⑧シェリルの初恋
サハリン公爵家では家族会議が開かれた。今後の事について話し合いを行うためにだ。
父は陛下に話がいっていないのならば我が家が率先して動くことを悪手として、一旦両陛下のお戻りを待つと言う。
しかし、それに異を唱えたのは私の母で公爵夫人ロザリーヌ・サハリンその人である。
母は私の話を聞いた時から憤っており、なんならこちらから破棄なり解消なりを申し出てもいいとさえ言っている。母がこれほどまでに激昂している理由を私も父も知っているが口にはしない。口にしようものなら母の話(愚痴)が長くなるからだ。
「一旦静観すると言っても、あちらはシェリルを傷付けたのですからその事についてはしっかりと責任を取らせるべきだわ!陛下達はきっと殿下の相手が男爵家だろうとOKを出すに決まっているのですから、こちらも早目に動いておくべきです!あのチンチクリンに好き勝手はさせないわよ!」
そう、私の母は見た目に反して口が悪く、すこぶる気性が荒いのだ......。
そして母がここまで荒ぶっている理由は、学生の頃まで遡る。母の親友であるイブリン様は現国王の婚約者だったのだが、陛下は学園の卒業パーティーでイブリン様ではなく男爵令嬢を選び彼女を正妃とした。そして優秀であったイブリン様はそのまま側妃として城へ上がらされたのだ。正妃となった男爵令嬢と陛下の補佐をする為だけに......。
母は勿論反対をしたらしい、しかし国の為にと周囲から説得されたイブリン様は、ご自分を犠牲にされ人生を投げ打った......いや投げ捨てたのだ。親友のその様子をずっと見てきた母が、彼女を地獄へと突き落とした両陛下を許すはずはなく、未だに遺恨を残しているらしい。
そんな母の反対を押し切って私をレイナード様と婚約させたのは父だ。母はその事も未だ許していないらしい。なので今回私の話を聞いた母はもの凄く怒っているのであった。
「いいですか?今回わたくしは誰の意見も聞きませんからね!大体この婚約自体わたくしはあれほど反対したというのに、あなたがあの男に義理立てなど......」
国王陛下をあの男呼ばわり......私と父は口を挟まず母の怒りが収まるのを待つしかなかった。そんな母が何かを思い出したかのように話の矛先を変えた。
「それはそうとシェリル?あなた気になる騎士がいるのですって?レイナードの近衛だという事も経緯も全て聞いたわ。それであなたどうしたいの?」
ふぐっ‼な、な、なんと?どうしたいかですって?一体何をどこまでどの様に聞いたというのかしら?
私はメイドのヘレナをちらりと見るが、こちらを見ようともせずすました顔で紅茶を淹れなおしている。
「お母様?どうとは?彼はわたくしの恩人ですので、何か困った事があれば力になるとはお伝えしましたが、別に......そんな、特別な事など何もないですし、確かに彼はうちの公爵家で雇われる事に前向きではありましたが、専属騎士なんて今でさえ付けていないのですから必ず必要と言う訳でもないですし、それにそれに今頃やっぱり王太子の近衛の方がいいと彼の方も考え直しているかもしれませんし......」
私は若干早口になってしまったが、自分の気持ちを母に伝えた。何も気にしないでくれ、と。そう思いを込めて(弁解にも聞こえただろうが)彼の事は彼から何か言ってこない限りは何もするつもりなどないと伝えたかったのだ。
「よろしい、公爵家の力を使って彼をうちに引き抜きますよ!そしてシェリル、あなたの専属騎士とします。ある程度の調査も行いますが、王族の近衛騎士が務まるのですから心配はないでしょう。あなた?あちらがごねた時はあなたにも動いてもらいますからね?」
お母様のスイッチが入ってしまっている......。母はやると言ったらやる人だ、どうしよう。私の思いが上手く伝わらなかったのかしら?
「シェリル?あなた不思議そうな顔をしていますけど、自分で気付いていないの?ある程度ヘレナに聞いてはいましたけど、私はあなたのその表情を見て決めたのよ?あなたとても可愛い顔になってるわ、レイナードの時には決して見られなかったようないい顔。恋する乙女の顔だわ!ね?あなたもそう思いますでしょう?」
先程から母親にいきなり話を振られても無言を貫いていた父が、ビクリ!と体を跳ねさせた。どうしたのかと父を見ると、あからさまに私の視線を避ける。私が父の行動をいぶかしんでいると、母がクスクスと笑い声をあげている。
「フフフッ父親として娘の初恋なんて複雑以外、何ものでもないわよね?」
母の言葉に咳込む父はちらりと私を見て大きな溜め息をつく......。
いやいや母よ、初恋だなんて......初恋?......娘=私、すなわち私の初恋?
「お母様!なぜその様な事を!お父様もうのみにしないでください!私はそんな特別な感情など......」
「お嬢様、認めて楽になられた方がいいですよ?」
ぐっ......ここに私の味方はいないようね。いいでしょう、仮に、一旦仮に認めたとしましょう。でも初恋とは聞き捨てならないわ!だって会ったばかり、もとい認識したばかりの人を好きになるだなんてそんな......淑女としてはした......ないわ。
「お嬢様?それが初恋というものですよ?時間は関係ないのです。恋とは気付かぬうちに、そう......気付いたら落ちているのです」
私の思考を寸分違わず読み取るヘレナの言葉を聞き、私は己の体温が上昇していくのを嫌と言うほど感じるのであった......。