第39話:狂愛の吸血姫、甘美な主従関係。
響夜が足を踏み入れたのは、岩と木の根が複雑に混在した洞穴だった。
奥へ進むにつれて、微かな蛍の光が、まるで道標のように舞っている。
更に進むと、背後から突然、温かい重みが飛び付いてきた。
響夜は、もう気配で誰であるか判っていたので、敢えて避けることなくその抱擁を受け止める。
「マスター♡」
やはり、リゼッタだった。
彼女の首元には、響夜が贈った黒曜石のチョーカーがしっかりと光っている。
「似合ってるよ、リゼッタ」
響夜の言葉に、リゼッタは体全体で彼を抱き締め、頬を擦り寄せた。
「マスターあぁぁん!!♡」
その甘えっぷりに、響夜は少し笑みをこぼした。
「……全く。初めて会った時と全然違うね」
そう言い、響夜はリゼッタを抱きかかえながら、太い木の根に腰を下ろす。
すると、リゼッタは人差し指で響夜の唇をそっと塞いだ。
「それは言わないで、マスター。私だって、あの時の私をぶん殴ってやりたい気分なんだから! こんなにも至高なる御方に、あんな不遜な態度……!」
大袈裟なジェスチャーで嘆くリゼッタに、響夜は苦笑する。
「……ねえ、リゼッタ。『マスター』っての、やめない?」
「それは譲れません! マスターはマスターなんだから!」
「……あ、そう…」
響夜は完全に諦めた。
この話題は、何度話しても平行線であることを悟った。
「それよりマスター! このチョーカー、凄く馴染むし、温かい……まるで、マスターが傍にいるみたいな感じがする!」
瞳を輝かせながら語るリゼッタに、響夜はつい本音を漏らす。
「大袈裟だよ」
「大袈裟じゃない! マスターの力を感じるもん!」
リゼッタの言葉に、響夜はチョーカーに施した魔法を説明した。
「『血流加速』。能力を一時的に増幅させる魔法を付与したんだよ。体内の魔力や血流を活性化させて、速度と攻撃力を瞬間的に高める効果がある。君が「狂気」を増した際に、俺の血の力をより効率的に引き出せる」
「それって……戦闘中でもマスターを感じる事が出来るって事?!」
リゼッタの瞳が、さらに興奮したように輝く。
響夜は思わず引き攣った笑みを浮かべた。
「……なんか…解釈が違う気が…」
響夜の言葉を最後まで聞かず、リゼッタは再び勢いよく響夜を抱き締めた。
「…嬉しい。この身、この心……総ては、貴方様のものです。マスター!」
「……改めて。…これからもよろしく、リゼッタ」
響夜は、その小さな頭を優しく撫でた。
リゼッタが心から響夜に信頼を寄せているのが伝わってくる。
「マスター。……喉、渇いた」
突然の言葉に、響夜は少し驚いた。
「えっ…?! 今?」
「マスターの血が……欲しい」
リゼッタは上目遣いで訴えかける。
響夜は一つ息を吐き、観念したように頷いた。
「はぁ…。……いいよ」
許しを得た途端、リゼッタは素早く響夜の襟元を引き下げ、白い首筋に迷いなく噛み付いた。
響夜は静かに目を閉じ、微弱に流れる甘い享楽に耐える。
暖かくて甘い響夜の血が、体内に染み渡っていくのを感じるリゼッタ。
洞窟内に、小さく啜る水音が響く。
「……偉く控えめだね。今日は」
飲み終えたリゼッタは、未練がましく更に響夜の首筋に残った血をぺろりと舐め取った。
「……ッ…」
その甘い刺激に、響夜は小さく息を呑む。
「……ふふ。たまには…ね。ご馳走様♡ マスター」
満足げな表情のリゼッタは、再び響夜に密着し、離れようとしない。
「あーあ…もっとマスターといたいのに……」
名残惜しそうに呟くリゼッタに、響夜はそっとその唇に付いた僅かな血を、指で拭き取り、舐め取った。
「…ッ?!」
突然の響夜の行動に、リゼッタの瞳が大きく見開かれた。
顔がみるみる赤く染まり、その場に固まるリゼッタ。
響夜は不敵に微笑みながら
「また後で。リゼッタ」
そう言って、優しくリゼッタを下ろし、軽く手を振りながらその場を立ち去った。
リゼッタは、去りゆく響夜の後ろ姿を、ただ見つめ続けた。
そして腰を抜かし、暫くしてゾクゾクと何かが込み上がるような感覚が走る。
両手で自身を抱き締め、悶絶するリゼッタ。
(ああ…!!マスター!マイマスター! 貴方こそが、私の……私にとって唯一にして至高なる御方!! この身も心も…総て貴方様のものです!マスター!!)
狂愛する主の余韻に、深く浸るリゼッタだった。




