第5話:伝説級の片鱗、無自覚な衝撃。
重たい沈黙が走る街の裏門。
その沈黙を破る静かな土煙。
その先には、巨大な上級モンスターが倒れ伏し、その傍らで小首を傾げる響夜の姿。
その光景を目撃したコハクは、目を真ん丸にして、その場で固まった。
普段の明るさはどこへやら、猫の耳としっぽがピンと硬直している。
「え…あ…あわわわ…」
言葉にならない声を漏らしながら、彼女の脳裏には確信がよぎる。
(Sランク……いや、レジェンド級の冒険者並みに凄い人材かも…?!)
響夜の無自覚な強さに、驚愕と同時に、歓喜が全身を駆け巡る。
コハクは、すぐにでもギルド長に報告に行かねば、という使命感に駆られ、身震いする。
その一方……
隣で呆然としていたのは、響夜を街まで案内したエルフの剣士、ティアだった。
友人であるコハクの隣で、彼女もまた目の前の信じられない光景に、瞳を大きく見開いている。
(な…、何者なの?この人は…!?)
ティアの視線は、倒れたモンスターから響夜、そしてその手元に集中する。
響夜が使ったのは、間違いなく魔剣士特有の武器『魔法剣』だった。
(『魔法剣』は本来、木の棒でもミスリルの剣でも、それを媒介に魔力を刀身に付与する事で、武器としての能力値を何倍も引き上げる技術。 だが、彼は……)
目の前の彼は、その常識を完全に覆していた。
ティアの脳裏には魔法剣の常識がよぎる。
(それを、媒介無しの魔力のみで剣を具現化し、あんな巨大モンスターを一刀両断するなんて……。有り得ない。…この世界で、そんな芸当が出来るのは、ごく一部の伝説級の魔剣士か大魔導師……いえ…魔剣士の中でも例外中の例外…!)
自身の魔法に対するコンプレックスを抱えているティアにとって、響夜の圧倒的な魔力と技術は、まさに常識を覆す光景だった。
彼女の胸には驚愕と、底知れない畏敬の念が沸き上がっていた。
「 ……彼は…一体…?」
思わず呟くティア。
改めて響夜を見詰める。
そんなティアを他所に、コハクは目を輝かせながらティアの腕を掴む。
「ティアさん!なんなんですぅ?!あの子!何者なのですぅ?!」
ティアは興奮するコハクに、まだ整理しきれない情報の中から、冷静に答える。
「わ…判らない……。さっきコハクに説明した事以外、私はなにも……」
しかし、コハクの興奮は収まらない。
「凄い凄い!これ!早くギルド長に報告しなきゃ!!」
コハクは、響夜の超常的な力を前に、興奮と驚きが入り混じり、大はしゃぎする。
そう叫んだコハクは、あっという間にその場を飛び出し、ギルド本部へ向かって駆け去って行った。
響夜は、その勢いに目を丸くし、倒れている上級モンスターをまた見返す。
まだ状況が飲み込めてない様子。
傍らにそっと駆け寄ってきたティアが、辿々《たどたど》しい雰囲気で響夜に尋ねる。
「あ、あの…キョウヤさん…お怪我は…ありませんか…?」
ティアの声のトーンと、どこかおずおずとした視線に、響夜は内心で青ざめていく。
(待って…なにこの状況。俺…なんかヤバいこと……した…?!)
不安になった響夜は、思わず口にする。
「もしかして俺…やっちゃいけないこと……しました?」
その問いかけに、ティアはきょとんと目を丸くする。
そして、その瞬間、彼女の全身を覆っていた緊張感が解け、くすくすと笑い出す。
響夜は訳が分からずおろおろする。
ティアは笑いを収めると、そっと響夜の手を両手で優しく包み込み、美しい眼差しで真っ直ぐに見詰める。
「大丈夫よ、キョウヤさん。 さっきは驚いてしまったけど……」
ティアは、響夜を安心させるように穏やかな口調で続ける。
「ありがとう、キョウヤさん。街を救ってくれて」
ティアは優しく響夜の手を引いた。
「戻りましょう、ギルド本部に。この事を報告しないとね」
響夜はまだ訳が分からず、ティアに手を引かれながら歩き出す。