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SF作家のアキバ事件簿248 第2.5次世界大戦

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/02/22

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第248話「第2.5次世界大戦」。さて、今回は太平洋戦争が日米講和で終わったパラレルワールドの青春群像です。


タイムマシンの墜落騒ぎに沸く1947年の秋葉原。時空を超えた侵略者との非情な戦い。その渦中に巻き込まれたヲタクの明日は…どっちだ?


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 開戦前夜


「高校の生物教室の蛍光灯と同じく音がする」


ティルが(つぶや)く。


その嫌な高周波音は、目の前の"リアルの裂け目"から聞こえてくる。

万世橋の地下数百mに開いた時空の歪み。


「ナセラは石を集めるのが趣味だったわね」


マリレが"裂け目"の縁に転がる石片を見る。


「もしかして、アレは…

 異なる世界線から拾ってきた石だったのかしら」

「…御屋敷(メイドカフェ)を閉めてから、また来よう」


僕の言葉にメイド達は何も言わズ(うなず)く。


多分"リアルの裂け目"は閉じない。

しかし、アキバの日常は待ってくれない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「お給仕は全てに優先です」


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。

メイド長のミユリさんの凛とした声。


「そんなに御屋敷が大事?」


マリレは肩をすくめる。その瞬間。


「マリレ!元気?髪型変えた?

 コンサートの件、留守録聞いてくれた?」


スピアが満面の笑みで突撃してくる。


「あぁ」


唸るように天を仰ぎ、マリレは歩き去る。

後を追う僕。


「無視はひどいぞ。

 同僚メイドにあるまじき態度だ」

「彼女との百合は解消したの」


振り向きもせずマリレ。


「だって、この世界線の運命の方が大事でしょ?」

「そりゃそーだけど」


そこへミユリさん。


「テリィ様。

 バネサ議員についての問い合わせが殺到して…

なんとお答えすべきでしょうか」

「そんなの、ほっとけば?ってか、姉様。

 何でソンなコトまでテリィたんに聞くの?」


キレるマリレ。やれやれ。

御屋敷ヲーナーの面目を潰してくれる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ねぇねぇマリレ。

 さすがに今のはヒドすぎると思うの」


僕の姿が見えなくなるのを見計らい、

ミユリさんの説教。


「貴女、このままだと御屋敷クビよ?」


途端にしおれるマリレ。


「そぉですか?ヤバい?」

「激ヤバ。

 テリィ様って割と陰険だし」←

「どーしよ…」


思案顔で助け舟を出すミユリさん。


「今週、第2.5次世界大戦で活躍した

 秋六空の同窓会があるの」

「アキ六クー?

 ア・バヲア・クーみたいな宇宙要塞?」

「秋葉原336空挺団ょ。

 あの大戦を日米講和に持ち込んだ殊勲部隊」


畳みかけるミユリさん。


「退役軍人に話を聞いてレポートを提出スルの。

 空挺ヲタクのテリィ様ならイチコロょ」

「でも、姉様。

 私、そんなジィさんと接点ナイし」


ミユリさんは、大きくうなずく。


「元ラジオ少年。私達ヲタクの大先輩だわ。

 とにかく、レポートを出さなきゃ…」


心配そうな顔して追い込む。


「貴女、マジでクビかも」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同窓会場は、神田リバー沿いのモーテル。

くたびれたセダンが1台、前に停まっている。


「第2.5次世界大戦って、どうでした?」


マリレが聞く。


「メイドさんは、どうだったと思ってるルンだ?」


モーテルのベッドに寝そべった男が答える。

見ているだけで加齢臭がスル。


「さっぱりわかりません。

 秋葉原は、当時と比べて変わりました?」

「秋葉原?さぁな…

 1947年の夏にいただけだし」


チャチな応接セットの椅子に座り、

マリレはメモを取る(フリ)。


「ハルハさん…」

「マリル大尉と呼べ」

「じゃ大尉」


軽い。


「手短にお願いします。

 足りない分はネットで補いますから」

「おい。今、なんて?」


空気が凍る。


「最近の若い者は全く…

 メイドさんょ日本の誇る2.5式大艇や

 サイパン逆上陸作戦を知ってるか?

