第25話:闇夜に蠢く脅威、新たな戦いの火蓋。
洞窟鉱山都市の奥深く、響夜がドワーフの鍛冶師たちと共に、彼の新たな武具の調整に打ち込んでいた、まさにその時だった。
突如として、都市の心臓部にある警報音が鳴り響いた。
それは、遥か彼方から猛烈な勢いで迫る魔族の気配を、リアーナの『守護の力(結界)』が捉えた証だった。
「警戒態勢! 全員、持ち場につけぇ!」
ドワーフの指揮をするラジアナの義父。
都市全体が、まるで巨大な一つの生命体のように瞬時に反応を見せた。
重厚な盾を構え、磨き上げられた斧を手に取るドワーフたち。
彼らは迷いなく堅固な防御陣を敷き、その足元は微動だにしない。
一方、煌めく鱗を揺らす竜族の戦士たちは、すでに臨戦態勢へと移行していた。
彼らの統率された動き、そして迷いのない決断力に、響夜は純粋な関心を抱いた。
ラジアナは、そっと響夜のそばに寄り、耳打ちする。
「ウチのとーちゃん。これでも一応、ドワーフの代表みたいな立場なんだ。 この街は、王都みたいな王様はいないけど、とーちゃんを中心に、幹部会があるんだよ」
「成程…」
統率が取れている理由が判った。
皆、協力的で、優しく許容する度量があるのだと感じた。
「皆、落ち着いて! 慌てないで!」
リアーナが広場の中心で、結界の維持に努めながら、非戦闘員に対し、声を張り上げる。
女、子供、老人はみんな落ち着いてしっかりと指示に耳を傾け、冷静に避難していく。
リアーナはその様子を見て安心はしたが、わずかな焦燥が滲んでいた。
彼女の碧い瞳が、はるか上空の夜空を見つめる。
「明後日……いえ、この気配からすると……明日の夜には到達するわね。厄介なことになったわ」
「そんなに早くですか?!」
隣で通信用の『魔導具』を構えていたコハクが、不安げな声を上げた。
街に被害が及ぶことを避けるため、彼らは迅速に作戦を決定した。
この都市の入り口から十数キロ離れた広大な『オルデン平野』を戦場と定め、そこで魔族を迎え撃つ準備を始める。
リアーナは街全体を覆うように結界を張り、守りを固める。
コハクは万が一に備え、ドワーフ製の独自の通信用魔導具を肌身離さず持ち、ギルド長にいつでも連絡が取れるように待機する役割を担った。
そして、響夜、ティア、リゼッタ、ラジアナを含む約1500人の竜族とドワーフの大隊が、前線へと向かうことになった。
「悪いね、あんちゃん。客人を巻き込む形になっちまってよぉ」
「いえ、ここの皆さんにはお世話になってますから、俺なんかがお役に立てればなによりです」
響夜はドワーフの部隊長に軽く頭を下げる。
「さて、と……まずは敵の規模を知るのが先決だな」
リゼッタはニヤリと笑うと、彼女の影から漆黒の眷族が、数匹飛び出してきた。
予め先遣隊として夜の平野へと送り出していた眷族たち。
彼らが、持ち帰った情報には、厳しい戦いへと誘うものだった。
「中級魔族が三体……後方に上級モンスターが一体。それに前方に低級魔族がざっと三千ってとこだな」
リゼッタの報告に、一瞬だけ緊張が走る。
「判った。 後方は俺が行くよ。絶対街には通さない」
響夜が迷いなく言い放つ。
彼の視線は、すでに遠い平野の先に固定されていた。
「じゃあ、中級魔族の相手は私たちが!」
ティアが一歩前に立ち、宣言する
ラジアナは、やる気満々な勢いで、ぱしん!と両手を打ち、準備運動を始める。
リゼッタは、ニヤリと笑い、舌舐めずりをする。
「フフフ…。ちょうどいい。 マスターから貰ったこの『力』を試す良い機会だ」
残りの竜族とドワーフたちは、圧倒的多数の低級魔族を食い止める手筈となった。
竜族は元来が戦闘種族であり、さらにドワーフ製の堅牢な武器や防具を装備しているため、低級魔族相手ならばまず問題はない。
しかし、ティア、リゼッタ、そしてラジアナにとっては、これまでの戦いとは一線を画す、困難な戦いが予想された。
彼らの視線の先には、闇夜に蠢くおびただしい数の魔族の群れが、刻一刻と迫っていた。
* * *
期日。
各自配置された部隊と、メンバーに緊張感が増す。
視界に低級魔族が押し寄せてくるのが視えた。
「放てぇーーーー!!!」
ドワーフの部隊長が怒号を上げ、一斉に大砲が放たれた。
それを合図とし、ティア、リゼッタは、竜に変身したラジアナの背に乗り、敵陣に向かう。
一方で響夜は、『加速魔法』で敵陣の端に斬り込み、なるべく目立たない様に交わしながら本陣を目指す。
ラジアナは、すぐに攻撃を察して避けた。
「何?!」
そこに浮遊している影は、ダークエルフの女性だった。
月の光を背後に、黒い装束で身を包み、槍を構え、突進してくる。
「おっと!」
ラジアナは更に避ける。
「邪魔だな、一気に片付けてやる!」
リゼッタが、指を噛み、血の剣を出したその時、ティアが制止する。
「なに?」
「私が、相手をする」
「なに言ってんだ?三人で協力すれば……」
「コイツが足止めだとしたら、他の二人の中級魔族が街に向かってしまう。だから…!」
「……!」
リゼッタとラジアナは、ハッとする。
そしてまた、背後から攻撃が来る。
「ちょっと!今度は何?」
巨体が印象的な『ジャイアント・オーガ』。
そして、アンデットの魔族が、行く手を阻む。
リゼッタは、カッと目を見開き、そして、不敵な笑みを浮かべる。
「……ラジアナ。私はあのアンデットを殺る。アンタはオーガをお願い」
「……お、…おう!」
ラジアナは、リゼッタの様子を見て、少したじろいだが、言う通りに従う。
ティアは、ダークエルフの相手を。
リゼッタはアンデット。
そして、ラジアナはジャイアント・オーガ。
それぞれの戦いの火蓋が切られた。




