第14話:激動の出会い、悲劇の産声。
ある日の正午。
響夜は見回りとして、独りで『聖なる森』を抜け、北の山脈にある、『黒の樹海』の奥深くを探索していた。
森に何かしらの『違和感』を感じたからだ。
暫く、辺りを散策しながら歩みを進めていた。
その時、急襲を受けた。
気配を察する間もなく、あっという間に捕らえられ、厳重に拘束されてしまう。
* * *
不意に目を覚まし、辺りを見回す響夜。
薄暗い洞窟内に、鉄格子。
そして、壁に背を向けて座っていたが、両手には手枷が。
(なに…?これ?)
響夜は内心で困惑しながらも、あっさりと魔法で拘束を解いてしまった。
そして、鉄格子も『魔法剣』で切り裂き、脱出。
その様子を目撃していた、一人の魔族が目を見開いて驚愕する。
「なっ…なんで…、檻から出てんの?!…て、檻が……壊されてる?!」
聴き慣れない声に、響夜は振り向く。
そこにいたのは、小さな少女だった。
毛先が赤いグラデーションの紫のツインテールに、真紅の瞳。
そして背には蝙蝠の様な翼。
響夜は、全く見覚えのない少女の姿を見て、思わず尋ねる。
「誰?」
少女は少し動揺していたが、直ぐに切り替えて名を名乗る。
「私は『リゼッタ』!この北の山脈の『黒の樹海』を守護する、吸血鬼とサキュバスの血を引く誇り高き魔族だ!」
偉そうに胸を張り、誇らしく自己紹介するリゼッタ。
「さっきはちょーっとびっくりしたけど!逃さないよ!お前は今から『贄』として使うんだからな!」
響夜は目を丸くする。
イマイチ状況が飲み込めず、少し困惑する。
そんな響夜に構わず、リゼッタは艶やかな声で甘く囁きかけ、魅惑的な視線を送る。
「さあ、檻に戻りなさい。そうすれば……『イイコト』してあ・げ・るっ♡」
しかし、響夜の反応は、リゼッタの予想を遥かに裏切るものだった。
「女の子がこんな暗い所で…お姫様ごっこ?親御さんは?」
リゼッタの前にしゃがんで目線を合わせ、頭に優しく手を置く。
「?!」
鈍感な響夜には、リゼッタの誘惑は全く効果がなかった。
(こっ……この男…!『魅惑』が効かないの?! しかも、私の話をまともに聞いてない?!)
頭に乗せられた手を払い除け、戸惑うリゼッタ。
今まで出会ったことのない、予想外で異様なタイプの人間だった。
調子を狂わされていくリゼッタ。
サキュバスとしての魅惑が通じないという事実に、彼女の顔には困惑の色が浮かんだ。
そして、終いには、吸血鬼とサキュバスのハーフという、半分とは言えプライドまでへし折られてしまう。
響夜は状況がよく分からないが、目の前の女の子が困っているように見えたのか、懲りずに直ぐに手を差し伸べながらこう言った。
「取り敢えずここを出よう。家まで送ってあげるから」
「ふ ざ け る な ァァァーー!!!」
リゼッタの叫びが、薄暗い洞窟に虚しく響いた。
自身の『魅惑』が響夜に全く効かないと悟ったリゼッタは、苛立ちを隠せないまま実力行使へと切り替えた。
妖しく黒光りに輝く爪を振り上げ、目にも留まらぬ速さで襲いかかる。
だが、リゼッタの攻撃は、響夜によって鮮やかにいなされ、はじかれ、避けられるばかりだった。
(なんなの?! なんなのよこの男はァァ!!)
攻撃が当たる気配すらなく、苛立ちは募るばかりだ。
リゼッタは次々に『血』の魔法を放ち、影を操り、空間を歪ませるようなトリッキーな動きで響夜を翻弄しようとする。
しかし、その全てが、まるで透明な壁に阻まれているかのように、響夜の身をかすめることもない。
響夜は、ようやく目の前の少女がただの人間の子どもではないことを理解し、攻撃を躱しながらも、穏やかな声で彼女を説得し始めた。
「ねえー。なんで『生贄』がいるのー?」
まるで子供をあやすかのように、飛んでくる攻撃を飄々といなしながら、響夜はリゼッタに質問を投げかける。
「うるさい! それが私の使命だからだ!」
「使命?」
「最深部の『守り人』である、私の使命だ!」
リゼッタは苛立ちを露わにし、更に攻撃の手を強める。
無数の赤黒い矢が響夜目掛けて放たれるが、彼は剣を一閃することなく、その全ての複数攻撃を、まるで虫を払うかのように一気に弾き飛ばした。
「…っ?!」
(なっ…?そんな……!!一瞬で……!)
