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ゴーストノートを消えていく君に  作者: 上村夏樹
TRACK・2 黒い春を青で塗り潰すような曲
4/13

陰キャベースシスト、作詞を頼まれる

 翌日の放課後。俺はまだ教室にいた。


 今日は陽葵の姿を見ていない。だが、本人から「音楽室に集合ね!」とスマホに連絡があったので、学校には来ているのだろう。


 あんなことがあっても、翌日には登校できるんだな……幽霊病の症状が軽いのか。あるいは陽葵がタフなのか。なんにせよ、彼女が元気なのは喜ばしい。


 これから音楽室でミーティングをすることになっている。俺はベースと学生鞄を持ち、席を立った。


「おい三崎。下手くそがベースの練習か?」


 声をかけてきたのは大沢だった。相変わらず、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべている。


「練習もあるかもだけど、とりえあえずミーティングかな」

「ふぅん。お前まともにベース弾けんの?」

「一応ね」

「はっ。何スカシてんだよ。ほんと、ベースやってるヤツって根暗だよな」


 スカシてないし、根暗なんかじゃ……いや俺は根暗だけど、ベーシストは根暗みたいな風潮は気に入らない。お前の価値観が絶対じゃないんだ。決めつけるなよ。


「……何睨んでんだよ? ああ?」

「別に。何も」

「ちっ。三崎なんかに話しかけて損したぜ」


 吐き捨てるように言って、大沢は教室を出ていった。なんだよ、それ。損したのはこっちだっつーの。


 ……また何も言い返せなかった。


 自己主張して他人と衝突すれば、周囲の人を巻き込んでしまう。俺はそのことをよく知っている。


 例えば、俺が「ふざけんな!」と大沢にキレたとしよう。大沢は俺に殴りかかってくるかもしれない。そうしたら俺は怪我するし、クラスメイトや陽葵たちにも迷惑がかかる。そんな事態は避けるべきだ。


 だからきっと、これでいい。実害がないなら、我慢してやりすごせばいいのだ。


 ……なんていうのは、言い訳だってわかっている。


 本当は俺のこの気持ちをぶつけたい。その自覚があるからこそ、どんなときも自分らしくいられる陽葵に憧れるのだ。


「はぁ……ほんと損した気分だよ」


 嘆息しつつ、教室を出た。


 廊下を進み、階段を下りて、ようやく音楽室の前にやってきた。


 ドアを開けて中に入る。すでに陽葵と由依はいて、楽しそうにおしゃべりしていた。


「おつかれさま、二人とも」


 声をかけながら近づく。


 すると、陽葵が急に立ち上がり、頭を下げた。


「三崎くん! 昨日はごめんなさいっ!」

「うわっ! きゅ、急に大声出すなよ……てか、なんで謝った?」


 尋ねると、陽葵は頭をあげた。眉を八の字にして、申し訳なさそうな顔をしている。


「ほら。私、昨日倒れて迷惑かけちゃったから」

「気にするなって。その……病気、大変なんだろ? 由依から聞いたよ」

「うん。普段は平気だけど、心臓がドキドキしすぎると体調崩しちゃうみたい」

「そっか……無理はするなよ?」

「ありがとう。三崎くん、優しいね」

「べ、べつに。社交辞令だ」

「あ、照れてるー。やっぱり三崎くん可愛い」

「うっせ。ひっぱたくぞ」

「あははっ。ごめんってばー」


 楽しそうに笑う陽葵。

 こんなに明るく元気な子が幽霊病だなんて……本当に嘘みたいな話だよな。


「メンバーもそろったことだし、ミーティングやる?」


 由依がそう提案すると、陽葵が「やるやる! 準備するね!」と嬉しそうに言った。


「ミーティングの準備って……陽葵。いったい何をするつもりなんだ?」

「決まってるでしょ、三崎くん。新曲だよ」

「どういうこと?」

「新曲で私たちの実力を世間に認めさせてやるってこと! エモいよね!」

「全然わかんねぇ……由依。通訳を頼む」

「陽葵ね、今度のオーディション用に新曲を作ったらしいのよ。その曲を私たちに聞かせたいんだって」

「あ、そういうこと」


 さすが親友だ。あれだけの情報でよくわかったな……って、ちょっと待て。


「陽葵。俺の記憶が確かなら、オーディションは二週間後じゃなかった?」

「うん。そだよ」

「既存の曲があれば、そっちにしないか? 今から作っていたら間に合わなくない?」

「間に合わせる……それがロックさ!」

「どこが?」


 計画性のなさをロックの一言で片づけるなよ。


 こいつに何を言っても無駄だ。俺はちらりと由依に視線を向ける。


「頼む、由依。相方を止めてくれ」

「私は陽葵のやりたいこと、やらせてあげたいわ」

「さっすが由依! 話がわかる!」

「いいのよ、陽葵。三崎くんなんかに負けないで」

「よぉし! 打倒、三崎くんだ!」


 きゃっきゃと盛り上がる女子二人。なんという団結力だ。これ以上は「計画を見直せ」なんて言えない……悲しいかな、陰キャぼっちの発言力などこの程度である。


「ああ、もうわかったよ。オーディションは新曲な?」

「いいの!? わーい! じゃあ、早速だけど聞いてもらっていいかな?」


 陽葵は椅子に腰かけ、スマホを手に持った。


「陽葵が作曲できるとは思わなかったよ。ギターでコードとリズムを決めたのか?」


 尋ねると、陽葵は「DTMだよ。もう完成してるんだ」と得意気に応えた。


 DTMとは、デスクトップ・ミュージックのこと。陽葵はコンピューターで作曲をしたようだ。プロでも楽器を弾けない作曲家がいるが、彼らはピアノやギターで作曲はしない。DTMで作曲するのだ。


