祠を盗まれ、失意のじー様にそれ以上家探しさせるのは酷なので、その日は、また夢に立ったらご報告に参ります、と言って千丘寺を後にした。




