第17話:主従の契り、聖なる地に宿る魔族。
ここまで疲弊している響夜を、今まで見たことが無かった。
出血も酷かったが、リアーナが治癒魔法を施し、回復力を促した。
手当てを済ませ、彼を別の部屋で寝かせる。
静かな寝息を立てる彼を確認すると、リアーナは自宅の大広間へリゼッタを通した。
ティアはまだリゼッタへの警戒を解いていなかった。
目の当たりにした状況から、彼女が、響夜を傷付けたと、思わざるを得なかったからだ。
冷たい視線が彼女に突き刺さる。
「……説明出来る?貴女は一体、何者で、彼に何をしたの?」
リアーナが静かに、しかし有無を言わせぬ口調で問いかけた。
リゼッタはふんと鼻を鳴らし、少しばかり頬を膨らませ、ムスッとした表情を見せる。
「ちッ…。私だってわかんないんだよ。取り敢えず全部は話すけどさ、そこの女の視線がウザーい」
「なっ…?!」
ティアが思わず声を荒げたが、リアーナが手で制する。
リゼッタは居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、観念したように溜め息を吐き、口を開いた。
初めは、自身が響夜を『生贄』として攫った事、そこから彼と話していく内に、彼に興味を持ち始めてしまった事。
彼と行動を共にした直後、ガーネスの唐突な攻撃で、自身は気を失っていた為、その間の経緯は知らないが、その後の響夜の状態や自分自身の体の変化で、大体察しはついた。
彼は……
響夜は、自らを顧みず、自分に血を与え、自身の命を助けてくれた事――。
リゼッタは、全てを包み隠さず話した。
「……そう。貴女が『黒の樹海』の『守り人』だったのね。貴女には手を焼かされたわ」
ふう…と、溜め息混じりで吐くリアーナ。
リゼッタはまた口を尖らせ、ふいと顔をそっぽに向けた。
ティアはまだ不審そうな目を向けているが、リアーナの表情は真剣そのものだ。
「……それで、貴女のその体はどうなっているの?」
リアーナが問いかけると、リゼッタは自身の拳を握り、その体内に渦巻く奇妙な感覚について語り始めた。
「判らない。キョウヤから血を貰ってから、なんか体が変なんだ。妙に温かいし、力が漲る感じがする……って、なんでこんな事まで話さなきゃいけないんだッ?!」
途中から語気を荒げるリゼッタだが、リアーナは冷静だった。
彼女はすぐに理解したのだ。
「…恐らく…彼の血が、貴女を浄化した、とでも言うべきかしら。魔族がこの聖なる地に足を踏み入れることは、本来ならば不可能。私の守護がそれを許すはずはないもの。でも、貴女はこうして普通にここにいる……彼の血が、貴女を『聖なる力』に適応させた、ということね」
リアーナの言葉に、ティアが驚きの声を上げる。
「まさか…!魔族がエルフの聖なる力に耐性?!そんな事ってあるの?!」
リゼッタも驚きを隠せず、ずっと自身の手を眺める。
「…私が…? でも、そんな事……」
魔族として『聖なる力』が不利な属性だった彼女にとって、それはまさに目から鱗の事実だった。
更には、響夜の血を飲むことで一時的に総ての能力が向上する力まで得たのだ。
リゼッタは、開いていた手をギュッと握る。
「……だけど、これだけははっきり言える。私はもうキョウヤを…絶対に裏切らない…!」
まるで誓いを立てるように、握った拳を胸に当てるリゼッタ。
彼女の目は、もう魔族の『それ』ではない。
只々、主人に忠実に支える者としての輝きそのものだった。
響夜に命を救われただけでなく、自身の反属性を克服し、新たな力を与えられたことに、心からの感謝と絶対的な忠誠を、改めて誓うリゼッタだった。
森の脅威は去った。
しかし、また別の懸念材料が浮上する。
偶然とは云え、真の脅威だった『ガーネス』を、響夜がたった独りで葬ったのだ。
また、新たなる波乱が、少しずつ押し寄せてくる事になるのだった。