リゼッタは、自分の放った攻撃がまるで意味をなさないことに、愕然とする。
響夜は、はあ……と、一旦大きく溜め息を吐いた。
「……魔族故の理由があるんだろうけど。…ごめん。やっぱり、人を襲うのはやめない?」
そう言って、響夜は、『魔法剣』を収めた。
全く敵意のない、真剣な眼差しでリゼッタを見つめる。
「君には守りたいものはないの?」
「…ッ!なにを言って…?!」
不意を突かれたかのように、リゼッタの表情に動揺が走った。
「俺にはある。この世界で大切なものがたくさん出来た」
響夜は、森での穏やかな日々を思い浮かべた。
ティア、コハク、リアーナ。
そして、ルアールの街の人達……かけがえのない大切な宝物を得た。
「その大切な人たちと一緒に、静かに暮らしたいだけ」
響夜の言葉は、飾らない純粋な響きを持っていた。
リゼッタは、彼の圧倒的な力と、その純粋さに触れるうちに、次第に響夜に強く惹かれていった。
今まで、人々を攫い、生贄として最深部にある『漆黒扉』に捧げてきた。
たまに生贄のつまみ食いをして怒られた時もあったけれど、それが彼女の全てだった。
だが、目の前の男は、あれだけ自分からの攻撃を受けても全く怒りを向けず、しかもあれだけ強いのに全てを受け流し、反撃すらしてこなかった。
そんな響夜に、リゼッタは今までにない強い興味を抱き、今のこの生活を捨てる決意を固めた。
リゼッタは俯き、諦めたように攻撃を止め、戦意を仕舞う。
「…やっぱり、いい子だった」
響夜が満面な笑みでそう言うと、リゼッタは顔を赤らめながらムスッと拗ねた子供のようにそっぽを向いた。
「かッ……かか勘違いすんなッ…! この地を去るだけだッ!お前に…迷惑かかってるなら……わ…悪かったよ…」
素直になれないリゼッタの言葉だったが、その中に響夜への好意と、今までの自分の行いへの僅かな後悔が滲んでいた。
「ありがとう」
そんなリゼッタの真意は関係なく、響夜は微笑みながら礼を言う。
自分が利用されるだけの存在だと悟ったリゼッタは、この地を去ることを決意する。
「『ゲート』って事は、魔族が出てくる玄関口って事なの?」
響夜はリゼッタに疑問を投げかける。
「ふうーん。お前、意外と頭が良いんだな。…そうだ。人を『贄』とし、この地に魔族を『漆黒扉』から招き入れる。それが私の使命……だったのに…」
「?」
響夜は首を傾げる。
「『ベイリー・スノー』が倒され、『漆黒扉』から召喚した魔族が総て倒された!なんなんだよ〜もう!悔しい!!」
(………あ。原因は彼女だったんだ…)
僅かながら感じ取ってた『違和感』の正体がはっきりしたので、内心響夜はスッキリした気持ちになる。
「なら、壊さないと不味いよね? 放おっておいても、その『漆黒扉』から魔族は出てくるの?」
「ああ、出てくるぞ。『生贄』がなくても、あちら側から野蛮な低級魔族が、人を喰らうために、いくらでも出てくる」
「…たまたまとは言え、乗りかかった船だし。壊しとくか」
あっさり決意する響夜。
そこで、透かさずリゼッタは、破壊に手を貸す事を申し出る。
「わ……私も、手伝ってやる…」
「え?」
「『漆黒扉』の破壊! 手伝うって言ってんだッ! 守り人として張ってる『結界』を解いてやる!ありがたく思え!人間!」
強い口調で言い放つリゼッタだったが、その中に響夜への好意と、今までの自分の行いへの僅かな後悔が滲んでいた。
俯きながらそっぽを向くリゼッタ。
それらの態度も含め、「なんだ。魔族にもこんなに素直な子がいるんだ」…と思い、自然に笑みが溢れる響夜。
「ありがとう。…あ、えーと、名前何だったかな?」
「リゼッタ!!1回で覚えろよ!」
「あはは。ごめんごめん。俺は響夜。よろしくね、リゼッタ」
「キョウヤ…」
噛みしめるように呟くリゼッタ。
胸の奥が熱くなる。
今までに感じたことがない、暖かい何かが、身体中に走る。
最深部に到達した二人。
「あれがそうなの?」
「ああ」
リゼッタはゲートに向かって手を翳し、握り潰す。
すると、『漆黒扉』を覆っていた赤黒いオーラが、ガラスが割れるように消え去る。
「これで簡単に壊せるはずだ」
「判った。ありがとう」
響夜が魔法剣を構え、衝撃波を『漆黒扉』に向かって放った。
ガキィィン!!!
……と、衝撃波は掻き消された。
「!?」
刹那。
響夜の放った衝撃波を掻き消したその力が、すぐ隣にいたリゼッタの体を貫いた。
「……!」
何が起こったのか。
響夜には全く理解出来なかった。
さっきまで隣にいたリゼッタが、勢いよく後ろの壁に叩きつけられ、ぐったりと倒れている。
理解が追いつかず、体が硬直する響夜。
「やれやれ」
『漆黒扉』から凄まじい魔力を放つ存在が姿を現した。
「つまみ食いだけじゃなく、今度は裏切りか。つくづく使えない女だな。リゼッタ」
ぐったりと力無く横たわるリゼッタを目の前に、響夜は握りしめた拳に力が籠もり、血が滴る。




