南吉の小屋
おそらく、十五年ほど前になるだろう。児童文学作家・新美南吉ゆかりの地、半田で育った私には、一つの奇妙な話がある。
三歳ほどの私と両親は、近所のラーメン屋から手をつないで帰る道すがら、大通りを外れて小道に入っる、すぐにY字路が現れる。左へ行けば我が家、右手には南吉の小屋である。そちらに目をやった瞬間、青い火の霊が、微かに揺らめいていた。恐怖に駆られた私たちは、言葉もなく家へと急いだ。
翌日、その小屋で首吊り死体が見つかった。死亡推定時刻は、まさに私たちが通ったその瞬間――。
……と、正直に言おう。死亡推定時刻がちょうどその時だった、というのは嘘だ。死体が発見されたこともない。青い火の霊も、南吉の小屋も、Y字路も存在しない。小道を入れば、我が家までは真っすぐ一本道だ。
それでも三人の記憶には、確かに残っているのだ。
あのY字路も、小屋も、青い火の霊も――。
この世界には、存在しないのに。