 原爆を分捕って戦争を講和に

 持ち込んだのは俺達だ」

「そんな昔の…」

「今なんて言った?」


マリレは視線を逸らし、テーブルのチラシを見る。


「2.5式大艇、知ってる。空飛ぶ戦艦でしょ?」


マリルがニヤリとする。


「飛行艇、好きなのか?」

「私、実は空ヲタで」

「ほぉ…それ、私だから」


チラシの秋六空の集合写真を指差す。


「大尉。1947年に除隊した理由は?確か…

秋葉原にタイムマシンが落ちた年ですょね?」

「そーだ。もう大騒ぎだったさ。

 未来人が野放しになってたンだからな」

「銀色の服で、顔は翠、身長120cm…」


立ち上がるマリル。


「ゴシップだ。全部、情報操作されてる。

 おい。人に話を聞くなら敬意を払え」


マリレも立ち上がる。帰りかける。


「もう結構です。このチラシだけ借ります」

「未来人はな…」


突然、声を低くするマリル。


「真っ黒な目をしていた。

 性別や年齢は、わからない」


マリレが振り返る。


「その話、聞かせてください」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


1947年。

秋葉原水上飛行場。


「マリル、起きろ!」


私は、デスクに突っ伏して寝ている。

入隊3年目にして早くも問題児だ。


「起きろ!電話だ!」


受話器を取る。


「秋六空、マリル大尉」

「大尉。この通話は安全か?」

「あ…はい。恐らく」


名乗らない誰かは声を落とす。


「墜落事故だ。

 ただし、この世界線の機体じゃない」


私は、無意識にペンを握りしめる。


——歴史が、

——最初から、歪んでいる。


第2章 秋六空の生き残り


野菜市場がハケた午後の秋葉原。

昔から妙に静かな時間…でも、その日は違う。


墜落現場からの連絡が入った瞬間、

街中が火事場みたいな騒ぎになったのさ。


「いつも拳銃を持ち歩いてるんですか?」


マリレが聞く。


「安心だからな」


マリル元大尉は肩を鳴らす。


「噂が飛び交ったモンさ。

 時空間弾道弾の着弾だとか、

 半島の工作だとか…おい!聞いてるのか」


視線はマリレの服。


「そのヒラヒラは何だ」

「は?メイド服ですけど?」

「昔の女性士官はな、

 タイトスカートでビシッと決めてた」

「さっき自分で問題児だって言ってましたよね」


咳払い。


「…話を戻すぞ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


私はデリィと現場へ向かった。

裏アキバに広がる万貫森だ。


途中、妻恋坂のドラッグストアで

ブラックパンダー(チョコバー)を買ったが、

その間に、騒ぎは大きくなっていた。


デリィは真面目な奴だった。

下着を必ず上下セットで着るような…


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「次からチョコは任務後にしろ」

「で、あの肉屋の娘がホットパンツでさ。

 あれ絶対、俺に気があるぜ」


現場到着。私はジープのブレーキを踏む。

すれ違う憲兵2名が敬礼スル。


デリィと丘の上から現場を見下ろす。

軍用トラック。兵士。将校。怒号。土煙。


「…落ちたのは2.5式大艇にしちゃ小さいな」

「そもそも飛行艇とは形が違うし」


「お前ら!」


振り向く。ルギィ大佐だ。


若者嫌いで有名な男だ。

そして私は…上官と見れば逆らいたくなる問題児。


とりあえず、敬礼。


「遅かったな」

「デリィが空腹を訴えまして」

「え?本官は…」


不意打ちを喰らって慌てるデリィ。


「言い訳するな」

「大佐殿。何が落ちたのですか?」

「お前達は知らんで良い」


その時。


「大佐殿!こちらへ!」


兵が叫ぶ。


「手伝ってやれ。

 また腹が減るだろうがな」


大佐が意味ありげにデリィの顔を覗く。

デリィは私を睨む。私は…


ニカッと笑う。


「悪く思うな」


現場では残骸の回収が始まっている。

兵が残骸を木箱に詰めてトラックへ運ぶ。


その時。


箱から、何かが落ちる。

私は、素早く拾って紙みたいにくしゃっと丸める。

だが、手を離すと…


ピンと平面に戻るw


「こりゃ手品に使えそうだ。

 あの肉屋の娘を助手にしてショーをやろう」

「馬鹿なコトを考えるな。

 2度と大艇で飛べなくなるぞ」


またまた、その時。


「責任者を出してちょうだい!」


女の声。


私は持論があってな。

声の綺麗な女は、足も綺麗なのさ。


「スヒアさん、困ります!」


憲兵が止める。


ベレー帽。記者服。腕章。

女はズカズカ現場に入ってくる。


ワラッタ通信(WHK)の記者ょ!

 責任者は誰?会わせてちょうだい!」


めざとく大佐を捕まえる。


「タイムマシンが墜落したって噂ですが?」


ドデカいカメラでフラッシュを焚く。


「カメラを没収しろ」

「喜んで」


私は秒でカメラを奪う。

私好みのハデ目の女記者だ。


「弁償してもらうわよ!」

「追い出せ」


シメた!私はハデ女の腕を引く。

既に肉屋の娘は脳内消去だ。


「言論の自由ってご存知?

 —あら。意外と良い男じゃないの」


お前も良い女だ。そのまま車に押し込む。

一方、大佐はデリィに命令してる。


「あのトラックを第20格納庫(ハンガー)へ運べ。

 途中で誰か倒れてても絶対に止まるな。

 何を聞かれても答えるな」

ROG(了解)


敬礼。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


マリレは、元大尉とモーテルの前に出る。

モーテルは飛行艇基地の跡地に建っている。


「その後は知ってるわ。

 軍は"観測気球だった"って

発表スルんでしょ」


元大尉の目が細くなる。


「…なぜ知ってる」

「オカルト雑誌"ラー"の創刊号からの読者ょ」

「軍の発表を信じてるのか」

「まさか…体に悪いわ、タバコ」

「わかってるさ」


元大尉は吐き捨てるようにつぶやく。

火をつけたばかりのタバコを踏み消す。


「なんで同窓会に?」

「メイドさん。戦争はな。

 人間同士を一番強く結びつけるのさ」


指差す。


〈歓迎!秋六空ご一行様〉の横断幕。


「人生で一番楽しかった日々だ。

 この基地での日々がな」


前方。


老兵が、

かなり小さくなった軍服のボタンを

妻に止めてもらっている。


「あなたは、まだ軍服を着られる?」

「もう着る勇気がない」

「どういう意味?」

「1947年の夏に…

 軍への信頼は全部消え去ったからだ」


マリレに向かって何かを投げる。

キャッチして手を開くマリレ。


くしゃくしゃのアルミ箔?

だが次の瞬間、ピンと超薄の鏡面に復元。


「何コレ?…まさか」

「あの時、現場で拾ったンだ」


静かな声。


「恐らく…タイムマシンの破片だ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜の蔵前橋通り。トラックが闇を裂く。


