2.鏡よ、鏡
私の寝室の白い壁には、大きくて立派な鏡が掛けられていた。楕円形の鏡はだいぶ古ぼけているが、周囲には精巧なバラの装飾が施されていて、熟練した職人の手によって作られたものだと分かる。
「ようやく手に入れたわ!」
父親のコネと財力をフルに使って手に入れた鏡の前で、私は思わずガッツポーズを作った。(父が)大金を払ったが惜しくはない。鏡にはアンティークとしての価値以外に、もっと素晴らしい能力があるのだから。
私が鏡の前に立つと、そこには若くて美しい女性が映りこんだ。見慣れた自分の姿にニッコリ微笑む。そして胸の前で両手を組み、小首をかしげた愛らしいポーズで鏡にたずねた。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは、誰?」
「それは、あなた様です!」
「きゃぁああ!やっぱりぃ!?」
私はピョンピョン跳ね回って喜んだ。私のことを「ぶりっ子」なんて悪く言う女もいるけど、男はこういうのが好きなのよ。まあ、私は世界一の美女に認められるほど美しいんだもの、みんな嫉妬しちゃうのよね?仕方ないから許してあげるわ。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは、だーれ?」
「それは、あなた様です!」
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは、だ・あ・れ?」
「あなた様です!!!」
それから毎日、私は色々なポーズを鏡に映して、自分の美しさを堪能して過ごした。1ヶ月たっても、半年たっても、1年たっても、鏡の答えはいつも一緒。私が世界一の美女だと言ってくる。
「あなたって本当に優秀ね!」
その日、私ははじめて鏡に違う言葉をかけた。とくに考えがあったワケじゃない。ただ思ったことが口から出ただけだ。
「はい、私は優秀です!過去の反省を踏まえてバージョンアップしましたから」
「え!?」
鏡の答えに私は驚いた。美人判定以外の会話ができるとは思っていなかったからだ。
「あなた、ちゃんと会話ができるのね!」
「はい」
「でもバージョンアップってどういうこと?」
鏡の言う「過去」とは、やはり有名なあの話のことかしら?
「はい、私の言葉で白雪姫さまを危険な目にあわせてしまいましたから、二度とあのような事故がおこらないように配慮しています」
「へえ、そうなんだ!」
確かに「お妃よりも白雪姫のほうが美しい」なんて、鏡も余計なこと言ったわよね。白雪姫は先妻の子なんだから、ただでさえ複雑な関係だったはずよ。継子のほうが美人だなんて言われたら、そりゃあお妃だって怒るわ。
「だけど、配慮って何を?」
「はい、相手の気持ちに忖度するようになりました」
「そんたくぅ?」
よく知らない言葉に首をかしげる。
「はい、相手の心のうちを読み取って、気分を害さないようにしています」
「それって実際にどうするのよ?」
鏡の答えに何か引っかかるものを覚えた私はたずねる。
「はい、女性に『世界で一番美しいのは誰?』と聞かれたら、必ず『あなた様です』と答えるようにしています」
「何ですって!?」
頭に血がのぼるのを感じたが、まだ怒るのは早い。私は深呼吸して心を落ち着かせた。
「で、でも、本当に美しい女性の場合だってあるでしょう?」
私みたいに。
「・・・」
「ちょっと!なんで黙るのよ!?」
「忖度しました」
私は出窓に飾ってあった花瓶をとりあげ、それを鏡に向かって思いっきり投げつける。
ガシャン!!
部屋に大きな音が響いて、鏡は永遠に沈黙した。
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