①不機嫌な婚約者
沢山の作品の中から、
この作品に目を留めていただきありがとうございます。
「お前といても面白くない。この時間も無駄だ」
隅々まで手入れの行き届いた綺麗な庭園で、その場に似つかわしくない乱暴な言葉があがる。
「そぅ.....れは申し訳ございません」
私は思わず「そうですね」と口にしそうになったのを誤魔化した。退屈さを前面に押し出し、機嫌悪く紅茶を飲んでいる目の前のこの人は、この国の王太子であり私の婚約者である。
「はぁ、もういいだろう?剣の鍛錬をしていた方がまだマシだ、少し早いが剣術の授業に行く。お前はもう帰っていいぞ」
「レイナード様?次の授業は剣術ではなく帝王学のはずですが?」
「うるさい!お前のそういうところが気に食わんのだ!全く可愛げのない」
間違いを訂正するのに可愛げも何も......と思ったが、ここでへそを曲げられては面倒なのでそのまま頭を下げ、その場を後にした。レイナード様の後ろに控えている二人の近衛の方がよっぽど慌てていたのが可笑しくさえあった。
レイナード・アッザム王太子殿下は私の婚約者であるが、私達の仲は傍から見てもすこぶるよろしくなかった。公爵家の私との婚約は彼の望んだものではなく、政治的なものが絡んだいわゆる「政略結婚」なのだ。いや婚約である。幼い頃から決められていた者同士付き合いは長いし、お互い家の為国の為と覚悟をしていた......つもりであったのだが、どうやら彼の方は違ったようだ。
年頃になるにつれ彼の態度はあからさまになっていき、今では不機嫌さを隠そうともしていない。ずっと努力してきた私をにべもなく否定するのだ。「理不尽だ!」と声を大にそう叫びたかったが、私には理性も矜持もあった為、反論の声を上げる事無く王太子の婚約者として振舞っていたのである。
レイナード様と別れて自分の部屋に戻っていると、一人の女性とすれ違う。道を譲る素振りを見せないがどこのご令嬢だろうか?そう思って確認しようとしたら、相手は不躾にこちらを見ている。知り合いかしら?とも思ったが記憶にない相手なので軽い笑みだけを返して素通りした。
「シェリル様、シェリル・サハリン様お待ちください」
その女性が私を呼び止めた。本来なら相手をする必要はないのだが、声に含みを感じたので足を止め振り返った。公爵家、更には王太子の婚約者であるこの私を、名乗りもせず背後から呼び止めたのだからどれほどの女性がどれほどの用なのかと......。
「シェリル様?レイナード様がどちらにいらっしゃるかご存じですか?私あの方に呼ばれているのですが、お城は広くて......。本当は彼がお迎えに来てくれるはずだったのですが、何か面倒なご用があるらしくて私の方から向かっているのです」
なるほど、なるほど。この醜く厭らしい笑い方をするこの女性は、この私に対して『殿下は貴女とのお茶会という面倒事が無ければ自分を迎えに来てくれたのだ』と、そう言いたいのね?
ふんふん、それが私のせいだから、殿下の居場所が分かっているにも関わらず、敢えて私を呼び止めたと。そういう事ね?よろしい、買いましょう。
(ユラリ......)
「そうですか、殿下に代わりの人間も用意してもらえなかったのですね?わたくしにはご自分の近衛を付けてくださったのに不思議ですわね?この近衛に案内させましょうか?」
私が扇子で顔を半分隠しながらそう告げると、一瞬驚いた顔をした彼女であったが次の瞬間分かりやすく怒りの表情に変わった。何か言い返したかったのだろうが私が聞く必要はない。どこの誰かも知らないが名乗らない方が悪いし興味もない。
私が踵を返して近衛に彼女を送るように視線を送ると、今度はその近衛が口を開いた。
「お言葉ですがサハリン様?私は貴女様をお護りするのが仕事でありますので、いくら貴女様のご命令でもご容赦ください。それでも案内をと言われるのであれば別の人間を用意いたします」
初めてその近衛の声を聞いたが、彼は本当に嫌そうな低い声で頑なに断ろうとする。不思議に思っていると、目の前の彼女の方が敏感に反応した。きっと自分が優先されないと気が済まない類の人間なのだろう。
「いいから私を案内しなさいよ!シェリル様なら迷う心配もないし、お城の中なのだから危険も何もないでしょう!レイナード様の近衛なら私の言う事を聞きなさい!」
(カッチ―—ン!)
公爵家の高度な教育に加え、王太子妃教育も受けている私は勿論感情を面に出す事は決してない。しかし感情はある、こちらは穏便に終わらせてあげようとしたにも関わらず引き留めたのは彼女なのだから仕方がない......。
(ユラリ......パートⅡ)
「おかしなことを......これは殿下の近衛であり、今はわたくしに付き従っているのです。なのに何故あなたの言う事を聞けなどとその様な暴言を?お気は確かかしら?殿下に気を配ってもらえなかったからと、こちらに当たるのは止めてくださる?あなたにこうやってお伝えしても無駄でしょうけど、あまりにも迷惑だわ」
今度は私が分かりやすいほどの喧嘩の売った、確実に相手が激昂するであろう言葉を使ってだ。すると案の定私の言葉に言い返せない彼女が行動に出た......。
そう、彼女は私に向かって手を上げていたのだった。
その時がスローモーションにさえ感じたが、私の頭の中は冷静だった。その上、自分はなんて未熟なのだと反省までしながらジッとその手が振り下ろされるのを待っていたのであった......。
読んでくださりありがとうございます。
一話2,000~2,500文字での連載になるかと思います。
宜しければ今後ともお立ち寄りいただけると幸いです。