「マリル。なんで新聞記者が来たんだろうな」

「特ダネだろ。気になるのか?あの女」

「大佐が"何があっても喋るな"なんてさ。逆に怖いと思わないか?」


ダッシュボードの針が微妙に震えている。


「ルギィは騒ぐのが仕事だからな」

「もし墜落した物体がさ、世界とか人類とかを終わらせる類だったら?」

「その前にデリィ、お前は結婚してベッドに白いシーツのかかった家庭を築くだろうさ」


沈黙。


「…変だな。おい、デリィ」

「何だ?どうした?」

「メーターが…」


爆光。


ハンドルが跳ねタイヤが悲鳴を上げる。急停止。


「今のは何だ」

「誰か轢いたか?」


運転してた私はタイヤに走る。

デリィは後部の幌を跳ね上げる。


木箱が割れ、中身が転がり出ている。

赤い光。脈打つ。生き物みたいに。


「マリル、来い」

「…見てる」

「光ってるぞ」


赤い閃滅が2人の顔を断続的に染める。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


バー《OHマチガイダ・サンドウィッチズ》。


軍帽がテーブルに並ぶ。

ジャズが流れる。煙草。軍靴。


バーテンダーと地元客(ローカル)のヒソヒソ話。


「軍の関係者がタイムマシンを見たって噂よ」

「これからが本番さ。しかし今、軍が去ったら秋葉原はどうなる」

「いや逆だ。タイムマシンの街って有名になるさ」


ボックス席。


「テリィ。アレ、光ってたよな」

「うん。決して幻覚じゃない」

「大佐に色々聞くべきだったぞ、お前」


瓶ビールをあおる。


「大佐はハナから答える顔してなかったろ」

「人類の敵かもしれん。だとすれば、攻撃は最大の防御になる」

「ソレを判断するのは俺達じゃない。上層部の出方を見よう」


得意の慎重論だ。立ち上がるデリィ。


「今宵は酔いたい。次はお前の奢りな」

「わかった。デリィは座ってろ」


手を上げるマリル。


「バーテン。ビール2本だ」


その時。


店のドアベルが鳴る。

夜気を連れて、あの女が入ってくる。


あの女?ワラッタ通信社(テレグラフ)のスヒア。


細い首筋。折れそうな手首。だが視線だけが猛禽のそれだ。

まるでオードリー・ヘプバーンが記者証を首から下げたような、上品で、静かで、危険な女。


「また会ったわね」

「偶然だな」

「偶然は信じない主義なの」


彼女は椅子を引く。音がしない。

座り方まで秘密を知っている女のそれだ。


「尾行か?」

「観察よ」

「何を」

「あなた達」


脚を組む。照明が膝をなぞる。

視線がそこに落ちた瞬間、彼女は気づいてわざと組み替える。


「軍人って、隠し事が下手ね」

「嗅ぎ回りが下手な記者もいるがな」

「だって匂うんだもの」


身を乗り出す。香り。淡い。

だが逃げ道を塞ぐ距離。


「赤く光ってたでしょ」

「…何の話だ」

「トラックの荷物」


沈黙。


彼女は笑わない。

ただ、まばたき1つで圧をかけてくる。


「ねえ」

「答える義務はない」

「あるわ」


指先がテーブルを一度だけ叩く。


「だって、あなた達、生きて帰りたいのでしょ?」


空気が変わる。


「脅しか」

「いいえ。忠告」


彼女はグラスを持ち上げる。口をつけない。

視線だけで飲む。


「軍が隠すものには2種類あるわ」

「ほぉ」

「1つは国家の恥。もう1つは…」


そこで止める。

わざと。


「もう1つは?」

「この世界線の終わり」


静かに言う。


その瞬間、店の奥のラジオがノイズを吐く。

ノイズの奥で、誰かが囁いた気がする。


スヒアが立つ。


「今夜は帰るわ」

「逃げるのか」

「追ってきて」


挑むように微笑む。


「その勇気があるのなら」


ドアベル。

夜。

香りだけが残る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


当時、私には女がいた。

エアラ。脚の綺麗な女だ。


「平壌の女スパイもそーやって爪を塗ってたな」

「その子とも私と同じプレイをしたの?」


エアラはベッドサイドテーブルの引出しを開ける。


「貴方の靴下。落ちてたわ」


投げて寄越す。

そのママ投げ返す。


「あら、違うの?」

「俺のじゃない」

「そう」


引出しへ放るエアラ。

ウイスキーを1口。鏡越しに視線を飛ばす。


「今日、何があったか聞きたいか?」

「興味ないわ」


言葉と裏腹にベッドへ沈む。


「お前は最高の女だ」

「知ってる。で?何があったの」


その瞬間。


窓の外。

帽子の影。


「…何?どーしたの?」

「おい!お前」

「誰かいるの?」


私は立ち上がる。窓へ。


「そこで何してる…デリィ!」


闇は答えない。


第3章 看護兵ミュー


陽光は淡く穏やかだ。

御屋敷(トラベラーズビクス)の昼下がり。


「ポテトはいかがですか?」


髪を下ろしたスピアは華やかだ。照明を味方につけた女は強い。

だが、対面の元大尉は、そんなことには一切動じる気配がない。


「いや。シェイクのおかわりだ」

「3杯目ですけど?」

「御主人様の自由でしょ?スピア、邪魔しないで」


唇を尖らせるマリレ。


「その年でシェイク3杯は胃腸に悪いと思って」

「もう出よう。続きは後だ」

「でも、もうすぐ同窓会でしょ」


元大尉は小さくため息をついた。


「…行くのはやめようと思ってる。最初から、そんなに行きたかったワケじゃない」


間。マリレが少しだけ声色を変える。


「じゃ思い出の場所を回りましょ」


元大尉は顔を向ける。


「車はあるのか?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷のバックヤード。


スピアはソファに足を組んで座り、爪を眺めている。そこへ顔を出すマリレ。


「頼みがあるんだけど」

