第12話:望みの報酬、そして聖なる森への旅路。
ギルド長の部屋では、瑠華が柔らかな笑みを浮かべて二人を迎えた。
その隣には、相変わらず冷静な面持ちのカインズが控えている。
「おお!キョウヤ、ティア!待っておったぞ♡」
瑠華が扇で口元を隠しながら、ふふ…と上品に笑う。
「すみません…。お待たせしてしまって…」
響夜が釈明しようとすると、瑠華はひらひらと手を振った。
「良い良い。構いんせんよ。それより、先の討伐での働き、誠に見事であった!我々ギルドとしても、キョウヤには特別に『望みの報酬』を与えたいと考えておるのじゃが」
響夜は驚き、恐縮して遠慮した。
「…いえ!報酬は既に頂いてますし、これ以上は……」
すると、横にいたカインズが、いつになく微かな笑みを浮かべて口を開いた。
「遠慮はいらない。お前の功績は、それだけの価値がある。それに……私もその褒美は、妥当と判断している」
ティアも隣で、期待に満ちた眼差しを響夜に向けている。
その雰囲気に気圧され、響夜は観念したように息を吐いた。
「…では、もし許されるのなら……静かに暮らせる場所で…小さな住居を構えたいな…と、…その……考えていて…」
響夜の素朴な願いに、瑠華は嬉しそうに目を細めた。
「それはまた…慎ましく純粋な願いじゃのう…。お主らしい。…よかろう。お主の願い、叶えんしょう!」
その時、カインズが静かに口を開いた。
「ちょうど良い。先日、『森の守護者』が、お前に会いたいと仰っていた」
響夜が首を傾げると、瑠華がパンと手を叩いた。
「ああ、そうでありんした!ティアもその森に住んでおるし、なにかと都合がいいかもしれんせんね? キョウヤ!その褒美として、森に近い場所に住居を用意しんしょうか!」
トントン拍子な展開に、響夜はまたもや流れに流される形となった。
しかし彼の表情には、微かな期待と、穏やかな生活への憧れが浮かんでいた。
* * *
ギルド長の部屋を出た響夜とティアは、コハクも誘って街へと繰り出した。
目的は、新しい住居で使う日用品や、討伐戦で消耗した装備の補充だった。
ルアールの街は、討伐の成功によって活気を取り戻していた。
通りには多くの人々が行き交い、露店からは威勢の良い声が響く。
響夜は、そんな賑やかな街の雰囲気に少し目を細めた。
「美味しそう! キョウヤ!見てこれ、ルアール名物の果物よ!果実酒にもなるの!」
ティアが興味津々に露店の果物を指差す。
コハクもまた、きょろきょろと周囲を見渡し、目を輝かせている。
三人は他愛もない会話を交わしながら、ゆっくりと街を散策した。
とある道具屋では、響夜が剣の手入れ用品を選んでいると、店の主人が
「この間の魔族討伐、あんたもいたんだろう?本当に助かったよ!」
と感謝の言葉をかけてきた。
響夜は照れくさそうに頭を下げたが、街の人々の温かさに触れ、心が温かくなるのを感じた。
コハクは、色とりどりの布地が並ぶ店で目を輝かせ、ティアは薬草の専門店で珍しい素材を見つけては、その効能について響夜に熱心に語った。
響夜は二人の楽しそうな姿を見ているだけで、穏やかな気持ちになった。
買い物を終える頃には、夕日が西の空を赤く染め始めていた。
「はー……今日は楽しかったですぅ!」
「私も、久しぶりに街を回れて楽しかったわ」
「随分買い込んじゃったね…」
三人は借りてきた一台の馬車に乗り込み、一度ギルド本部の近くにある宿に立ち寄る。
「もう暗くなるわね。一旦宿で休んで、明日に出発しましょう。……でも」
買い込んた荷物を少し困った表情で見るティア。
そこに透かさずコハクが元気に挙手をする。
「はいはいはーい!こんな事もあろうかと!事前に馬車の待機所は確保してありまーす!」
「それなら、荷物は預けられるわね!凄いわコハク!」
「えっへん!……だって、今日は本当に楽しかったですし、多分時間を忘れて丸一日使う事になると思ったんですぅ」
コハクは、新人のギルド受付嬢とは云え、依頼内容のリスクや、事前準備を入念に把握し、しっかりそれを冒険者に伝える仕事をしている。
そんな責任感の強い職にいるためか、このような予測をするのが得意だ。
「凄いな、コハク。なんか、冒険者のパーティーにも欠かせない人材だね」
微笑みながら感心の言葉をコハクに言う響夜。
彼のそんな笑顔を見て、コハクは一気に顔を赤らめる。
「ニャっ?! き…キョウヤさん、それは褒めすぎですぅ…!私は…っ!その…、お役に立てれば……、あのっ…」
しどろもどろになるコハク。
ティアはコハクの両肩をポンと叩き
「ふふ…。今日は宿で休んで、明日森に向かいましょう」
と、切り替えた。
この楽しいやり取りに、響夜は自然と笑みがこぼれる。
すっかり日は沈み、夜の帳が下りる。
* * *
翌朝。
響夜はティア、そして案内役として同行することになったコハクと共に、ルアールの街を出発した。
借りた一台の馬車は、森への道のりをゆっくりと進んでいく。
ギルド長からの命により出張扱いとなったコハクは、いつもより少し緊張した面持ちで手綱を握っていた。
ティアは冒険者の仕事は一時的に休暇を取り、故郷である聖なる森へ帰る形になる。
馬車の揺れに身を任せながら、響夜は隣に座るティアに尋ねた。
「ねえ、ティア。『森の守護者』って、どんな方なの?」
ティアは遠い目をして、どこか懐かしそうに微笑んだ。
「『森の守護者』リアーナはね、私にとって姉のような存在なの。小さい頃から、いつも私の面倒を見てくれて、私が落ち込んだ時には励ましてくれたり……。私がエルフ族なのに魔法が苦手で悩んでいた時も、リアーナがずっと支えてくれた」
ティアの声は、リアーナへの深い愛情と尊敬に満ちていた。
「今も、私が冒険者として活動している間も、あの『聖なる森』の『守り人』として、ずっと森を守っているわ。私は、そんな彼女の力になりたくて、冒険者になったの」
その言葉を聞きながら、響夜はティアの横顔をじっと見つめた。
懸命に努力し、誰かのために力を尽くそうとするティアの姿は、ひたすらに立派で、美しかった。
響夜は胸の奥で、改めてティアという少女の直向きさに感銘を受けていた。