「それじゃあ、流すよ?」


 陽葵がそう言った直後、音楽が流れる。


 曲調はアップテンポだ。しかし、全体的に暗い雰囲気をまとっており、どこか物悲しさを感じる。途中にベースソロがあるが、渋くてかっこいい。うん。わりと俺好みの楽曲かも。


 曲が終わると、俺と由依はそろって拍手した。


「いい曲ね。仄暗い雰囲気がすごくエモかったわ。ね、三崎くん?」

「ああ。この曲に歌詞が付くのが楽しみだよ」


 俺と由依が盛り上がっていると、陽葵はニヤリと笑みを浮かべた。


 なんだ、あの悪戯でもしてきそうな笑みは……嫌な予感がするんだが?


 怯えていると、陽葵は俺の背中をバシッと叩いた。


「三崎くん!」

「は、はいっ!」

「この曲に歌詞をつけるのは君だよ! 頑張ってね!」

「はっ……はいぃぃぃ!?」


 おいおい! 聞いてないぞ!


「待て、陽葵! どうして俺なんだ!」

「この曲はね、三崎くんをイメージして作った曲なの」

「お、俺を……?」


 陰キャぼっちのイメージソングってどんなだよ……たしかに好みの曲ではあったけど。


「一応、私も歌詞を考えたんだけど、どうしても三崎くんっぽくならないんだよね。私、君みたいに根暗じゃないから」

「根暗で悪かったな」

「ごめん。悪く言うつもりはなかったの。根暗な人が考えること、全然理解できないってことが言いたかったんだ」

「言い直しても悪口では?」


 それとも、俺が捻くれているから悪いほうに受け取ってしまうだけ?


「目には目を。歯には歯を。根暗な曲には根暗な人を……というわけで、この曲の歌詞は三崎くんしか書けないと思うんだ」

「お前のハンムラビ法典、だいぶ失礼じゃない? そもそも、あれは同害報復といってだな……」

「三崎くん。歌詞書ける?」

「話聞けよ。まあ書いたことはあるけど……」

「ほんと? じゃあ、よろしく!」

「待てって。こんないい曲に俺が作詞なんて……」

「三崎くん」


 今まで黙っていた由依が、俺の肩をちょんと突いた。


「お願い。陽葵のワガママに付き合ってあげて?」


 嬉しそうな顔で頼まれてしまった。いくらなんでも、親友に甘すぎるだろ。


「陽葵ね。三崎くんとバンド組めて、舞い上がっているみたいなの」

「根暗な陰キャぼっちと組んでテンション上がることある?」

「君、相変わらず卑屈ね……こほん。理由はともかく、新曲は三崎くんをイメージしたみたいだけど?」

「どういう意味だよ」

「少なくとも、陽葵は君に夢中ってこと。あんなにテンション高い陽葵を見るのはひさしぶりだわ」

「そう……なのか?」


 説明を聞いても、陽葵が俺に歌詞を託す理由はわからなかった。


 ただ、昨日、由依が言っていたこと……「メンバーは俺じゃないと陽葵は納得しない」って言葉は本当なのかもしれない。俺をイメージした曲を作り、歌詞を依頼するくらいだし。


「なあ由依。俺、歌詞なんて何年かぶりに書くし、この曲に見合うフレーズ書けないかもよ?」

「三崎くんが書けなかったら、私は納得する。きっと陽葵も同じ気持ちよ」

「マジか……」

「というか、たぶん書けちゃうと思うわ」


 そう言って、由依は笑った。そんな無責任に背中を押されても困るんだが。


 不安に思っていると、陽葵が俺の手を握った。


「三崎くん。私、ライブハウスで演奏したい。その夢を掴むためには、君の歌詞が必要なの」

「陽葵……」

「お願い。引き受けてくれないかな?」


 陽葵は握った手に力を込めた。


 ……そうだ。約束したじゃないか。


 バンドを続けて、由依と一緒に陽葵の夢を支えるって。


 うじうじと悩んでいる時間が惜しい。時間は限られているんだ。こんなことで足を引っ張っている場合じゃない。


「わかったよ、陽葵。この曲に合う歌詞、考えてみる」

「引き受けてくれるの!?」

「ああ。イマイチでも文句は言うなよ?」

「それは駄目だよ。最高の歌詞しか受け取れない」

「あれ!? なんか話が違うな!?」


 由依の話だと、書けなくても納得してくれるのでは?


 ちらりと由依のほうを見る。露骨に視線をそらされた。策士め。さてはこうなることを知っていたな?


「ありがとね、三崎くん! 君らしい素敵な歌詞、期待してる!」


 陽葵は真夏の向日葵みたいに笑顔を咲かせている。


 俺らしい歌詞か……正直、自信があるわけではない。


 だけど、この三人なら、ものすごい音楽が生まれる……そんな根拠のない自信だけはあった。


「俺に任せておけ。最高の歌詞を考えてくるよ」


 ハイなテンションに任せてそう言うと、女子二人はきゃーきゃーと盛り上がるのだった。

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