「ねぇマリレ。普通ね、留守電が入ってたら、よっぽどのカス野郎でもない限り、かけ直すのが礼儀ってもんでしょ?」

「ごめんって。ねぇ聞いてよ」


スピアは聞かない。


「私はね、見た目よりずっと我慢強いの。でも限度ってモンがあるわ。あんな女に何よ。リアルのブロンドでもないのに」

「待った。誰の話?」

「とぼけないで。コニィよ。パーツ通りの裏で何してたの?見た瞬間、血圧上がったわ」


溜め息をつくマリレ。


「やきもち焼くのやめて。私は覚醒したスーパーヒロイン。あなたはただの腐女子。最初から百合は成立しないの」

「…あのおじいちゃんとは成立するの?」

「彼は1947年のタイムマシン墜落事件の目撃者。これは任務なの。現場に行きたい。車を貸して」


即答。


「却下。車は人間が移動する時に使うもの。あなたスーパーヒロインでしょ?飛びなさい」


背を向けるスピア。


「万貫森に行きたいの。でも、ソレは私のためじゃない。あの人の青春のため」


ブラブラさせてたスピアの脚が止まる。

沈黙、3秒。


「…負けたわ。うちの祖父の思い出に免じて」

「伝票、シルバー割でお願いね」


途端に顔をしかめるスピア。


「スーパーヒロインって、ほんとカス野郎ね」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ドアベル。


現れた女に、空気が一段静まる。


ウエストを絞り、八枚はぎのスカートがふわりと揺れる。流行最先端の"ニュールック"。

銀幕から抜け出してきたみたいな光のまとい方。


「おはよう」

「スヒアさん…こんなバーでいいんですか?向かいにデニッシュの美味いカフェが…」

「いいえ。私はこの店が良いの」


彼女は踊るように歩き、マリルをボックス席へと誘う。そこでは地味な看護兵が紅茶を飲んでいる。


「軍看護婦のミューさんよ」


紅茶を持つ手を止め、ミューが顔を上げる。


「わざわざすみません」

「軍の看護兵?どういうことだ」

「相談を受けたの。彼女も墜落の目撃者ょ。証言を照合すれば真相に近づける」


椅子が鳴る。


「失礼する」


立ち上がるマリル。


「え?」


ミューは目を丸くする。


「よくも騙したな」


踵を返す。


「待って。話を聞いて」

「デートの約束だったはずだ」

「光栄だわ。でも、2人の証言が一致すれば…」

「好きに描け。あれは観測気球だ」


「嘘よ。未来人が秋葉原にいるなら、私たちには知る権利がある」

「偉そうだな。ただの特ダネ狙いだろ」


「レディに対して失礼ね」

「…悪かった」


スヒアは微笑む。勝った微笑みではない。狩りの前の微笑みだ。


真珠が揺れる。胸元も揺れる。だが視線を一切そこに行かせない強さがある。


この女、危険だ。


そして。


嫌いじゃない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「聞いてくれ、エアラ!あのさ…」


ドアを開けた瞬間、時間が1拍遅れる。


ベッドの上。

エアラ。

そして…カルレ。


「…カルレ?918爆撃隊の?」

「よぉ、マリル」


声だけが軽い。

空気は重い。


「靴下…お前のだったのか」

「さっき憲兵が来たわ」


エアラはグラスを傾ける。氷が鳴る。


「彼は片付けを手伝ってくれただけ」


室内は荒らされている。

引き出しは開かれ、色彩の洪水が溢れている。

絹。レース。香水。秘密。


「電話したのよ」


ウイスキーを一息で飲み干すエアラ。


「秋六空の基地には繋がらなかったわ」


沈黙。


カルレが笑う。

短く。乾いた音で。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋六空。

私は大佐のオフィスの扉を叩かず開ける。


空気が変わる。

命令の空気だ。


「あら、マリル」


書類の山の向こうでティラが振り返る。

柔らかく笑う。

胸元が揺れる。谷間も揺れる。


「ねぇマリル!」


呼び止める声を無視して、私は奥へ踏み込む。


「なぜ憲兵が私の恋人の部屋を捜索したのです」

「すみません大佐、止められなくて」

「いい、ティラ。ドアを閉めろ」


静かに閉まる音。

密室。


「彼女は民間人です」

「声を落とせ」


大佐は言う。


「教えてやろう。あの女は中華のスパイだ」


時間が止まる。


「…証拠は」

「質問する立場か?」


机を指で叩く。

処刑への時を刻む規則正しい音。


「それより」


視線が刺さる。


「なぜ開店前のOHマチガイダ・サンドウィッチズにいたのだ」

「尾行したのですか?」

「あの女記者と接触したな?」

「プライバシーの侵害です」


次の瞬間。

机が爆ぜた。


大佐が仁王立ちになっている。


「2.5式飛行艇に搭乗したい兵が何人いると思う」


沈黙。


「口を閉じていろ。お前は処分中の身だ。自分の立場を思い出せ」

「…ROG」

「聞こえん!」

「ROG!」


肺の空気を叩きつける。

大佐は満足げにうなずく。


「よし。任務だ」


書類を差し出す。


「今朝、軍用車の事故があった。兵2名が死亡。家族へ電報と手紙を書け」


紙を受け取る。

軽い。

軽過ぎる。


「詳細はそこにある。下がれ」


回れ右。

退出。


ドアが閉まる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


次の瞬間。


かぶっていた制帽を机に叩きつける。

ライトを壁に投げる。


椅子に座る。

タイプライターに指を置く。

だが、何も打てない。


受話器を掴む。


「交換台。軍看護婦ミューを」


ノイズ。接続。


"もしもし"

「今朝会ったマリルだ。あの記者抜きで話せるか」


一瞬の沈黙。


"無理ょ。私、急に転勤になったの。今夜、青森行きの夜行バスに乗るわ」


心臓が1拍遅れる。


「バスは、どこから出る」

"東京駅北口のバスターミナル"

