3.さよなら、またね
昨夜、あの夢を見た。
またキミとの別れのときが来た、ということだ。
その夢はいつも同じ。
ボクたちは向かい合っているが、キミは遠く、とても遠くにいる。ふたりの間には大きな虹がかかっていて、それはボクとキミの世界を分ける門のようだ。
ボクは愛しいキミに向かって走る。走っても走っても、キミとの距離は縮まらない。やがてボクは疲れて立ち止まる。遠くにたたずむキミの姿が、ぼんやりとかすんでいく。
キミとの別れが来るたび、毎回そんな夢を見てきた。
ボクは寝床からよろよろと立ち上がった。歳をとって足腰が弱ってしまったから、昔のようにキミに元気よく駆けよることはできない。
それでもキミは、昔と変わらずにボクを優しく撫でてくれる。
ああ、気持ちいいなぁ。
キミに撫でてもらうだけで、ボクはすごく幸せになれるんだ。
キミと過ごす生涯も、これでもう9回目だね。
最初の生涯は、もう何百年も前のことだ。狩りをしながら、一緒にあちこちの土地を旅してまわったよね。あのときはとても楽しかったなぁ。キミとの生涯で、楽しくなかったことなんてないんだけどさ。
大都会に住んでいたときも、泥まみれで畑を耕していたときも、南の島の海辺で暮らしていたときも。ときにはスラムの片隅で、ひとつのパンを分け合うような一生もあった。でも、ボクはキミといられるだけで、本当に幸せだったよ。
何度生まれ変わっても、キミとボクは必ず再会して一緒に暮らした。毎回、キミはボクのことを忘れてしまっているけれど、それでもちゃんとボクを見つけてくれるんだ。
ああ、今世でのお別れが来たようだ。だんだん息が苦しくなってきた。本当はもっと長く一緒にいたいんだけど、そうもいかないんだ。
ボクを抱きしめて、キミは泣く。でも泣かないでほしい、難しいだろうけど。
「ごめんなさい」って、なんで謝るの?
「良い主人じゃなかった」なんて、ボクはキミに完璧を望んだことなど一度もないよ。
いつでも、どんなキミだって、ボクは無条件に愛してきた。理由はない、それはただキミだったからだ。
キミだって毎回、ボクがどんな姿でも愛してくれたろう?
たくましい猟犬のときも、小さくてお上品なワンコのときも、ときには変な模様の雑種のときもあったよな。
次はどんな姿で生まれてくるのだろう?
キミはどんな人で、どんな場所で一緒に暮らすのだろう?
楽しみだなぁ。そのときが来るまでゆっくり待ってるから、ボクがあっちに行ったあとも幸せに暮らすんだよ。
さあ、お別れだ。周囲が暗くなって、キミの匂いが薄れていく。
さようなら、またね。
・・・そしてどのくらいの時がたったのか。
狭くてあたたかい道を抜け、ボクは再び眩しい世界に生まれ出た。
どこかで赤ん坊が泣いている。人間の赤ん坊だ。
なんでだろう?今回の体は今までとは少し違っている気がするよ。
ふいに、頭上から女の人の声がした。
「おめでとうございます!元気な男の子ですよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。