1.昨夜、妖精を買った
昨夜、妖精を買った。自販機で。
場所は酔っぱらっててよく覚えていない。薄暗い路地の奥が「なんか光ってるなー」と思って近寄ったら、妖精を売る自動販売機だったのだ。
いや、信じられないのは分かるんだけど。昨夜はすごく酔っぱらってたからね、買っちゃったのよ。
昨日はさんざんな一日で、やけ酒しなきゃやってられない気分だったの。会社の後輩のA子、こいつは普段からミスが多くて問題児なんだけど、昨日もまたやらかしやがった。カンカンに怒ってる取引先に一緒に頭を下げ、社内の迷惑かけた部署にも頭を下げて、私はもうクタクタよ。
なのにあの娘ったら私に礼のひとつもなく、定時になったら「今日デートなんで」って帰りやがりましたよ!
彼氏なし三十路女の私へのあてつけかぁああああああ!!
と言うわけで、愚痴に付き合ってくれる同僚も見つけられずに、ひとりで安い居酒屋なんかをハシゴして歩いたってわけ。そのどこかで妖精自販機をみつけたのは、うすぼんやりと覚えているんだけど。
私はテーブルの上のソレをまじまじと見る。
大きめのジャムくらいのガラスの瓶に、妖精が入ってふわふわしている。瓶の口にはコルクの栓がはまっていた。背中に透けるほど薄い羽根をもった妖精は、淡い水色のワンピースみたいな服を着ているから、女の子なんだろう。
顔立ちは、まあ普通かな?
まるで私の心の声が聞こえたように、ガラス瓶のなかの妖精がこちらに顔を向けた。目が合うと、彼女は私に何か訴えかけるように口をパクパクさせる。
妖精って話せるのか?ていうか、そもそも言葉が通じんの?
瓶のなかに入ってるから、声らしきものは聞こえない。焦れたのか、そのうちに身振りでも訴えはじめた。妖精は自分の頭のうえをしきりに指さす。どうも栓になっているコルクを外せと言いたいらしい。
そっか、出たいよね。
一瞬、逃げちゃったら困ると思ったけど、妖精の飼い方とか知らないし。自由に放してあげたら、私にも何か良いことがあるかもしれない。イケメンでお金持ちの彼氏を連れてくるとかさ。
私は瓶をしっかり抑え、瓶の口にはまっているコルクを抜いた。スポン!という音とともに栓が抜け、妖精が外へ飛び出す。
・・・あ、あれ?
私が見える。それも、巨大になった自分が。巨大な私は巨大な手でコルクを取り、私の頭上にある瓶の口に栓をした。それで私はようやく理解する。
自分と妖精が入れ替わったんだ!
体を見下ろせば、先ほどまで妖精が来ていたワンピを着ていた。よく見えないけど、背中には羽が生えているようだ。
グラリと瓶が揺れる。私になった妖精が、瓶を持ち上げてバッグに入れたのだ。
そして私はいま、自動販売機のなかにいる。ここは思ったよりも快適で、お腹も空かないし喉も乾かない。あたたかで快適なゆりかごのようだ。
最初は焦ったけど、考えてみれば人に盗られて惜しいような生活でもなかったわ。ぬるま湯につかるような心地よさのなかで、私は思った。
私を買ってくれる人は、素敵な彼氏持ちだといいなあ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。