4.恩返しに参りました!
真夜中のこと、俺はふいに目を覚ました。誰かに呼びかけられた気がしたのだ。
「坊ちゃん、起きてくださいってば!」
「うわぁああああ!なんだオマエ!?」
ベッドの端に知らない老人が座っていたので、俺は驚いて飛び起きた。
「びっくりさせて申し訳ありません」
老人は丁寧に頭を下げると続けて言った。
「私はあなたに助けていただいたカノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキの身内でございます」
「は??」
「ですからカノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキです」
「??」
長い呪文のような言葉を言われて、意味の分からない俺は首をかしげた。
「まあキリギリスみたいなもんですよ」
「虫か!」
そう言えば、そんな長い名前の虫がいると聞いたことがある。
「はい、人間につけられた名前が長いもんで、すみません」
「でも俺、虫なんか助けた覚えはないぞ」
子供のころの俺は虫が好きで、虫取りにもよく出かけていた。でも受験勉強なんかもあって忙しくしているうちに、すっかりそっちの世界からは離れてしまっている。高校生になった今は、もう虫取り網に触りもしない。思い出した俺は、少し寂しい気持ちになった。
「坊ちゃんが小さい頃、捕まえた私のご先祖を逃がして下さったんで。そのとき、いつかご恩返しすると約束したそうです」
そんなこともあったかもしれないが、もちろん覚えていない。
「我々一族は代々そのことを子孫に伝え残し、ようやく今、そのお約束を果たせることになりまして」
長い名前を持つ虫の化身らしき老人は、ここで頭を下げると「一族の代表として私が参りました」と言った。
虫に一族とか子孫とかあるのか?俺は再び首をかしげたが、そのビックリナントカモドキの「ご恩返し」というのが気になる。
「恩返しって、何してくれんの?」
「虫なんでできることは限られるんですが、好きなメスを惹きつける能力とかどうでしょう?」
「そんなことできんの!?」
思わず身を乗り出す。
「はい、メスを惹きつけるフェロモンを出せるようになります」
「それ頼むわ!」
俺だって可愛い彼女が欲しいし、女の子にモテモテの人生なんて最高じゃないか。
「かしこまりました」
虫の化身の老人はそう言って頭を下げると、俺の頭のうえに手をかざし、なにやら呪文のようなものをとなえた。そして「効果は一生涯です」と言い残し、闇に溶け込むように消えていった。
それからというもの、確かに俺はモテるようになった。虫のメスに。
しかも、好きな女の子のそばにいるとやたらと虫が寄ってくる。どうやら無意識にフェロモンを出してしまうようだ。
「いやぁああ!むしぃい!」
たいていの女の子は虫を嫌がるから、そんな風に悲鳴をあげて俺から逃げることになる。なかには虫が平気な子もいるが、すると虫がその子を攻撃して追い払ってしまうのだ。そのせいで俺は寂しい青春を過ごすことになった。
「先生、今回も素晴らしい成果をあげられましたね!」
大勢の人間が俺の功績をたたえ、羨望の眼差しを向けてくる。あれからウン十年の時が過ぎ、俺は世界でもトップクラスの昆虫の研究者になっていた。どんな希少種でも、俺が生息場所を歩けば必ず発見できるのだ。
え?
もちろん今でも独身だよ!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。