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第34話:湯けむりの誘惑、仲間たちの企み。

 この洞窟鉱山都市(どうくつこうざんとし)イーストブルグの地下深く。

 坑道(こうどう)拡張(かくちょう)工事中に偶然発見されたその天然温泉は、激戦を終えた冒険者は勿論、地元民の間で有名で、ちょっとした観光地にもなっている。

 今回は特殊な事情もあり、地元民だけしか利用していない。


 響夜(きょうや)たちは、武具の最終調整を終え、ようやく一息ついたところだった。

 ラジアナが嬉々として、その温泉の存在を響夜に教えてくれたのは、ちょうど夕食時、宿での広間での事だった。


「なあ、キョウヤ! この街の地下にさ、すっごくいい温泉があるんだ! 行こうよ、みんなで!」


 キラキラした瞳で誘うラジアナに、コハクも


「はい! ギルド内でも、効能がとてもいいと言う話題で超人気のスポットになっていますぅ!…うう!私としたことが…うっかりお教えするのを忘れていましたぁ!」


 拳を握りながら悔しがるコハク。

 ティアもリアーナも、どこか期待に満ちた表情をしていた。

 しかし、響夜は


「温泉か……」


 と呟きながらも、どこか浮かない顔をしている。

 …が、リゼッタは全く逆の反応を見せた。


「…それは、『混浴』…なんだろうな?」


 リゼッタの期待に満ちた問いに、ラジアナはあっけらかんと答えた。


「当たり前だろ? 温泉なんだから、みんなで入るのが一番楽しいだろ?!」


 その言葉を聞いた瞬間、響夜の顔がさっと青ざめた。


(む、無理だ! 絶対に無理だ!!)


 響夜は即座に首を横に振る。


「お……、俺は君たちの後に入るから!みんなは、ゆっくり入っておいでよ!…ねっ?」


 元々女性であるという記憶を持つ響夜にとって、かなり複雑な心境ではあるが、流石に混浴なんて……こればかりは絶対超えてはならない禁断の一線だ。

 ましてや、大切な仲間とはいえ、女性ばかりのこの場で混浴など……。

 真面目でお人好しな響夜は、(かたく)なに一緒に入ることを拒んだ。

 そんな響夜の様子を、彼女たちは互いに顔を見合わせて、にやりと笑みを交わす。

 特にリゼッタは、意味ありげにニタリと(わら)い、背後からわざとらしく体を擦り付け、響夜を抱きしめ、妖しく耳元で囁く。


「なんだ…キョウヤ?照れてるのか? ほぼ毎晩、私に血を吸わせてくれているのに、今更隠す事なんか……」

「あらリゼッタ? あれほどキョウヤの寝込みを襲うなと、念を押したわよねぇ?」

「ひ…ッ」


 リアーナの威圧。

 そして、うっかり口を滑らせてしまったリゼッタは、小さく悲鳴を上げ、そして響夜の後ろで隠れる。

 響夜は溜め息を吐いて、もう一度念押しするように言った。


「……俺の事は本当に気にしなくていいから、みんな。先に入っておいでよ」


 残念そうな顔をする面々、傍らで何やら企む不穏な空気も混ざる。


「うーん…。ちょっと残念だけど、仕方ないわね…」


 と、リアーナが提案する。


「じゃあ、キョウヤのお言葉に甘えて、私達が先に入るわね。一時間後ぐらいに来てくれたら、私たちは出てるわ」


 ラジアナが残念そうに「えー…」と言うが、リアーナはそっと人差し指で口を塞ぎ、ウインクをする。


「…それなら。うん、ありがとう、リアーナさん」


 素直に喜ぶ響夜に、リアーナはにこにこと、リゼッタは内心で小さくガッツポーズを取っていた。

 ティアとコハクは、頬を赤く染めながら、両手で顔を(おお)っていた。


 一時間後。


 響夜(きょうや)は言われた通りに温泉へ向かった。

 湯けむりが立ち込める中、静かに湯船へ足を踏み入れる。


「ふぅ……温泉なんて久しぶりだな…」


 温かい湯が全身を包み込み、疲労がゆっくりと溶けていく。

 これまでの激戦で張り詰めていた体が、芯から解き放たれるようだった。

 響夜は目を閉じ、湯に身を任せる。

 その時、彼の耳に、背後から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。

 そして、勢い良く扉が開き、何かが飛び出してきた。


「マスター!!」

「…ッ?!」


 容赦無く背中に抱きついてくるリゼッタ。


「あっははは!キョウヤ!来たぜ!」


 ラジアナの屈託のない声。


「きき……キョウヤさん……おお…お疲れ様です…」


 恥ずかしそうにするコハクの優しい声。


「しっ……失礼しま…て!リゼッタ!キョウヤから離れなさいよ!」


 ティアの叫ぶ声。


「……ふふ、やっぱり丁度良かったわね」


 リアーナの、全てを見通したような含みのある微笑み。


(はっ…!)


 響夜(きょうや)は、湯けむりの向こうに立つ、ぼんやりとした人影が目に飛び込む。

 湯気が晴れるにつれて、そこにいるのが他でもない、「後から入る」と言ったはずの彼女たち全員であることを認識する。


(はめられたーーーーーー!!)


 響夜の心の絶叫が、虚しく脳内に木霊する。

 彼女たちは、それぞれの笑みを浮かべ、湯船へと足を踏み入れるのだった。

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