7.ど~も~、お買い上げいただいた鍋でーす
エピソード7と8の順番が逆になってしまいました。ごめんなさい。
メモを片手にホームセンターのなかをウロウロしていた私は、お買い得品をのせたワゴンを見つけた。ちょっとした傷があるものとか、パッケージが破れてしまった商品を安く売ってるアレだ。
掘り出し物があるかな?
私はいそいそとワゴンに近寄る。この春に一人暮らしを始めたばかりで、今日は生活必需品を揃えにきたのだけど、できるだけ安く済ませたい。多少の傷なんか気にしないから安く買えるほうがありがたかったのだ。
ワゴンをゴソゴソ漁った私は、すぐにイイモノを見つけた。それは両手に持ち手がついた、可愛らしい赤い鍋だ。本体もフタも厚みがあって重く、いかにも料理上手な人が使うような高級品だ。
可愛い!
私はその鍋に一目ぼれしてしまった。こういうのがひとつあればテンションが上がって自炊も好きになれるかもしれない。値段もかなり安かったから、私は迷わずにそれをカゴに入れた。
「はぁ~疲れたあ」
アパートに帰った私は、荷物とともに狭いワンルームの床に座り込む。そして買い物袋から買い込んだ日用品を取り出す。
「よいしょ!」
最後に赤い重い鍋をつかんだとき、それは言ったのだ。
「ど~も~、お買い上げいただいた鍋でーす!!」
「ひょええええええええ!な、鍋がしゃべったぁあああ!!」
私は腰を抜かした。放り投げた鍋が重い音を響かせて床に落ちる。
「ちょっとお嬢さん、乱暴はやめて下さい。ワタクシはこれでもお高級な鍋なのですよ」
「でっ!?ごっ!ばべ??」
いろいろツッコみたいが怖すぎて言葉にならない。
「そんなに驚かないでくださいよ。しょうがないなぁ、ではお近づきのしるしに一曲歌いましょう!」
鍋は床に転がったまま、「お料理は楽しいなぁ〜」とかなんとか歌いだした。ひどい音痴である。でも、その聞くに堪えない歌を聞いているうちになんだか落ち着いてきた。と言うか、腹が立ってきた。
「うるさい!アンタいったい何なの!?」
「だ~か~らぁ~鍋で~す!」
変な節をつけて鍋が答える。蹴っ飛ばしてやろうかと思ったけど、足の方が痛くなりそうだからやめた。
「知ってるわよ、でも鍋は普通しゃべったり歌ったりしないでしょ!」
「だからワタクシは普通の鍋じゃないんですよ。お嬢さん、お料理は得意ですか?」
「まだ初心者だけど・・・」
これまでは実家にいたし、ご飯は料理上手な母親任せだったのだ。家を出る前に基本的なことは教わってきたけど、母と同じようにできるとは思えない。
「でしょ?ワタクシは料理を教えることができる鍋なんです。私が言うとおりすれば、初心者でもプロ並みの料理ができるようになりますよ」
「マジで?」
「はい、きっとお嬢さんのお役に立ちますから!」
私はその鍋を使うことにした。そして確かに料理指南してくれるようになった・・・のだが。
「ああっ!野菜を入れる順番が違いますってば!」
「いいじゃん、たいして違わないって」
「お嬢さん、何度言えば分かるんです?玉ねぎは飴色になるまで炒めるんですよ」
「え~、時間ないんだもん」
「出汁はちゃんと鰹節から・・・」
「面倒くさいよ」
「お嬢さぁあああん、火を止めてくださーい!ジャガイモが煮崩れしちゃいますぉおおおおお!!」
「やかましいわ!!!」
私はすぐに鍋に愛想をつかした。仕事で疲れて帰ってきたあとに、手間のかかる料理なんか作ってられない。レトルトを温めるのに使うと文句を言うし、煮込んでいるあいだにヘタクソな歌を歌うし、もう我慢の限界だ。
「廃品回収に出されたくなかったら、歌うのはやめなさいよ」
しっかりと梱包した鍋に私はそう声をかける。この鍋を実家へ送ることに決めたのだ。料理上手な母となら仲良くやれるだろう。歌さえ歌わなきゃな。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。