8.ど~も~、娘さんにお買い上げいただいた鍋でーす
エピソード7と8の順番が逆になってしまいました。ごめんなさい。
娘から宅配便が届いた。中身は鍋だろう。少し前に「鍋を買ったけど相性が合わないからお母さんにあげる」と連絡が来ていたから。
でも、鍋との相性ってなにかしら?
私は段ボール箱を開けながら考える。料理初心者なのに、はりきって圧力鍋でも買ってしまったのだろうか。それで使えなくて邪魔になったとか?あの子ならやりそうだ。
そして箱のなかから赤くて可愛らしい鍋を取り出そうとしたら、ソレが言ったのだ。
「ど~も~、娘さんにお買い上げいただいた鍋でーす!!」
「あらあらあら!鍋がしゃべったわ」
「おお、さすがに奥方は落ち着いてますね。おたくのお嬢さんは、奇声をあげて腰を抜かしましたよ」
あらヤダ。でもまあ、それもあの子らしいわ。鍋との相性が合わないってこういうことだったのかと私は納得する。
「私は娘よりも長く人間をやってますからね。しゃべる鍋に会ったのは初めてだけど」
「はい!私はこの世に2つとない希少な鍋ですから。世界中のあらゆる料理のレシピをお教えすることができますよ」
「あら、すごい。新しいレシピを覚えることもできるの?」
「もちろんです!」
私は鍋に自分の料理のレシピを教えることにした。娘に料理を教えることができなかったから、いわゆる「おふくろの味」をこの鍋に託しておきたかったのだ。
「ふんふん、奥方はカレーの隠し味にインスタントコーヒーを入れるんですね」
「こうするとコクが出るのよ。ビターチョコレートでもいいんだけど、インスタントコーヒーならいつも家にあるでしょ?」
「なるほどー」
「ねえ鍋ちゃん、娘はちゃんと自炊してるのかしら?」
「味噌汁なんかは作ってますけどね、出汁はインスタントですよ。具材を入れるタイミングなんかもめちゃくちゃで・・・」
「ふふふ」
あの子らしいなと私は笑う。初めてのひとり暮らしなのだから、味噌汁作るだけでも頑張っているのよね。ひとり娘が自立してしまって寂しかったけど、鍋と話しているとそれも少し紛れる気がするわ。
でも鍋と暮らし始めてしばらくしてから、私はおかしなことに気づいた。
「うぅううう~ん、るっるるう~」
夜中の台所で、鍋が毎晩おかしな唸り声をあげているのだ。最初は知らぬふりをして様子を見守っていたのだけれど、とうとう我慢ができなくなって私は聞いた。
「ねえ鍋ちゃん、なにか悩みごとでもあるの?夜中にうんうん唸ったりしてるよね?」
「ええ?聞こえてたんですか!?奥方、申し訳ない。もう絶対に歌わないので、廃品回収に出すのだけは・・・」
鍋はフタをカタカタ震わせている。
「歌?あれ歌だったの!?」
私は呆れた。いくらなんでも下手すぎである。どうも娘には、歌ったら廃品回収に出されると脅かされていたらしい。
「それで夜中にコッソリ歌ってたのね」
「・・・はい」
なんだか申し訳なさそうにしている鍋に、私は言った。
「じゃあ私が歌を教えてあげるわ」
若いときは幼稚園の先生だったのだ。私は小さな子供に教えるように鍋に歌を教えた。
「ニ~コニコひまわり、夏の空ぁああ!」
鍋は今日も元気に歌っている。音痴はまあ、そこそこよくなった・・・かな?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。