第48話 『ありがとう』
「今日はどこ行こうか?」
隣で歩く浩太くんの声が、秋の澄んだ空気に溶け込んでいく。
「そうだね、ちょっと歩きながら決めようか」
自然と顔がほころぶ。この穏やかなやりとりが、とても心地よい。
私たちは休日のデートを楽しんでいた。
最近はお互いに好きなアニメの話で盛り上がったり、関連イベントに出かけたりと、一緒にいる時間が本当に楽しい。
「そういえば、この前の映画さ、エンディングすごく良かったよね」
浩太くんが楽しそうに話題を振る。
「あれは良かったね!キャラの成長がちゃんと描かれてて……最後のシーン、感動しちゃった」
「だよね! あの演出、泣けるよな」
私たちはそんな他愛ない会話を交わしながら、静かな街を歩いていた。
しかし、ふとした瞬間、視界の端に見覚えのある姿が映った。
「……あれ?」
思わず足を止めてしまう。
そこには、柊斗とその彼女が一緒に歩いている姿があった。
彼女の方は明るく笑い、柊斗も楽しそうに何かを話している。
二人の間には、確かな絆が感じられた。
その光景を目にした瞬間、胸の奥に微かな痛みがよぎる。
かつての自分が隣にいた姿が、頭の中に浮かんだからだ。
「どうしたの? 誰か知り合い?」
浩太くんが不思議そうに首をかしげる。
「ううん、なんでもないよ」
私は軽く笑ってごまかした。
柊斗と彼女が仲良く歩いている姿は、私にとって嫌な気持ちを与えるものではなかった。むしろ──。
──ああ、二人とも幸せそうで良かった。
彼らの姿を見て、心の中でそう思った。
少し前の私は、自分の未熟さから柊斗との関係を壊してしまった。
「オタクはやっぱり無理」
その言葉で、彼の好きなものを否定してしまったこと。
それがどれほど彼を傷つけたか、今なら痛いほど分かる。
だからこそ、今の彼が笑顔でいられることが嬉しかった。
素敵な相手と一緒に過ごしているのなら、それでいい。
「麗華、本当にどうしたの?」
浩太くんが半分冗談めかして問いかけてくる。
「ほんとになんでもないよ。それよりさ、この後カフェでも行かない?」
「お、いいね。じゃあどこ行こうか」
彼の明るい声に救われた気がした。
私は浩太くんの隣を歩きながら、静かに心の中で呟く。
『ありがとう、柊斗。そして、これからも幸せになってね』
少し前の私なら、きっとこんな風に思えなかっただろう。
でも、今は違う。浩太くんと出会い、自分の好きなものに一生懸命になる楽しさ、そしてそれを受け入れてくれた時の嬉しさや大切さを知ることができた。
彼と一緒に過ごす日々は、私にとって新しい幸せを教えてくれるものだった。
「次のイベント、行きたいところもう決めた?」
「うん!新作アニメのグッズも出るし、絶対楽しいと思う!」
浩太くんとの会話はいつも自然体だ。好きなことを自由に語り合える関係が、こんなにも心を満たしてくれるなんて。
その日、カフェでのんびりとお茶を楽しみながら、次のデートの予定を話し合った。
「麗華の推しキャラ、グッズ買うの楽しみにしてるよ」
「えっ、私だけじゃなくて浩太くんも買うでしょ? ほら、あのシーンの限定グッズ!」
「あ、それか!じゃあ一緒に並ぼうな」
他愛もない会話の中で、笑い声が絶えない。
帰り道、ふと澄んだ秋の空を見上げた。
「ねえ、浩太くん」
「ん? どうした?」
「ありがとう、いつも一緒にいてくれて」
突然の言葉に驚いたような顔をする彼だったが、すぐに優しく微笑んで答えた。
「俺も麗華が一緒にいてくれるから、毎日が楽しいよ」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
もう振り返ることはない。
私には浩太くんがいるし、何より自分が好きなものを大切にできる今の自分が本当に好きだから。
秋風に吹かれながら、私は一歩一歩、未来へと進んでいった。
「今度、あの新作アニメ一緒に観に行こうよ!」
「いいね、麗華の推しキャラ教えてよ」
笑い合う私たちの声が、静かな街並みに響いていく。
私たちはこれからも、好きなものを共有しながら、新しい幸せを築いていくのだろう──。
読んで頂きありがとうございます!
麗華が再び幸せになるかならないか、というところで悩みましたが、幸せにさせることにしました。
人は過ちを犯しても変われるんだよ、ということを描きたくなってしまったからです。
賛否あるかもしれませんがここでその経緯について喋らせて頂きました。
あと1話か2話で完結です!
最後までよろしくお願いします!