「待ってろ」


通話が切れる。

受話器を置く音が、銃声のように響く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


嫌な雨だ。


バスターミナルは光の海に沈む。


夜行バスの車体はどれも似た色をしていて、行き先表示だけが各々の運命を主張する。


人間達はその文字列に従う粒子のように、列から列へと指示もないのに移動している。


「死体は2つ。こんな顔だったわ」


ミューはメモ帳を差し出した。


そこには、目だけが異様に大きい顔が描かれている。深海魚に似ている。


いや、深海魚が人間の真似をした失敗作のようだ。輪郭は曖昧で、瞳だけが異常に精密。


絵の下手さが、逆に現実味を持っている。


「執刀医は?」

「知らない先生。解剖を手伝わされたの」


雨粒がメモ帳に落ち、目玉の1つがにじむ。


「哺乳類じゃなかった」


ミューは話す。


「皮膚も、手も、内臓も。分類表のどこにも入らないの。あれ、異なる世界線の生き物」


何も反応できない。


「説明は?」

「解剖のあと、軍の偉い人が来て…」


声が小さくなる。


「誰にも話すなって」


風が吹く。

雨脚が斜めになる。


私たちは並んで立っていたが、互いを見てはいない。互いの視線は、相手の肩の向こうの闇に置かれている。


「じゃナゼ記者に話した」

「怖かったの」


即答だ。


「黙ってたら、私の中に残るでしょう」


沈黙。


「眠れないの。だから逃げる。秋葉原から遠くへ。ここにいたこと全部、忘れたい」


それは告白ではなく、診断結果の読み上げだ。

私はうなずく。


「幸運を」


ミューは返事をしない。


スーツケースを抱え、雨の中へ走っていく。白い看護服の裾が濡れ、すぐ灰色になる。


群衆が彼女を飲み込む。


飲み込まれた瞬間、彼女は最初から存在しなかったもののように思え、私は紙片に目を落とす。


深海魚の顔。

煙草に火をつける。


そのとき、悲鳴。


短い。

だが本物だ。


制帽を被り直し、走る。青森行きの表示を見つけ、運転手に声をかける。


「軍の看護婦が乗っただろう」


男は怪訝そうな顔をした。


「看護婦?いませんよ」


車内の乗客たちが、ほぼ同時にこちらを見る。

そして同時に視線を逸らす。


誰一人、否定も肯定もしない。

ただ「関係がない」という顔だけを揃えている。


雨が強くなる。

私は立ちすくむ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ティラは忙しそうだ。


腕に抱えた書類の束には、赤字で CONFIDENTIAL と押してある。


「あらマリル。どうしたの?」

「青森関係の人事発令を見たい」


ティラは一瞬だけ眉を動かす。

だがすぐ、いつもの柔らかい微笑みに戻る。


「事情は知らないけど、諦めた方が良いカモ」

「何を?」

「全部よ」


間。


「上層部はあなたを煙たがってる。大佐も庇いきれなくなってるわ」


彼女はデスクの上を指で軽く叩く。

そこに置かれた書類束を示すように。


「ある人物が異動になったかどうかだけ知りたい」

「その人より自分の心配をして」


ティラは腕時計を見た。


「あらやだ」


急に声色が変わる。


「美容院の時間だわ。このパーマを維持するの大変なのよ」


くるりと踵を返す。


「じゃ、またね」


ヒールの音だけが廊下に残る。

扉が閉まる。


沈黙。


マリルは動かない。

やがてデスクに近づく。


赤いスタンプ。

CONFIDENTIAL


指先で一番上の紙をめくる。


「検死結果?」


写真が挟まっている。


軍服の男。

仰向け。死体。


胸部中央に…


銀色の手形。


焼印のように。

だが焦げ跡はない。

ただ、光っている。


マリルの喉が小さく鳴る。


次のページ。


同じ手形。

別の死体。


すべて胸に銀の手形。


そのとき。


廊下の奥で、誰かの靴音が止まった。


ノックはない。


だが、扉の向こうに

「気配」が立っている。


見られている。


書類を閉じるか。

読み続けるか。


選ぶ時間は、1秒もない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


20番ハンガー。


鉄の匂い。油ではない。

もっと乾いた、時間の止まった匂いだ。


憲兵に命令する。


「楽にしろ」


声は近いのに、誰の声なのか少し遅れて理解する。


「はい」


命令書を差し出す。紙は軽い。だがその軽さが、なぜか手首を沈める。


憲兵は黙読する。

まぶたが一度だけ上下する。


「わかりました。どうぞ」


許可は、音もなく降りる。


そのとき。


「何しに来た?」


声が割り込む。

振り向く前に、相手が誰か分かる。


その声には顔がある。


「大佐の使いだ。命令書もある」

「うそつけ」


デリィは紙を見もしない。


「それは輸送命令書だ。このハンガーに入るには特別許可が必要だ」


沈黙。

風が通る。どこにも風の入口はない。


「そういうお前は許可があるのか」


並んで歩き出す。歩幅が合う。合ってしまう。


「僕は担当だ」

「見せろよ」


声は静かだ。だが静かな声ほど、逃げ場がない。


「ラジオも新聞も、墜落したのは気象観測気球だと言っている。でも違う。さっき書類を見た。コンフィデンシャルだった」

「聞きたくない」


即答だ。


「帰ってくれ」


靴音が止まる。


「なぜ隠す」


1歩。


「何を恐れている」


デリィは答えない。答えないという返答を選んだ顔だ。


「任務を遂行するだけだ。何も話さない。おい!大尉はお帰りだ。お見送りしろ」


憲兵が2人現れる。

左右から肘を取られる。


触れられた瞬間、理解する。

これは排除ではない。配置換えだ。


外へ出される。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ふれあい通り。

国鉄高架下。


昼なのに、時間が足りない場所だ。光が来ても、届かない。


デリィにも頼れない。

そう思ったとき、選択肢は1つしか残らない。


「遅れてごめんなさい」


声の前に、色が来る。


オープンカー。艶のある塗装。光を跳ね返すのではなく、抱え込む色。


スヒアが降りる。


「新車の調子が悪くて」

「直してあげようか」


彼女は笑う。口元だけで。


「いいえ。もう直したから。車は男と同じ。少し刺激すれば、1晩くらいは持つ」


言葉が空気に残る。

意味ではなく、温度だけが。


「男の扱いをよくご存知だ」

「仕事柄ね」


間。


「で、話って何?」

「そっちから」


彼女は肩をすくめる。芝居のように自然だ。


「葬儀業者にね、基地から注文があったの。子供サイズの棺」


沈黙。

頭上の高架を国鉄が通る。音だけが長い。


「なぜ子供用?」

「変だと思うでしょ。さ、あなた」


視線が渡される。

受け取った側は、返せない。


「大佐から命じられた。2人の遺族に死亡通知を出せと」

「事故死?」

「そういうことになっている」

「本当は?」


答える前に、息を吸う。

答えは言葉ではなく、決意で出来ている。


「墜落現場で、直径2mほどの袋状の物体につまずいたらしい。報告に行こうとしたところを襲われた。敵は2人。白く発光していた。拳銃を抜こうとした瞬間…光」


「殺されたのね」


うなずく。


「遺族には真実を知る権利がある」


封筒を渡す。

コンフィデンシャル、と赤字。


スヒアは受け取らない。

先に、マリルを見る。


「この記事が出たら」


静かに言う。


「あなたは英雄か、売国奴か。どちらかよ」


ようやく封筒を取る。


ボンネットに背を預ける。金属がわずかに軋む。

まるで車が、二人の会話を聞いているように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ピンクのキューベルワーゲンは、夕暮れの光を吸い込んで黙っている。


「あの瞬間、自分はうまくやったと思った」


元大尉は遠い目をする。


「だが物事はたいてい、

 うまくいったと思った時から崩れ始める」


メイドのマリレとマリル元大尉はボンネットに腰掛け、同じ角度で腕を組む。

メイドと元軍人の沈黙は、似た姿勢を取ることにより成立している。


マリレが先に動く。

後部座席へ身を滑らせ、缶を2本取り出す。


戻る。

1本を差し出す。


「車の中にあったわ。スピアは呑兵衛だから」


元大尉は受け取る。

プルタブを引く音が、小さく空間を裂く。


「さっきのメイドさんか?」


缶に口をつけたまま言う。

声はアルミに反射して、少し鈍い。


「付き合ってるのか…百合って奴だな」


口元を拭う。

拭い方が軍人だ。布ではなく、指の甲。


「いいえ」


マリレは言葉を選ばない。選ばないことを選ぶ。


「今はもう、そういうんじゃないんです。終わりました」


元大尉は、しばらく何も言わない。

缶の縁を親指でなぞる。


「そうは見えないがな」


視線が飛ぶ。

その先には何もない。だが、何もない場所ほど人はよく見る。


「私はな」


独白の調子になる。


「女に本気になったことはなかった」


間。


「だが、あの夜。星空の下でスヒアと二人きりになった時…」


言葉が止まる。

続ける資格があるか、自分に問うように。


「秘密を分け合い、キスしておけばよかった」


吐く。息と一緒に。


「今でも思っている」


静寂。高架の向こうで列車が通る。

ここまでは届かない。


マリレは元大尉を見ない。

缶の水滴を見ている。滴は重力に従うだけで、感情を持たない。


「その後」


やがて訊く。


「スヒアはどうなったんですか?」


元大尉は答えない。

代わりに、空になった缶を軽く振る。音はしない。


「…もう一本、あるかな」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カウンターに瓶ビールが出される。


