第9話:白きの戦場と、閃光の剣。
翌日。
雪と岩、木々が織りなす北の山脈は、魔族の不気味な気配で満ちていた。
木々の間を縫うように、時折冷たい風が吹き荒れ、視界を遮る。
「くそっ、見え辛えなァ! お前らァ、隊列を崩すなよ!」
バルドの怒声が、森の中に響く。
討伐隊は幾つかの部隊に分かれて進軍していた。
中級魔族の強力な敵が出現すると、バルドやカインズといったAランク冒険者や、王都から派遣された騎士団が、最前線に躍り出て、その圧倒的な力で対処する。
響夜はカインズの指示により、なるべく後方に配置され、貸し与えられた剣を手に、慎重に周囲の状況を見極めていた。
「お前はここで後方を固めろ。無闇に前線に出るな」
カインズが冷徹な声で指示を出す。
響夜は小さく頷き、貸し与えられた剣を握りしめた。
更に後方では、CランクからDランクの冒険者たちが、連携を取りながら複数の低級魔族を相手にしていた。
ティアもその中にいた。
彼女は「強くなりたい!」という一心で、がむしゃらに剣を振るう。
しかし、一体の中級モンスターの素早い動きに翻弄され、徐々に劣勢に立たされていく。
ティアの剣が弾かれ、体勢を崩したその瞬間、彼女に迫る魔族の爪が光った。
「しまっ……!」
その危機を、響夜は見逃さなかった。
カインズから貸し与えられた剣を抜き放ち、一瞬でティアの死角に入り込む。
魔族の爪がティアに届く寸前、響夜の剣が閃き、魔族の動きを寸断し、隙を作る。
「ティア」
響夜の呼ぶ声に、ティアははっと顔を上げる。
魔族は怯み、その隙にティアは態勢を立て直し、渾身の一撃を叩き込む。
「あ…、ありがとう、キョウヤ!」
ティアが礼を言うと、響夜は少し笑いかけ、踵を返し何事もなかったかのように、周囲の低級魔族を刈り取って行く。
彼のさりげない助力に、ティアは胸の奥で熱いものを感じた。
* * *
戦いは徐々に激しさを増し、前線ではカインズが一体の大型魔族と激闘を繰り広げていた。
彼は精鋭の騎士たちを指揮しながらも、自らも剣を振るい、的確な指示を飛ばす。
しかし、魔族の予想外の連携により、一瞬の隙が生まれる。
カインズの横腹を、別の魔族の鋭い爪が狙った。
「アルファルド様!危ない!」
周囲には、カインズを援護しようと駆け寄る騎士が二名ほどいた。
だが、間に合わない。
その刹那。
響夜の体が思考よりも早く動いた。
カインズの身に危険が迫るのを見た瞬間、彼は躊躇なく、貸し与えられた剣をモンスターに向かって槍投げのように放つ。
剣は突き刺さり、モンスターは悲鳴を上げ、怯んだ。
そして、更に眩い青白い光が響夜の右手に収束し、見慣れた『魔法剣』が空間から現れる。
「っ……!」
響夜は迷わず『魔法剣』を振るい、カインズを襲おうとした魔物を一閃した。
魔物は断末魔の叫びを上げて塵と化す。
「はあ…はあ……危な…。大丈…」
「…お前…!あれほど使うなと……!」
カインズは驚きと咎めるような視線を響夜に向けた。
周囲の騎士たちも、その異質な『剣』と、響夜の行動に目を見開いている。
しかし、響夜は真っ直ぐにカインズを見返し、一切の迷いなく言い切った。
「仲間の命には代えられません!」
その強い言葉と、一切の私欲を感じさせない彼の姿勢に、カインズの瞳に宿っていた警戒の色が消え去り、何も言い返せなかった。
代わりに、静かな、しかし確かな尊敬の念が芽生えた。
「……すみません。生意気言って。でも、これだけは…譲れない」
張り裂けるような声で反論する響夜を見て、カインズは無言で頷く。
「立てますか?」
手を差し伸べる響夜。
自然と手を取るカインズ。
「すまない」
カインズの中で、何か温かい物が湧き出る感じがした。




