第21話:束の間の平穏、新たな風の予感。
独りで何の気なしに歩き、少しだけ気持ちが落ち着いた響夜。
そうこうしているうちに森が開け、月光が差し込む小さな滝を見つけた。
水が岩肌を滑り落ち、水面でキラキラと輝いている。
その滝の音に混じって、カンカンと軽快な金槌の音が響いていた。
音のする方へ目を向けると、滝のそばの崖にある岩場に、何かを採取している人物がいる。
不意にその人物と目が合った。
響夜は、一瞬言葉に詰まり固まったが、向こうから陽気に挨拶してきた。
「やあ!君ぃ!こんばんはぁ!!」
元気に手を振るのは、健康的な褐色肌に、尖ったエルフのような耳、そして美しい金色の瞳を持つ少女だった。
Tシャツに、少し大きめのサイズのオーバーオールを着用し、その腰には、沢山の小道具が装備されている。
金槌から彫刻道具、小さなサバイバルナイフやピッケル。
活発そうな少女は、まるで何かの職人のような出で立ちをしていた。
「こ…、こんばんは…。ここで、なにしてるんですか…?」
響夜の少し元気のない問いかけだったが、少女は全く気にしていない様子で満面の笑みを浮かべ、快活に答える。
「ああ!これだよ、これ!」
少女は、今採取したであろう、緑色に光る石を響夜に見せる。
光を受けて煌めくその原石は、まるで完成された宝飾品のように美しかった。
「綺麗ですね…」
吸い込まれるような光に、響夜の素直に感想を言った。
そんな言葉に、少女は誇らしげに胸を張る。
「だろっ?…これは指輪かブローチにして魔法を付与すれば、かなり良い『魔導具』になりそうだな!」
「『魔導具』?」
初めて聞く言葉に、響夜は首を傾げる。
「知らないのか?付与魔法が施された道具や装飾品だ!日用品は勿論、武具の『魔導具』もあるぞ!」
「そう…なんですね。凄いな…」
「おおっ!興味あるかぁ?なんなら家に来るか?歓迎するぞぉ?」
少女の誘いに、響夜は一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに複雑な表情になった。
「……あ…」
ふと、リアーナに言われた言葉が頭に過る。
『次また勝手に私の守護の範囲外に出たら、お仕置きだからね』
「えと…ごめんなさい。その……」
浮かんだのは、母親のように憤慨するリアーナの顔。
それが脳裏に過って、言葉に詰まっていると、少女はいきなり楽しそうに笑い出した。
「はっはっは!かあちゃんに叱られるか?ま、夜も遅いしなー」
「すみません…」
苦笑いを浮かべる響夜の姿に、少女はにこやかに続ける。
「まあ、僕ん家は遠いしなー!こっから山三つ越えたトコにあるんだよー」
「えっ?!凄く遠いですね!どうやって来たんです?!」
「ああ…!それは……」
少女が話を続けようとした、その時だった。
「キョウヤ!」
遠くから響夜を呼ぶ声が聞こえる。
少女は、その声に気付くと、パッと顔を上げて楽しそうに笑った。
「おっ!迎えが来たみたいだな。じゃ、またなー!」
少女は嵐のように、風を切って走り去って行った。
「元気な人だなぁ…」
その小さな背中が見えなくなるまで見守りながら、響夜はぽつりと呟いた。
「キョウヤ!」
駆け寄ってきたのは、息を切らしたティアだった。
「…ティア。どうかしたの?」
「『どうかしたの?』…じゃないわよ!また急にいなくなったから、心配して探したのよ!」
「あ…、えーと……ごめん…」
ティアは、頬を膨らませ、不満そうにしながらも、響夜の無事な姿に安堵の表情を見せる。
そして、きょろきょろと辺りを見回し、首を傾げた。
「……さっきまで誰かと一緒に居なかった?」
