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③無意識なるトキメキと落胆


「どのように?......と申されても、こうです、こう」


 彼は麦袋を両腕で下から抱えるようなポーズをとり、私に伝えてくれようとしている。いや、それは分かります。分かりますとも、俗にいうお姫様抱っこと言うやつですわ。私だってこう見えて年頃の娘ですからね?それぐらいは知っております。そうではなく私が言いたいのは......

 私が自問自答をしながら「うんうん」と頷いていると、「失礼いたします」との声と共に私の体が宙に浮いた。


「許可を頂けたようなのでお運びいたします。早く休まれた方がいいですからね」


「きゃっ!」


 己の身に何が起きたのか、一瞬本当に分からなかった。というか......何が「きゃっ」だ。

 一体何をしているのだ!許可を出したつもりではない事を伝え、早く降ろすように言って、そしてなんて事をするのだと彼を責めなければと、思考は次から次へと巡るが、その言葉たちが私の口から出てくることはなかった。


 この様な事が初めての私は行き場の無くなった両の手を、どうしてよいのか分からずオロオロさせてしまう。


「決して貴女様を落とす事は無いですが、不安なのであれば私の首に手を回していてください。そうすれば安定しますし、私も安心ですから」


 そう言った彼は、私をグッと最初よりも高い位置に抱きなおした。不思議と説得力のあるその声に抗えないまま、言われるがままに私は彼の首に、自分の行き場の無くなってしまっていた腕を......、さすがにギュッと抱き着く事は出来なかったので、彼の胸と手を肩にそっと置いて我が身を安定させた。

 確かに体は安定した、それは間違いない。......しかししかし、私の胸も頭も余計に激しく騒ぎ始めたのだった。


「では、お部屋まで私が責任を持ってお運びいたします」


 そう言って歩き出した彼を至近距離からちらりと盗み見ると、これまで気にした事は無かった彼の瞳や表情がよく分かった。

 彼はいつも言葉少なく、何事にも興味を示さぬようにレイナード様の後ろに控えている近衛のうちの一人で、事務的な言葉を発する所しか見た事は無かった。


 その彼を改めてこうして見ると.....少しタレ目で薄い唇をしていて、発する声はとても低く耳心地が良い。そしてとても穏やかな話し方をする人だった。そうやって私が冷静にこっそりと分析をしていると、


「あの......サハリン様?私の顔に何かついておりますでしょうか?その......そのように見つめられると」


 ふぎゃっ!ばっバレている?しまったですわ!私としたことが、つい凝視しすぎてしまったわ!はしたないと思われたかしら?

 慌てて視線を外すが手遅れかもしれない、私は反省しながら思わず心にもない事を言ってしまう。


「何のことですの?わたくしはあなた越しにあの女性が追って来ていないかを確認していただけですわ。わたくしあなたを盗み見なんて決してその様な事はありませんからね?」


 ぷいっという効果音が聞こえそうなほど顔を逸らしてそう答えると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきて彼の厚い胸板が小刻みに揺れているのを感じた。


「ふっ、ふふ、それは勘違いをしてしまい申し訳ございません。サハリン様は私の代わりに周囲を警戒してくださっていただけだったのですね?ふふ、大変失礼いたしました」


 笑いを堪えているのがありありの彼の物言いに「あなたねぇ」とからかった事を問い詰めようとした時、今度は本当に彼越しに数人の人影が見えた。何か声をあげながらこちらに近付いてくるその人達が、レイナード様達だとすぐにわかった私は彼の胸を叩いてその事を告げたのであった。



「ロドリック!おいっ、ロドリック・ブラウ!止まるんだ。お前に聞きたい事がある!」


 ああ、この近衛はロドリック・ブラウという名前なのね?なんて一瞬呑気に考えてしまっていたが、レイナード様に呼び止められた彼は私を抱き上げている格好そのままで振り返り、レイナード様に返事をしたのだ。

 案、の、定、レイナード様は私達を見て大声を上げた。隣に立つ先程の彼女が何やら一緒になって叫んでいる。


「レイナード様?お声を抑えてください。どうしたというのです?私に何か?」


 騒音の中、私の耳には落ち着いた低音が近くから響く。穏やかな話し方が更にその良さを助長しているようにも感じる。私は思わず彼の胸をキュッと無意識に掴んでしまった。

 彼の体がピクッと反応したので気付かれたかもしれない。


「どうしたか?ではない!お前は何故コリーナを案内もせずにシェリルを抱えているのだ!どういう事か説明しろ」


「説明も何も、私にシェリル様の事をお送りするように申し付けたのはレイナード様ではないですか」


 淡々と答える彼の言葉に、何故かツキリと小さな胸の痛みを感じる。そう、彼は主君の命に従っただけ......当然すぎる彼の答えに勝手に引っ掛かりを覚えたが、私にはそれが何故なのかも分からなかった。


「確かにお前にはそう命じたが、コリーナがいたのであれば話は別であろう。何故シェリルを優先し、コリーナを無下にしたのだと聞いている」


「おかしな事を、シェリル様は貴方様のご婚約者様でありサハリン公爵家のご令嬢でございます。その事以上に優先する理由がございますか?」


 分かっているわ、彼が私に親切にしてくれたのはそれ以外に理由なんてない。私は自分の頭が急に冷静になっていくのが分かった。そして今の自分の置かれている状況がいかに惨めであるかも。


「わたくしを下ろしなさい」


 自分でも驚くほど低く冷たい声が出た。先程までとは違い、私の心と頭が静かに凪いでいるのを感じながら......胸の痛みを追いやり、この状況に対処すべく目の前の二人と対峙するのであった。



読んでくださりありがとうございます。

さらにとても嬉しい事に、早くもブクマや反応や評価を頂きました。

読者様の反応は、

何より有り難く、執筆のモチベーションに繋がります!

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