バー"OHマチガイダ・サンドウィッチズ"。

グラスの底で氷が鳴る。


「デリィ。任務にお疲れみたいだな」


顔を上げるのが1拍遅い。

計算された遅さだ。


「…マリルか。僕は卑怯者だ。ほっといてくれ」


ウイスキーをあおる。

喉仏が上下する。


「酔ってるのか」

「酔ってても何も話さんぞ」


私は椅子を引く。

音を立てない。軍人の座り方。


「どうかしたのか」


デリィは周囲を見る。

1度。2度。3度。


「…実は俺も、色々見た。聞いた。上層部の計画を」


声を落とす。


「でも口止めされてる。命令には従ってきた。それが軍人の勤めだからな。だが…良心が痛む。これは正しい命令なのかって。俺たち、これでいいのかな」


言い終えると、グラスを傾ける。

氷だけが口に触れる。


私は答える。


「心配するなよ。真実を暴きたがってる仲間がいる。明日の朝には世界中が知ることになる。朝刊だ。全部出る」


一瞬。


デリィの瞳孔が、わずかに開く。


すぐ閉じる。


「…明日の朝、何が出る?」

「記事だよ。全部だ。送ろうか?」


首を振る。迷いなく。

速すぎる速度で。


握手。


デリィの手は冷たい。

酒の冷たさではない。


「じゃあな」


私が先に立つ。去る。

振り返らない。


扉が閉まる。


音が消える。

3秒。4秒。5秒。


テンガロンハットの男が、静かに振り向く。


ルギィ大佐だ。


店の照明が、帽子の縁で切れる。

目元だけが暗い。


「よくやってくれた」


大佐の手が、デリィの肩に置かれる。


その瞬間。

デリィの酔いが消える。


背筋が伸びる。視線が固まる。

呼吸が軍規に戻る。


「触らないでください」


低い。

酒気のない声。


大佐は手を離す。

何も言わない。


踵を返す。

部下2人が影のように続く。


扉。開く。閉まる。

外の光が一瞬だけ差し込み、消える。


店内に残るのは…

氷の音。


テリィはグラスを見下ろす。


揺れている。

自分の手が。


「…」


唇が動く。

声にはならない。


卑怯者。


それは演技用の台詞。


だが今は、

役ではない。


本物の震えだけが残っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


朝。


世界は、何事も起きていない顔をしている。


新聞売りの声。通りを掃く箒。

配達車のエンジン音。


マリルは紙面をめくる。


千代田トリビューン。

秋葉原タイムス。


事件は載っていない。


1行も。


活字は整列し、昨日と同じ角度で並び、

昨日と同じ顔で嘘をついている。


受話器を取る。


「ワラッタ・テレグラム社です」

「スヒアさんを」


保留音。


一定の高さ。

人の感情を拒絶する音程。


「…申し訳ありません。まだ出社していないようです。ご伝言は?」

「いや。結構だ」


受話器を置く。

置いた手が、戻らない。


そのままデスクを見る。


命令書だ。

白い紙。黒い活字。赤い印。


"防衛総省通達

 マリル大尉 名誉除隊"


空気が、わずかに歪む。


受話器を叩き切る。

椅子が倒れる。


廊下。靴音。

止まらない。


ドア。開く。中。

デリィが受話器を持ち立っている。


「デリィ。大佐はどこだ」


受話器を置く音。


「マリル。僕が代理だ」


間。


「貴様、全部知ってたな」


ボードを叩きつける。

紙の角が頬をかすめる。


「答えろ」


デリィは拾わない。


「お前。あの女記者に機密を漏らしただろう」


沈黙。


「その罪で、お前は俺を売ったのか?」

「命令だった」


目を逸らさない。


「仕方ないだろう」


静かすぎる声。

マリルが笑う。笑い方だけが荒い。


「たいした友達だ」


デリィは椅子を引く。

座らない。


「サインしろ。そして、基地を出るんだ。

 そうすれば名誉除隊扱いになる」

「断る」


即答。


「俺はサインしない」


1拍。


デリィの眉が動く。


「いつも適当なお前が、どうして今回だけ正義の味方なんだ」


マリルは背を向ける。


歩く。

ドアまで3歩。止まる。振り返る。


拳。音。鈍い衝突。


デリィの身体が壁に当たる。


時計が揺れる。

秒針だけが正確に進む。


「陰でどれだけ苦労したと思ってる」


血を拭うデリィ。

反撃しない。


「上層部はお前を軍法会議にかけるつもりだった。気が変わらないうちに署名するんだ」


デスクの上の写真が滑り、止まる。


エアラ。マリル。抱擁。

望遠。盗撮。証拠。


「軍はこんな手を使うのか」

「…」

「覗きは楽しかったか?」


沈黙。

デリィは答えない。


マリルはペンを取る。


紙を見る。名前を書く。インクが滲む。

署名。ペンを置く。


「友達を裏切ってさ」


紙を残す。

背を向ける。


歩く。ドア。開く。閉まる。


音。消える。

部屋。静止。


デリィは立ったまま。

血が顎から落ちる。


床に、点。もう一滴。


彼は拭かない。

ただ、署名を見る。


視線だけが動く。


口が開く。

しかし、声は出ない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パブ"OHマチガイダ・サンドウィッチズ"


ドアを押す。

油の切れたベルは鳴らない。


私はライターで火をつける。

煙だけが、店に先に入る。


カウンター。

バーテンダーの背中。


「いつものを」


振り向き目だけで笑う。


「マリル。手紙を預かってる」


瓶ビールを置く。

その横。


酒瓶の影から封筒を引き抜く。


「私書箱代わりに使うなら手数料取るぞ」


私は笑う。

口角だけで。


封を切る。

紙1枚。短い字。


"受け取ったら電話して。

スヒア"


