第3話:旧王都ルアール、そして冒険者への道。
翌朝。
ティアは響夜を連れて森を抜ける。
道は開け、歩きやすく、しかし雑に整備された道があった。
広大な大地。
更に遠くを見ると、壁に覆われている街がみえる。
「もう見えるでしょ?本当なら直ぐに戻れたけどね。夜も遅かったし。暗い中、無理に帰るより、明るくなってから移動する方がいいと思ったの」
「あ……。ごめんなさい。俺のせいで、帰るタイミング逃してたんですね」
「ああ…っ!違うの!そう言う意味じゃなくて………ふふっ。もう少し歩くけど、大丈夫?」
「はい……大丈夫です」
ティアは、昨夜の会話で彼の誠実さを知り、最初の警戒心はもう殆どなくなっていた。
二人はゆっくりと会話しながら歩く。
(………周りの景色。そして、ティアに教えてもらったこの世界の理や常識……。話してて判った。これは……マジの本当に異世界転移……)
響夜は頭を抱えたくなる状態ではあったが、足は進む。
「着いたわ」
門番に許可証を見せ、重々しい門がゆっくり開く。
そこは、中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並み。
様々な種族の人々が行き交い、活気ある声が響いている。
「この街は『旧王都ルアール』よ。ここから、少し先には『聖なる森』って言う森があって……」
ティアは振り返り、響夜のボロボロの服と、どこか場違いな彼の様子を見た。
「うーん。キョウヤさんは、職と宿を探さないといけないわね」
「すみません……」
「ふふっ…キョウヤさん、謝ってばっかり。そうね……手っ取り早くお金を稼ぐなら、冒険者ギルドに登録するといいわ。案内するね。私も報告しないといけないし」
響夜はティアの提案に申し訳なさそうに頷いた。
でも___……
ティアの優しさに触れ、響夜の心に僅かな温かさが宿った。
現世での孤独な生活からは想像もつかないような他者との繋がりに、彼は新鮮な喜びを僅かながら感じていた。
ティアに連れられ、響夜は街の中心部にある冒険者ギルドの本部へと足を踏み入れた。
石造りの重厚な扉を開けると、中は冒険者たちの熱気で満ちていた。
壁には様々な依頼が張り出され、酒場のようなカウンターでは、屈強な男たちが酒を酌み交わしている。
「ここがギルド本部よ。受付で登録出来るわ」
ティアの言葉に従い、響夜は受付カウンターへと向かった。
そこには、猫の耳と尻尾を持つ、可愛らしい獣人の受付嬢が座っていた。
彼女はにこやかに響夜を迎える。
「いらっしゃいませぇ!冒険者登録をご希望ですかぁ?」
響夜は、元気いっぱいの獣人娘に気圧されながらも、自分の希望を告げる。
「あ…はい。…あの、実は記憶がなく、名前しか覚えていないのですが……登録は可能でしょうか?」
事前にティアにも伝えていた『記憶喪失』という事も忘れず告げる。
「ええ、問題ありませんよー。では、お名前は?」
響夜は『キョウヤ』と答え、書類にサインした。
「ではキョウヤさん!軽く身体能力のテストを受けて貰いますねー!」
「えっ…?えっと……」
「大丈夫!大丈夫ぅ!あ、私の事は気楽に『コハク』って呼んでね♪」
緊張してるであろう響夜を落ち着かせるように、コハクは明るく振る舞う。
「あ、ティアさん。依頼、ご苦労さまぁ!彼の冒険者としての成長、楽しみだねえ!」
「もう…コハクったら。まだ最初なんだから、キョウヤさんにプレッシャーかけないの」
「えっへへー♪」
二人はどうやら親しい仲のようで、楽しそうに会話をする。
響夜はその様子を見て、少し微笑ましく思った。
「じゃ!キョウヤさん!測定室に行こう!」
コハクは躊躇いなく響夜の手を取り、楽しそうに案内を始めた。
身体能力測定開始から30分後__。
信じられない測定結果に、コハクは目を丸くしていた。
「ええぇ…?!!こ、これは……え、えええっ?!」
測定室から戻ってきたコハクの顔は、先ほどの明るさが消え失せ、驚愕と混乱で真っ青になっていた。
彼女の手には、信じられない数値が走り書きされた木製のボードが握られている。
(え、こんなに簡単でいいの…?)
響夜自身は、言われた通りに体を動かしただけだった。
跳躍、腕力、素早さ。
どれも学校での身体測定程度に体を動かしたつもりだった。
その異様な光景に、周囲で見ていた冒険者たちからも小さなどよめきがこだまする。
彼の黒髪と、この世界では珍しい整った容姿も相まって、ギルド内の視線が響夜に集中する。
「しっ…失礼いたしました!キョウヤさん!とっ……取り敢えず登録は…無事に完了です! これが、ギルドタグです。この後、ギルドの講義がありますので、説明は後ほど改めて……」
コハクはチャリ…と、軽い金属音をならし、カウンターにギルドタグを置く。
ドッグタグの様なそれは、古代文字のような紋様が刻まれた金属の板だった。
小さな穴にチェーンが通され、これを首にかけるのだという。
それはこの世界の冒険者が身につける、身分を示すタグなのだろう。
響夜は埋め込まれた『石』に目が行く。
「それが、キョウヤさんのギルドタグですよー! ランクは、埋め込まれた石の色で判別できます。最初は『銅』の『Dランク』からですね! Dランクは主にチームを組んでモンスター討伐を許可されたり、薬草採取や雑務なんかのお仕事がメインになります」
コハクはそう説明しながら、響夜の首元にタグをかけてくれた。ひんやりとしたプレートが肌に触れる。
「ありがとう、コハクさん」
「コハクで、いいよ!キョウヤさん!」
手早くギルドタグを受け取る。
そして、響夜は辺りを見回した。
「まだ時間はあるんですよね?…あの少しだけ街を散策してもいいですか?」
「いいですよ! 講義は1時間後です。 ごゆっくり散策して下さい!」
「ありがとうございます」
響夜は許可をもらうと、足早にギルドを出た。
コハクは、そんな響夜の背中に向かって手を振った。
(うん…!能力測定の時はびっくりしたけど……全然、いい雰囲気の子だねー!能力値は高いから……もしかしたら、けっこー期待の新人さんだったり?!……どんな冒険者に育つか、楽しみだなぁ♪)
* * *
気ままに足を進め、東の商店街に訪れた響夜。
目に映るのは、現代風の建物とは全く違う、石造りの家々や様々な種族が行き交う異世界の街並み。
衛兵が立ち、露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。
響夜は、自分が本当に物語の世界に来たのだという事実に胸を躍らせ、楽しそうに街を散策し始めた。
その表情は、現代での寂しい生活からは想像もつかないほど輝いていた。