⑤話の通じない二人
すかさずよろめく私の背を支え、彼が声を掛けてくれる。
「サハリン様お部屋に戻りましょう、私がお送りいたします」
「おい!ロドリックそいつはもういい、私の婚約者ではなくなるのだから泣こうが喚こうが捨て置け。私はこれから父上にこの事を報告に行く、お前達には証人となってもらわねばならぬからお前も我々に付いてくる来るのだ」
やはりレイナード様の心は決まっているようだ、先程この彼が教えてくれたように以前から彼女と計画していた事なのかもしれない。しかしきっかけがたとえ何であったとしても、今となってはもう関係のない事だ。私の価値がなくなってしまったという......ただそれだけの事。
きっとこの彼も、主君の言う事には逆らう事は出来ないのだからここで別れる事になるだろう。私は自分にそう言い聞かせて、私を支えてくれた唯一のその腕を手放す覚悟をした。
レイナード様には感じなかった『寂しい』という気持ちにも蓋をして......。
そう私が感傷に浸ろうとした時、彼はまた私の予想に反する言葉を口にした。
「いいえ、レイナード殿下、私は一緒には参りません。私はサハリン様をお送りしてからそちらに参りますので、どうぞお先に陛下へのご報告をなさっていていください」
「なに?私の命令よりもそいつを優先すると言うのか?貴様たかが騎士爵持ちの近衛のくせに王太子であるこの私の命に逆らうと言うのか?」
あぁいけない、この人の未来を潰すわけにはいかない。この人は主君の命に背いてでも私を優先してくれようとしてくれているのだ......。今の私には、その事だけでもう十分だ。彼を私から解放しなければ。
「ありがとう、わたくしは大丈夫ですから殿下に従ってあなたももう行ってください。わたくしはこのまま屋敷に帰ります。部屋の物は......」
「シェリル!お前の部屋はコリーナがこれから使う事になるのだから即刻荷物をまとめるのだ。しかし城の物を持ち出す事は許さんぞ」
「かしこまりました、それでは全て置いていきます。わたくしの物があったとて処分してくださって結構です。それではレイナード様、書類は公爵家へお願いいたします。長年お世話になりました」
私はレイナード様の乱暴な要求を全て飲み、最後の力を振り絞り挨拶をしてこの場を去ろうとした。しかしそんな私を引き留める甲高い声が、広い廊下に響き渡った。
「シェリル様?まだわたくしへの謝罪が済んでいませんことよ?これからは私が王太子妃となり、互いの立場が変わるのですから、ね?」
気が早い事......。思わずそう返してしまいそうになるが、一刻も早く立ち去りたかった私は素直に頭を下げようとした。今の私には、これまでの常識や己のプライドなど......もうどうでもよくなっていたのだから......。
そんな自暴自棄な私は心の中で父に謝罪しながら、形だけの謝罪をする為、彼女に向き合った。
「コリーナ様、でしたか......家名を存じ上げませんのでお名前で失礼いたします。この度は......」
「サハリン様、貴女はそんな事はしなくていいのです?さあ、お顔をあげてください」
そう言って近衛の彼は、私の腕を引いて私が頭を下げるのを止めた。振り向き仰いで見た彼はとても優しい顔をしており、その顔を見て彼の声を聞いただけで私は泣きそうになってしまう。
しかし私が頭を下げないと彼女達の気は済まないのだろうし、……別にもういいのだ。何より私自身この状況を早く抜け出したいという気持ちもあったから。
それでもこの場での彼のその気遣いは何より嬉しかった......。彼の言葉だけが私の耳に、心に届くような感覚とでもいうのか、私にとって彼のその低い声が更に特別となった瞬間であった。
「ロドリック、なぜお前がその様な事を?お前が口を出していい事ではないのだから、こちらへきて俺の後ろでいつものように黙って控えていろ!」
「レイナード様?本気でその様な事をおっしゃっているのですか?彼女は貴方の婚約者ではなくなったとしても、サハリン公爵家のシェリル様である事に変わりはないのです。引き換えそちらの女性は......本来ならば」
「何よあなた!私が男爵家だからと馬鹿にするの?私はレイナード様に選ばれたのよ?レイナード様はその長年の婚約者を捨て、私を妃にすると約束してくれたの!それなのにさっきといいあなた生意気だわ、あなたも彼女と一緒に跪いて私に謝罪してちょうだい」
しまった、確実に巻き込んでしまった。彼は、私自身でさえも手放し、地に落ちていた私のプライドを唯一守ろうとしてくれた人なのだから、ここで巻き込むわけにはいかない。ここで私が守らないと近衛の仕事から外されてしまうかもしれない。
「おやめくださいコリーナ様!彼はわたくしの後ろに控え、己の責務を果たしただけの事。よってわたくしが彼の分も頭を下げ謝罪いたしますので、お怒りは全てわたくしへとお向けください」
「それが傲慢だと言っておるのだ!シェリルもロドリックも、お前達に決定権などないのだから意見などもってのほかだ。分かったら大人しくコリーナの言う通りにするんだ」
これまでもレイナード様は我が強く、自分の思い通りにならない事があると機嫌が悪くなっていた。しかしいつかは落ち着き王族としての自覚も持てるようになるだろうと思っていたが、これもまた私の思い違いだったようだ。
今回は隣に彼を援護する彼女もいるのが関係しているのか、別方向に強い覚悟を持ってしまっている。周囲の彼の為を思っての言葉であっても、何を言っても彼の耳に届く事はないようだ。
こうなってしまっては仕方がない......。
私は一か八かで彼に揺さぶりをかけてみる事にしたのだった......。
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