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ゴーストノートを消えていく君に  作者: 上村夏樹
TRACK・2 黒い春を青で塗り潰すような曲
6/28

君のように強くなりたくて

 この二日間、俺は睡眠時間を削って新曲の歌詞を考えた。おかげで寝不足である。


 だが、そのかいもあって納得のいく歌詞が書けたと思う。これなら自信を持って陽葵と由依に見せられそうだ。


 今は放課後の教室。俺は音楽室に向かうべく、席を立った。


「三崎ぃ。そういやお前、まだ俺にベース聞かせてないよなぁ?」


 絡んできたのは大沢だった。ニヤニヤしながら俺のベースを見ている。


「……ベースなんて聞かせても面白くないだろ。地味だし、何の曲を弾いてるかわからないし」

「言い訳すんな。どうせ下手くそだから弾きたくねぇんだろ?」


 こいつ本当に嫌なヤツだな……大沢がどれだけ音楽に精通しているか知らないが、人を馬鹿にするにもほどがある。


 言ってやりたい。俺のベースをなめんなよって。うちのバンドの演奏聞いて、ビビッてウホウホ言うなよ金髪ゴリラって、言い返したい。


 だけど、そんなことして何になるのだろう。


 言い返しても、大沢が俺に逆上するだけだ。そうなったら、クラスのみんなに迷惑がかかる。もしかしたら、殴り合いの喧嘩になるかもしれない。怪我してベースが弾けないなんて事態になったら最悪だ。


 はあ……また言いたいことも言えないのか。情けない。俺はいつ陽葵みたいに強くなれるのだろう。


「三崎。いいから弾けよ。俺様がアドバイスしてやるからよ」


 余計なお世話だ。お前の助言を聞くくらいなら、子ども音楽教室でちびっこに混ざってレッスン受けたほうがマシだわ。


「なんだよ、その反抗的な目は。シカトしてんじゃねぇよ。ああ?」


 大沢が詰め寄り、俺の顔を下から覗き込むようにして睨みつけた。


 ……くっそ。マジで腹立ってきた。


 でも、喧嘩なんてするわけにはいかない。ここは、ぐっと我慢だ。


 怒りをこらえていると、


「おーい!」

「うわっ!」


 慌てて声のしたほうを見ると、いつのまにか隣に陽葵がいた。


 び、びっくりしたぁ……急に大声出すなよ。耳キーンってなるわ。


 突然のことにテンパっていると、陽葵は頬をふくらませた。


「三崎くん、遅いから呼びに来たよ。ほら、早く音楽室いこ?」

「え? あ、ああ……今行くところだ」

「おい。ちょっと待てよ、三崎」


 大沢は俺の肩をがしっと掴んだ。


「俺様を無視して何逃げてんだよ。ああ?」

「いや、俺は……」

「三崎くん。言っちゃえば?」


 俺と大沢の会話に入ってきたのは陽葵だった。穏やかな笑みを浮かべて、俺の肩をぽんと叩く。


「自分の気持ちをぶつけようよ。ファミレスでは言えたじゃん」

「いや、あのときは陽葵しかいなかったし……」

「……私に言ったのは本音じゃなかったの?」

「えっ?」

「弱虫のままでいいのかって意味」


 陽葵に煽られて、胸の奥が燃えるように熱くなる。


 そうだよ。変わりたいって、陽葵に啖呵きったのは俺自身じゃないか。ここで尻込みしてどうする。


 何も言えない自分とは、もうさよならだ。


 俺は肩を掴む大沢の手をおもいっきり払った。バチン、という小気味いい音が教室に響く。


「いてっ! 三崎! テメェ何しやがんだよ!」

「あ? 図に乗んなよ、金髪ゴリラ」


 言った。言ってしまったぞ。


 殴り合いの喧嘩になったらどうしよう。みんなに迷惑がかかる。ほら見ろ。心配そうにこちらを見ているヤツもいるじゃないか。


 嫌なことばかり頭に浮かぶけど、もう逃げない。

 俺は目の前のゴリラをぶちのめす。


「大沢。お前の絡み方ウゼェんだよ」

「なっ、なんだよ。急に強気な態度に出やがって」

「何がベース弾けだ。教室で演奏したらみんなに迷惑かかるだろ。ちっとは空気読めよ、馬鹿ゴリラ」

「馬鹿ゴリッ……なんだと、テメェ!」

「あとお前、俺のこと下手くそって言ったけどなぁ……俺、バチクソ上手ぇから! ゴリラ風情が気軽にリクエストしてんじゃねぇよ! 手土産にバナナ百本用意して出直してこい!」

「あっはっは! たしかにライブに出るくらいだもんね、三崎くんは」


 隣で陽葵が大笑いしている。お前は巻き添えくらうからやめとけっての。


「ライブに……三崎が?」

「そうだよ。今は私率いるバンドのメンバーだけどね」

「ふざけやがって! どうせ仲良しこよしの雑魚バンドだろうが! ライブ出たくらいでイキがってんじゃねぇ!」


 大沢の額にうっすらと血管が浮き出ている。目も血走っていて、今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。


 マズい。このまま喧嘩になったら、俺だけでなく陽葵にも被害が及ぶかもしれない。


 ……そろそろ撤退するか。


 だけど、逃げる前に一つだけ言いたいことがある。


 仲間を侮辱されて黙っているなんて、ロックンローラー失格だからな。


「誰が雑魚バンドだ……お前みたいなゴリラ率いるバンドが、人間様に喧嘩売るなんて千年早いわ! わかったら動物園でドラミングでもしてろ、ゴリ(さわ)ウホ()!」

「こんのっ……三崎ぃぃッ!」


 ゴリ沢、もとい大沢の顔が真っ赤になる。


 ちょ、ヤバいって! なんかすげぇキレてるもん! マジ怖いんですけど!?


 生命の危機を感じた瞬間、自然と頭の中は冷静になっていた。


 ここは、逃げるが勝ちだ。


「陽葵! ずらかるぞ!」


 陽葵の手を握り、二人で走り出す。


「おい! 待て、テメェら!」


 後ろから大沢の怒鳴り声が聞こえるが、待てと言われて待つ間抜けはいない。俺たちは廊下を走り、音楽室を目指した。


「あはははっ! 三崎くん、最っっ高じゃん!」


 走りながら、隣で陽葵が笑う。


「陽葵が煽ったからだぞ! 明日から教室でどう過ごせばいいんだよ!」

「ごめんなさーい! でも、今の気分はどう?」


 ああ? 今の気分?

 そんなの、聞かなくてもわかるだろ。


「すっげぇ清々しいよ……ありがとな、陽葵」

「にししっ。どういたしまして」


 悪ガキみたいに笑う陽葵。


 ……俺、少しは陽葵みたいに強い人になれたのかな?


 なれていたらいいな。


 そんなことを考えながら、音楽室へ向かうのだった。

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