間。


私は席を立たない。

受話器を取る。ダイヤル。


発信音。


規則正しい。

脈拍より正確だ。


「もしもし」

「スヒアか」

「いいえ」


声が若い。

静かすぎる。


「私は妹のスビアです」


沈黙。


「妹?姉さんを」


息。向こう側。

1度だけ。


「姉は亡くなりました」


音が消える。


店のジャズも。

氷の音も。

煙も。


「首都高上野線で交通事故に遭って…」


言葉が整いすぎている。

誰かに教わった説明みたいに。


「どちら様ですか」

「お気の毒に」


受話器を置く。


封筒。そこに鍵。

拍子抜けするほど、小さい。


世界の秘密というものは、

たいてい掌に収まる大きさをしている。


私は指先でつまむ。

冷たい。


「事故だと?」


自分の声に、自分で驚く。

何者の声でもない自分の声。


返事はない。


マリルはメモを裏返す。

何も書かれていない。


「裏は使わない主義か」


独り言。

独り言は、最も誠実な会話形式だ。


鍵の歯を光にかざす。


削り跡が浅い。新品に近い。

本人が渡すつもりで用意したものだ。


事故死した人間は、未来に約束を残さない。


マリルは煙草を口に戻す。

火は消えている。


「勘定」


釣りはいらないと言わない。

言わないほうが伝わる。


店を出る。


外気。昼と夜のあいだの温度。

通りにネオンが1本だけ点いている。


事故。


言葉を頭の中で転がす。

角がない。


スヒアは、角のある女だった。


ヒール。視線。声。記事。

全部、どこか尖っていた。


その女が、丸い死に方をするだろうか。

靴音が一定になるまで、13歩。


14歩目で止まり振り向く。


バーの扉。開かない。

追ってくる者はいない。


「どこの鍵だ、これは」


遠くでサイレンが鳴る。

近づかない。離れていく。


サイレンは、無関係な人間のために鳴る音だ。


マリルは制帽をかぶり直す。

影が目を隠す。


その顔は、もう

名誉除隊した男の顔ではない。


証拠を握った男の顔だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


了解(ROG)


憲兵は、詰所の電話を置く。

靴音をまっすぐ残して廊下の奥へ消える。


その背中を見届け、ゲートの陰へと滑り込む。


陰の幅だけ身体を通し、ポケットから鍵を出す。


ビルディング7354。


刻印を確かめ、差し込み、回す。


中に入った瞬間、空気が古い。

理科室のような匂い…ホルマリンだ。


壁際には番号札の付いた標本瓶が並び、

骨や臓器が沈んでいる。


その奥で、視線を奪うものがあった。


赤い。


巨大な肉の花弁のような物体だ。

ゆっくりと開閉している。


私は反射的にフラッシュを焚く。

閃光の中に花弁の縁に並ぶ繭のような突起。


そこが淡く光り、脈打っている。


卵?いや、(クラスター)に近い。


横には白衣の男が二人、倒れている。

胸には焼き印のような左手形。


もう一度フラッシュ。 

壁際には棺が4つ、整然と並んでいる。


そのとき、気配。


視線を上げる。

カーブミラーの中に、誰かが映っている。


いや、2人。

光っている。


人の形をした光が、立ち上がる。

こちらを向く。


足が床に縫い付けられたように動かない。 

光の人影は何かを発する。


言葉ではない。

波動だ。


片方が手を上げた瞬間、

空気そのものが衝撃となって

身体を後方へと弾く。


背中から床に落ち、息が抜ける。

転がり、赤い花弁の陰に身を潜める。


「きーん」


声がスル。

耳ではない。骨だ。

骨の奥で意味が震えている。


その瞬間、奇妙な既視感が走る。

幼い頃、父に見せられた波動実験。


音を遮断した箱の中で、

叩かれた金属棒の震えだけが指先に届く。


音は、空気がなくても届く。

マリルは息を整える。


赤い(クラスター)を見つめる。


灰色の液体が滴り、床の波動に合わせて微かに波紋を揺らしている。

さっきの衝撃波。あれは攻撃じゃない。距離を取らせるための圧だ。


実際、骨は痛むのに、内臓は傷ついていない。

制御された圧。


光の人影が1歩近づく。

床に落ちた標本瓶の破片が音もなく震え整列する。


まるで誰かに配置を指示されたみたいに。


殺せたはずだ。

さっきの一撃を数センチずらすだけで、

人間の脳は泡になる。


だが、そうしなかった。

なぜ?


答えは単純だ。


必要だからだ。


音は媒質を求める。波動は伝わる相手を選ぶ。

彼らにとって人間は…


共鳴体。


「連れて行けよ。邪魔はしない」


自分の声が、驚くほど静かに出る。


光は揺れるだけだ。拒絶もしない。

歓迎もしない。ただ、観測する。


立ち上がる。扉へ向かう。1歩2歩。

背中を向けても、衝撃は来ない。


扉を開け、廊下へ出る。歩調を変えず進み、

角を曲がった瞬間…ダッシュ。


その時。


軍靴の振動。地面から伝わる。 

前方距離50m。3人だ。将校1、兵2。


壁の非常ベルを叩く。警報が基地中に響く。


「おい、こっちだ!」


大声で叫んだ途端、追跡が始まる。

ビルディング7354を飛び出す。


枝が頬を打ち、地面で足を取られる。

転び、立ち、また走る。  


フェンスに取りつく。

金網に足をかける。


濡れた掌が滑る。

次の一歩を踏み出したとき、


ストラップが引かれる。


首から下げていたカメラが、

フェンスの突起に絡む。


舌打ち。


振り向けば取れる。

だがその1秒で距離は半分になる。


引きちぎる。


革紐が裂け、カメラは内側に残る。

着地。転倒。起き上がる。走る。


背後で銃声。乾いた音。土が跳ねる。

警告射撃。まだ撃ち抜く気はない。


林に飛び込み、枝を払い、息を殺す。

森は深く、闇は濃い。


足音が遠ざかるまで5分。体感では30分。

やがて静寂。


マリルはゆっくり振り返る。

フェンスの向こう。草の上の黒い塊。


置き去りにしたカメラが、こちらを向いている。

レンズが、光を受けて1度だけ瞬く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


荒野。


乾いた風が砂を撫で、遠くで鉄片が触れ合うような音が鳴る。

ピンクのキューベルワーゲンを背に、元大尉が空き缶を並べ、拳銃を構える。


引き金が絞られる。


乾いた破裂音。缶が1つ、軽く跳ねて倒れる。


「メイドさんも撃ってみるか」


差し出された拳銃を、マリレは受け取らない。


「結局、大尉は何を見たんです。そのクラスターの中には、何があったんです?」


元大尉の視線は、缶ではなく地平線の彼方へ滑っていく。

沈黙が長い。砂の粒が風に転がる音まで聞こえそうなほど。


「あの時のことは、ここまで話すつもりはなかった。誰に対してもな」

「お願いします、大尉」


拳銃をキューベルワーゲンのボンネットに置く。

金属が薄く鳴る。


元大尉は息を吐き、喉の奥で何かを諦めた音を立てる。


「震えていたんだ。細かく、だが確かに。あれは恐怖じゃない。共鳴だ。何かと同じ波長で鳴っていた。音波か、光波か、あるいはもっと別の波動か…とにかく"波動を保管するための器官"だった。つまり"共鳴体"だな」