その時、頭上から漆黒の影が舞い降りてくる。
「マスターァァァ!!!」
勢い良く響夜に抱きつき、そのまま地面に押し倒したのは、リゼッタだった。
「いっ……て…」
「ちょっと、吸血鬼!キョウヤはまだ怪我してるのに!無茶しないでよッ!」
ティアの甲高い声に、リゼッタは響夜の胸に顔を埋めてスリスリしながら、不満そうに返す。
「うっさい!マスターは私のものだ!」
「ちょっと…!」
「だ……大丈夫だよ、ティア。もう治りかけてるし…」
響夜は、困ったように微笑む。
そんな彼の緩い態度に、ティアはまた頬を膨らませた。
「キョウヤは甘いッ!」
怒鳴りつけるティア。
リゼッタは、そんなティアを見て更に煽る。
「悔しいなら真似してみろよー」
そう言いながら、リゼッタは更に響夜を抱き寄せ、密着し、得意げにティアを挑発する。
ティアは口を尖らせて、悔しそうに俯いた。
だが、次の瞬間には顔を上げ、決意したように響夜に抱きついた。
「なっ…?!」
予想外のティアの行動に、リゼッタは驚きに目を見開く。
だが、すぐに怒りを顕わにした。
「てめぇ!なにやってんだ!私のマスターに触るな!」
「あなたが挑発したんでしょ!」
「………ふっ…」
二人に押し倒されされ、その言い争いを間近で見ながら、響夜は思わず笑みがこぼれる。
「…二人とも。…あんまり喧嘩したら、またリアーナさんに怒られるよ?」
響夜のその言葉に、二人はピタリと黙り込んだ。
そんな様子を、リアーナと瑠華、そしてカインズは、少し離れた場所から温かい眼差しで見守っていた。
「ふふ…。どうやら、取り越し苦労だったようじゃな」
瑠華は穏やかに微笑み、リアーナは静かに頷く。
「そう…ですね」
「……」
カインズもまた、何も言わず安堵したように響夜たちを見つめている。
仲間たちの温かさに触れ、改めて何が大切なのか見直すことが出来た響夜だった。
* * *
翌日の正午前。
瑠華とカインズはルアールへ戻った。
その日、響夜たちは、穏やかに過ごした。
そして、その夜。
みんなが寝静まったのち、響夜はまた独り、いつもの桟橋で星が瞬く夜空を見上げていた。
その小さな背中には、以前のような淋しさは、少しだけ消えていた。
リアーナは彼にそっと歩み寄り、声をかける。
そして、彼の心を癒やすために、また例の『あの場所』へと連れて行った。
静かな夜空の下、泉の水面が月明かりを浴びて、静かにきらめく。
響夜は小さな泉のほとりに座り、リアーナが彼の包帯をゆっくり解く。
万一に備えて、また改めて治癒魔法を施すリアーナ。
「うん…傷痕は少し残ったけど、もう大丈夫ね」
彼女の安堵の言葉に、響夜は不意にまた謝罪の言葉を口にする。
「…すみません、リアーナさん。…また気を遣わせてしまって…」
「そう思ってるなら、早く元気になりなさい。心配してるのは私だけじゃないのよ」
「………」
リアーナは響夜の隣にそっと座り、彼の肩に手を置く。
「貴方ならもう、大丈夫よ」
「―…」
響夜は、リアーナのその言葉に、顔を上げる。
「だから…胸を張りなさい」
母親のように、優しく背中を押すリアーナの言葉に、響夜は何か大切なことに気づく。
ああ……
そう言う事か……。
無理をする必要はない。
気負う必要もない。
只々、大切な人たちがしっかり目の前にいるのに、目を背けていたのは……
自分の方だった。
「ここにいるみんなは、貴方の味方よ」
自分がみんなを『想う』ように、他のみんなも自分を『想って』くれている。
今度こそ、その温かさを見失わないように。
改めて、大切なものを再認識する響夜だった。




