第7話:激戦!無自覚チートと最強冒険者。
会議室を出た響夜たちは、ギルドの地下深くへと続く階段を下りていった。
巨大な円形の闘技場は、すでに人払いされており、観客席にはギルド長である瑠華、秘書のカインズ、コハク、ティア、そして数人のギルド専属傭兵が静かに見守っていた。
冷たい石の感触が響夜の足裏に伝わり、張り詰めた空気が全身を包み込む。
響夜はまだ訳が分からないまま、闘技場の中心に立つ。
そして、バルドが豪快な笑みを浮かべながら対峙する。
その手には、彼自身の背丈ほどもある特大の幅広な大剣が握られていた。
「へっへっへ、にいちゃん! 手加減なしで行くぜ!」
バルドが背中の大剣を掴み、軽く持ち上げて構えを取るのを見て、響夜は内心で焦る。
(は? ちょっと待って。俺、武器持ってないんだけど?!)
その時、コハクがハッと息を飲むように叫んだ。
「ギルド長! 待って下さい! キョウヤさんに武器は?!」
瑠華は、扇で口元を隠しながら、わざとらしく小首を傾げる。
「おぉ。忘れておった」
その言葉が響き渡った瞬間、闘技場の空気が一変。
バルドは、カッと目を見開き、ニヤリと笑いながら大剣を振りかぶった。
轟音と共に響夜へと一直線に斬り込む。
地を揺らすほどの剣圧が響夜に迫る。
「キョウヤ!!」
ティアの叫び声は轟音と共に掻き消される。コハクは青ざめた表情で、ティアの腕を掴みながら見守る。
バルドの剣撃が迫る中、響夜の頭の中を、かつての現世でのやりとりが駆け巡る。
『絶対勝てるわけ無い相手に、そのチート主人公の手には『光の剣』が具現化してね!めっちゃカッコいいんだから!!』
その瞬間、響夜の身体から眩い青白い光が放たれ、何もない空間から、まるで引き抜かれるように細身の剣がその手に現れた。
それは、彼が『ギガント・サラマンダー』を斬った時と同じ『魔法剣』だった。
「あの時の…光……!」
固唾をのむティア。
コハクはティアの腕を離さない。
しかし、目線はしっかりとその戦いの光景を目に焼き付ける。
バルドの豪剣が響夜に迫った刹那、響夜は意識せずして剣を振るう。
まるで、剣自身が意志を持っているかのように、流れるような美しい軌跡を描き、バルドの大剣を弾き返した。
キンッ!!
甲高い金属音が闘技場に響き渡り、火花が散る。
バルドは体勢を崩し、一歩、二歩と後ずさる。
「?!」
彼の顔に、初めての驚きが浮かび上がる。
少し驚いたバルドだったが、また笑みを浮かべ、舌なめずりをする。
すぐに体勢を立て直し、再び大剣を構えた。
「へっへっへっ!やるなあ!にいちゃん! だが、そんなモンじゃねェだろ? デケェトカゲを倒した力はどこいったんだよォ! 本気出さねェと、容赦しねェぞ!ああァッ?!」
バルドは挑発し、畳みかけるように剣を振るう。
その一撃一撃は、闘技場の地面を抉るほどの威力。
響夜は、攻撃を仕掛けるバルドの剣を、ただひたすらに紙一重でかわし、あるいは最小限の動きでいなすばかりだった。
(いやいや無理だって!相手は……敵じゃないのに…ッ)
「……ッ!」
今のこの状況に対しての葛藤と迷いが邪魔をする。
ひたすら防御に徹する響夜。
しかし、バルドの攻撃は止まらない。
大剣の切っ先が風を切り、響夜の顔すれすれを通過する。
「……ッ!」
「オラオラァァ!!どうした?!にいちゃん!!その程度かァ?!まさか、この俺に傷一つ付けられねェか?!」
バルドの言葉が、響夜の思考を揺さぶる。
このままでは埒が明かない。
相手は本気で自分を試している。
(……仕方ない! ちょっとだけなら……!)
響夜は決断し、軽く歯を食いしばる。
バルドの次の一撃を受け流した瞬間、まるで残像のように素早く剣を返した。
その剣先は、バルドの頬を掠めるように走り抜ける。
シュッ……!
神速に空気を斬る様に、刃が鳴る。
一筋の赤い線がバルドの頬に浮かび上がり、微かに血が滲んだ。
「!!」
バルドの動きがピタリと止まる。
彼の目には、驚きと、それに勝る純粋な興奮の色が浮かんでいた。
「へっ、参ったぜ。降参だぁ!」
全く悔しそうではない。
むしろ、清々しい気持ちだった。
そんなバルドが負けを宣言した瞬間、闘技場は静まり返り、観客席からは信じられないものを見たかのような、沈黙が続いた。
コハクは、涙目になりながらも目を輝かせ
「……キョウヤさん…すごぉい……!」
と小声で呟き、ティアは驚きと安堵の混じった表情で響夜を見つめる。
カインズはいつもの無表情だが、その瞳の奥には微かな驚きの色が宿っているようだった。
そして、ギルド長の瑠華は、扇で口元を隠したまま、ふふふ…と意味深な笑みを浮かべていた。
(……勝った…のか?……チートって…凄いな…)
勝利した響夜は、依然として目の前の事態に困惑し、呆然と立ち尽くすばかりだった。
不意に背後から重みを感じた。
バルドが響夜の肩を組む。
「楽しかったぜえ、にいちゃん!ああ〜……えっと、なんつったっけ?名前」
「き…響夜です。バルドさん、大丈夫でした?傷……」
「あァ?…ったくよォ!遠慮しやがって!お前ならもっとこー…豪快に吹っ飛ばせただろうがよォ!」
「そんな事出来ませんよ…」
「ハッハー!!ま、そこも含めて気に入ったぜ!これからよろしくな!キョウヤ!」
「はい。宜しくお願いします」
闘技場にバルドの笑い声が響く。
この決闘を通じて、響夜の規格外の強さは、その場に居合わせたギルド関係者の間で小さな噂となり始めた。
ギルド長の瑠華からも正式にその能力を認められた響夜だが、その真の評価はまだ一部の者にしか知られていない。
特にバルドは、響夜の圧倒的な力に純粋な戦士としての興奮と尊敬を抱き、一気に距離を詰め、良き戦友となった。
そしてこの夜の闘技場での出来事は、瑠華の指示により、その場にいた者たちには厳重な箝口令が敷かれた。
響夜の規格外の力は、まだ世間に知られてはならない____。
それがギルド長の判断だった。
しかし、完全に秘密が守られるわけではない。
小さな噂は、街の酒場や裏路地で、人知れず一人歩きを始めるのだった。