マリレは瞬きを忘れる。


「4つあった。それぞれ異なる波長に反応していた。房の内部に、繭が4体ずつ。左右で8体。…その夜、俺は秋葉原を離れた。秋六空はレッドアラート、基地は第1級非常態勢下だった。奴等が逃げ切れたかどうかは分からん。たぶん無理だったろう」


言葉が止まる。風だけが続く。


「以上だ。ワルだった俺が初めてやった人助けの顛末だ。結局、助けられなかったがな」


元大尉は煙草をくわえ、ライターを擦る。

火はつかない。もう1度。つかない。

3度目も、沈黙。


そのとき。


遠くの廃トラックの荷台に並んでいた瓶列が、音もなく震える。

次の瞬間、ぱん、ぱん、ぱんと連鎖して砕け散る。破片が陽光を弾き、遅れて乾いた破裂音が届く。


元大尉が振り向く。


そのメイドは、何気ない顔をして、ただ指先を宙に向けている。


「大尉は立派に人助けをされました」


その指先に、小さな炎が灯る。風に揺れながらも決して消えない、凛とした火だ。


差し出される。


元大尉はしばらく見つめ、神を信じ損ねた子供のような顔で煙草を近づける。火が移る。


一口、吸う。吐く。


そして何も言わず、マリレを抱き締める。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


議員控え室。


昼下がりの光がブラインド越しに細く差し込み、書類の端を白く切り取っている。

タイプ音の代わりに、紙をめくる乾いた音だけが室内に続く。


議員室の前に座るミユリさんは、メイド服のまま、何事もなかったかのようにペンを走らせている。

黒いリボンが揺れるたび、インクの匂いがわずかに動く。


扉が静かに開く。マリレだ。


「ミユリ姉様。テリィたんは?」


ミユリさんは顔を上げ、柔らかく瞬きをする。


「あら、マリレ。見てないわ。あとでお屋敷(トラベラーズビクス)に寄るって仰ってたけど」


その声音には、いつもの調子がある。崩れていない。

だが、崩れていないこと自体が、どこか作為めいている。


「姉様、大丈夫?」


問いは短い。


「私?まあね。平気よ。でも、なぜ?」


視線がまっすぐ差し込んでくる。

探るのではない。測っている。温度を。


マリレは1拍置く。


「議員の件で、大変だったでしょ。でも…きっと何とかなると思うの」

「ええ、そうね」


肯定は軽い。だが、軽さの裏に、まだ消えていない余白がある。


沈黙。紙の端がめくれる音。


「それから…今朝、姉様にひどい口をきいてしまって。すみませんでした」


ミユリさんはペン先を止める。線の途中でインクがわずかに滲む。

彼女はそれを見つめ、次にマリレを見る。


「いいのよ」


声は小さい。けれど揺れていない。


「テリィ様に、謝れって言われたの?」

「なんで?」

「私に優しくしてやれって」

「いいえ、姉様。私、自分で反省したのよ」


その瞬間、ミユリさんは振り向く。窓の光を背に、頬だけが淡く照る。

表情は子供みたいに素直で、そしてどこか、長い夜を越えた人の顔をしている。


「うれしいわ」


言葉はそれだけ。だが、部屋の空気が少しだけ柔らぐ。外を走る車の音が遠くに流れ、止まる。


廊下の先で、誰かの足音が一度だけ響く。


世界はまだ何も解決していない。陰謀も、光の人影も、あの夜の震えも。

それでも、今この部屋には戦場の匂いがない。


紙とインクと、許しの匂いだけがある。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋の地下。地表より数百m。


かつて文明と呼ばれたものの骨格だけが残った科学センター跡は、音を失った海底のように静まり返っている。


崩れた回廊の奥、円環状の空洞の中心に、それは存在している。

終わりなく降下し、同時に上昇しているようにも見える螺旋…


青白い光をまとい、周囲の空間をわずかに歪ませながら、時間そのものを撫でている。


マリレはその縁に立ち、振り返らずに告げる。


「スピア。これが、貴女に連絡しなかった理由よ」


声は低い。秘密を打ち明ける声ではなく、秘密の側に立つ者の声だ。


スピアは息を呑む。


瞳に映る螺旋の光が、まるで彼女の内部まで照らしているみたいに揺れる。


「すごいわね、マリレ。この螺旋、何?」

「わからない」


即答だ。


「でも…一緒に突き止めよ?」


腕を組んだままの姿勢でそう告げる。誘いではない。確認だ。

その一言で、スピアの顔がぱっと明るくなる。長い暗闇に慣れた人が、窓を見つけたときの顔。


「一緒に? でも貴女たちスーパーヒロインは、腐女子とは百合しないんでしょう?」

「いいえ」


間髪を入れずマリレは答える。


「今日、歴史を勉強して…やっとわかったの。私は貴女に、とても大きな恩がある。貴女がいなければ、私はこの世界線にいなかった。そんな単純なことに、今まで気づかなかったわ」


そこで初めて、彼女は腕を解く。

差し出された両手は、戦うための形ではない。


「ありがとう」


スピアは一瞬だけ固まる。

次の瞬間、ほとんど光速でその手をつかむ。


「いいのよ…どうしたの、急に」


マリレは答えない。代わりに、螺旋を見る。

光の流れの中に、何かを数えているような目。


「私たち4人は」


静かに語る。


「1つのクラスターの中にいた4人」


スピアの指先がわずかに強くなる。


「貴女達4人は、生まれる前から4人なのね」

「YES」


沈黙。青い光が脈打つ。

遠くで、時空がこすれる音がする。


そしてマリレは続ける。


(クラスター)は、もう1つあったのよ」


その言葉は落ちたのではない。

置かれたのだ。逃げ場のない場所に。


2人は同時に動きを止める。

螺旋が、わずかに明るくなる。


終わりではなく、歪み始めた光のように。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"パラレル戦記"をテーマに、仮想戦記の世界に生きる青春群像を描いてみました。腐女子が"覚醒"したスーパーヒロインの正体にも伏線を引きました。


いきなり描き殴っていた初期の頃の設定を整理してみた次第です。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、中華の人々が抜けてなお、国際観光都市として揺るぎない秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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