第49話 『未来へ』
「柊斗、朝ごはん冷めちゃうよ!」
リビングから紗良の声が聞こえる。
「ごめん、今行く!」
書斎で机に向かっていた柊斗は慌てて作業を切り上げ、リビングへと向かった。
朝の光が差し込むダイニングには、エプロン姿の紗良が待っている。
黒髪ロングに清楚な装いの彼女は、10年前のギャル姿とはまるで別人のようだった。
それでも、彼女の明るさと美しさは少しも変わっていない。
「また朝からアニメの作業? 最近忙しいんじゃないの?」
「まあね。でも、あとちょっとで完成だから頑張らないと」
柊斗が席につくと、紗良は焼きたてのパンとスープを笑顔で差し出した。
「はい、朝ごはん。ちゃんと食べないと倒れるよ?」
「ありがとな、紗良」
二人が暮らすこの家は、紗良がSNSで美容関連の発信をする仕事を始めてから購入したものだった。
「最近フォロワーが増えてさ、結構反響があるんだよね。黒髪ロングの清楚系ってやっぱり人気あるみたい」
「紗良の投稿、参考になるって評判いいんだろ?すごいじゃん」
「うん。でも、たまにはギャルに戻ろうかなーって思うんだよね」
紗良が笑いながらポーズをとる。
その仕草は、10年前のギャル時代を思い出させるものだった。
「ギャルに戻るって? いいじゃん。紗良は何でも似合うよ」
柊斗が即答すると、紗良は「そんなに褒めても何も出ないよー」と照れ笑いを浮かべた。
柊斗は、そんな紗良の姿を見ながら心の中で呟く。
──紗良が自分の好きなことを追いかけて、こんなにキラキラしているのが本当に嬉しい。
10年前、紗良が美容の専門学校に進むと決意した日を思い出す。
あの日から彼女は迷うことなく前に進み続けてきた。
そして今では、誰もが憧れる美容のインフルエンサーとして活躍している。
一方の柊斗もまた、自分の夢を追い続けていた。
高校卒業後に専門学校で学び、その後アニメ制作会社に就職。
今では、念願だったオリジナル作品の制作に携わっている。
「俺も紗良みたいに、自分の好きなことをずっと追いかけていきたい」
そう思ったのは、紗良が背中を押してくれたからだった。
「そういえば、今日はどこか出かける?」
紗良がコーヒーを飲みながら尋ねる。
「ああ、久しぶりに外でゆっくりしようか。公園とかどう?」
「いいね!お弁当作って持って行こうよ」
紗良がそう提案すると、柊斗は「よし、じゃあ俺も手伝う」と台所に向かった。
二人で手分けしてお弁当を作りながら、自然と昔話に花が咲く。
「高校の頃、初めて二人でアニメショップ行ったの覚えてる?」
「覚えてる覚えてる!柊斗が推しキャラのグッズを買ってテンション上がってたよね」
「でもその後、紗良が俺よりグッズに詳しくなってたのが面白かったよ」
二人で笑い合いながら、お弁当が完成する。
「よし、これで準備オッケー。行こう!」
「うん!」
そんな二人の姿を見ていると、10年前の不安や迷いが嘘のように思える。
二人はお互いの背中を押し合いながら、ここまで一緒に歩んできた。
そしてこれからも、二人で未来を切り開いていくのだろう──。
******
秋の風が心地よく吹く公園。
木々の葉は赤や黄色に染まり、空気はどこか穏やかだった。
ベンチに座る柊斗と紗良は、先程二人で作ったお弁当を広げて、のんびりとした時間を過ごしていた。
「お弁当、なかなか上手くできたよね」
紗良が笑顔でおにぎりを差し出す。
「これ、紗良が作ったやつだよな。絶対美味しいやつだ」
柊斗が嬉しそうに受け取ると、紗良は「あんたも手伝ったじゃん」とくすくす笑った。
二人のやり取りは、何気ない日常の一コマだったけれど、そこには10年という年月を共に過ごしてきた二人の温かさが感じられた。
「こうして外でゆっくりするの、久しぶりだね」
紗良がふと空を見上げながら呟く。
「そうだな。最近はお互い忙しかったし、こんな風にゆっくりするのもいいよな」
「うん。柊斗も仕事、頑張ってるもんね。次の作品、もう少しで完成なんでしょ?」
「そうそう。みんなを感動させるような作品にしたいんだ。紗良がいつも応援してくれるから、頑張れる」
「そんなの当然でしょ。私は柊斗の一番のファンだから!」
紗良の明るい声に、柊斗は思わず笑みをこぼす。
「ありがとな、紗良。紗良がいなかったら、俺、ここまで頑張れてなかったと思う」
「もう、そういうの、急に言うと恥ずかしいじゃん!」
そんなやり取りをしながら、紗良は少しだけ真剣な顔になる。
そしてそっとお腹に手を当てた。
「ねえ、柊斗」
「ん? どうした?」
その仕草に気づいた柊斗は、彼女の表情を見つめる。
「……実は、私たちに新しい家族ができるの」
静かな声で紗良が告げると、柊斗は一瞬驚いた顔をした。
「……本当に?」
「うん。赤ちゃん、いるんだよ」
紗良が微笑みながら答えると、柊斗の目がじわりと潤んだ。
「ありがとう……紗良、本当にありがとう」
そう言って、柊斗はそっと紗良のお腹に手を当てた。
「まだ信じられないけど……俺たちの子供なんだな」
「うん、そうだよ」
紗良もお腹に手を添えながら、二人で新しい命の温かさを感じ取る。
「どんな子が生まれるんだろうな」
「私たちみたいに、自分の好きなものを大事にできる子になって欲しいね」
「そうだな。幸せになれる子にしよう。俺たちが絶対に守るから」
二人で顔を見合わせ、未来の家族の姿を想像して微笑み合う。
夕陽が木々の間から差し込む中、柊斗は紗良に向き直る。
「紗良、本当にありがとう。紗良と出会えて、俺は変われた。そして今度は、俺たちの子供にそう思ってもらえるように頑張るよ。紗良と子供のことは俺が絶対守るから」
そう言うと紗良はクスりと笑った。
「どうしたんだよ」
「なんか柊斗のそういう真っ直ぐなところ10年前から変わってないなぁって……おかげで今幸せだよ、ありがとう」
いきなり褒められた柊斗はどうしていいか分からず、お、おう。と顔を赤く染めた。
「柊斗と一緒だから、どんなことでも乗り越えられる気がする」
紗良が柊斗の手を握り締める。その手には、これから始まる新しい日々への希望が込められていた。
秋の穏やかな風が二人を包み込む中、二人は静かに寄り添いながら、公園を後にした。
木々の葉が舞い落ちる道を歩く二人の背中には、確かな幸せと未来への力強い一歩が感じられる。
これから先、どんな困難が待ち受けていようと、二人は共に乗り越えていく。
これにて完結です!
ここまで読んで頂き本当にありがとうございました!
完結させることが出来たのは応援してくださった皆様のおかげです!
重ね重ねにはなりますが、本当に、本当にありがとうございました!




