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②小さな変化?


 彼女が振り上げた手がスローモーションに感じたのち、私はその衝撃に備え目を閉じたが衝撃を受ける事はなかった。それはそうだ、その為の近衛であるのだから彼は自分の仕事を全うしたのである。

 

 しかし、おかしな事に彼は彼女を取り押さえるのではなく、私の前に私を庇うような形で割って入っていた。当然彼女の平手は彼の顔にも届かず腕か肩に当たったのかもしれないが、その衝撃は勿論なかったであろう。いや何故?と、ここでも私は彼の行動を不思議に思うのであった。


「お怪我は?」


 その彼は振り返り、少しかがみながら私に問いかけた。その近い距離で彼の低い声に心配された時......

『ー私の心臓は動き出したー』自分にも分かるぐらい、いや......外に漏れ聞こえてしまうのではなかろうかというぐらいに、ハッキリと心臓の鼓動を感じた。

 

 私は思わず両の手で彼を押して距離を取った。「顔を見られたくない!」と反射的、そして本能的に動いたのだ。顔を逸らし片手の手の甲を自分の頬に当て確認をする、やはり......熱い......。


「どうかなさいましたか?サハリン様?」


 追い打ちをかけようとでもしているのか、近衛の彼は先程よりもその顔を近付けて、低い声で囁いてくる。いや止めて欲しい!いやいやその前に何故その声が急に気になったのか......。何が起こっているのかも分からず、私の頭は処理の追いつかないパニック状態である。


「わたくしはなんともありません!それよりも彼女は?」


 私は近衛の顔を見る事もせず彼女の事を聞いた。この混乱の原因を突き止めたいとも思ったが、心臓が騒がしくてそれどころではなかった。ひとまず何とか誤魔化そうと、突き放すように彼に問いかけてみた。大丈夫、きっと私の動揺は伝わっていないはず。

 そう願いながら次の指示を考え頭の中を整理していると、彼から思わぬ返事が返ってきた。


「先程の女性ならもうおりませんが?きっと殿下のところに向かったのでしょう、やはり案内は必要なかったようですね」


 この近衛は何を言っているのか?確かに私に彼女の攻撃は届かなかった。しかし彼女の行動は咎めるべきものであり、そのままお咎め無しとはならないはずだ。それなのにそのまま行かせたと言っているのだ。それについて抗議しようとしたら、彼には私の言わんとしている事が分かっていたのだろう、私に向かって言い聞かせるかのように視線を合わせてきた......。


「よろしいですか?確かに私は彼女を拘束も何もせずそのまま好きにさせ、引き留める事もしませんでした。しかし、私があそこで彼女に何らかの手を出していれば必ず殿下に話がいきます。そしてそれは、そのまま彼らの手札になってしまうのです。貴女様を攻撃する為のね」


「わたくしを攻撃ですって?一体何のことですの?悪いのはあちらだわ、何を恐れる事があると言うのです」


 私は納得のいかない疑問を彼にぶつけたが、彼は動じない様子で歩き出す。


「彼らは良からぬ事を画策しております。それは貴女様を陥れ、王家が結んだ婚約を貴方様の責で壊そうとしている。きっとあの時私が彼女を拘束でもしようものなら、殿下に会いに来た自分に対して、道を聞いただけにも関わらず嫉妬に駆られ、その挙句王太子の近衛を使い罰を与えようとした。とでも言っていたでしょう」


 近衛のその言葉を聞いた私は淑女にあるまじき、開いた口もそのままに二の句を継げずにいた。いくらレイナード様がこの婚約について納得していないとはいえ、これは王家と公爵家との取り決めなのだ。だからこそ私はこの婚約を、引いては国の為なのだと自分に言い聞かせてきたのである。それなのに王太子であるあの人はそう納得しないばかりか、嘘をでっち上げ私を陥れてでも自分の我を通そうとしていると?そういう事なのだろうか。


 だとしたら......己のなんと滑稽な事かと、私は言い返す気力も無くなり俯いてしまった。これまでの努力も犠牲も全てが無駄だったという事になる。

 たとえレイナード様に煙たがれようと、それが己の使命とし彼を正しつつ自分も一緒に、いや彼以上に沢山の努力を長年積み重ねてきたのだ。それをどこぞの令嬢にコケにされ、排除されようとしていると知り......体中の力が抜けていくのが分かった。

 

 この時の私は何故かレイナード様本人に確認する事よりも、この近衛の......彼の言葉を全面的に信用してしまっていた。心のどこかでそう腑に落ちるところがあったのかもしれない......。

 急に重く感じるようになった足がふらつき、体のバランスを崩しそのまま倒れそうになる。思わず「あっ」と、口に出してしまうが瞬時に彼に支えられ事なきを得た。私が顔を上げると......そこにはすぐ近くに彼の顔があり、反射的に勢いよく顔を逸らしてしまった。その反動からかせっかく支えられた体が変に傾いてしまい、彼の片腕から逃れようとした私は結局彼の両腕に抱え込まれる結果となってしまっていた。


 傍から見ると背を向ける私を、体の大きな男性が抱きしめているように映ってしまっていたであろう。そのありえない状況が今まさに己の身に降りかかっており、俯瞰的にその状況を捉えている私と、盛大に声を上げ何も対応できずにいる私が、私の中で一斉にせめぎ合っていた。


「大丈夫ですか?サハリン様、歩けないようでしたら私がお運びしますので許可をお出しください」


「なんと?......お運びする?もしかしなくても私の事を?あなたが?どうやって?」


 私はあまりの動揺に考えが全て声に出てしまっていたが、その事に意識をやる前に物事はどんどん先に進んでいってしまうのであった......。






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