第47話 『好きなモノを知る努力』
私──麗華は柊斗にこっぴどく振られた日から、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
あの日、私の胸には大きな穴が開いたような感覚があった。
『私は捨てられたんだ……』
その言葉が頭の中で何度も繰り返されるたび、胸が締め付けられ、涙が止まらなくなった。
『オタクはやっぱり無理』
その言葉を私が投げかけたのは確かだったけれど、その重みを理解していなかった自分に気づいたのは、振られた後だった。
振られてすぐの頃は、とにかく絶望感に包まれていた。
放課後や家に帰っても、何をしても気分は晴れず、周りの何もかもが灰色に見える日々。
『あの時、どうしてあんなことを言ったんだろう』
『どうして柊斗の好きを理解しようと思わなかったんだろう』
そういった色々な後悔が次々と頭に浮かんでくる。
しかし何度思い返しても、答えが見つからない。
でも、だけど。時間が経つにつれて、少しずつ冷静になっていった。
『このままじゃダメだよね』
そう考えるようになったのは、振られてから数週間後のことだった。
最初はただ自己嫌悪に陥ってしまっていただけで、自分を責めに責めた。
でもその気持ちは少しずつ自分に罪を自覚させると共に、このままではダメだ、と自分を前に進ませる原動力に変わっていった。
振り返ってみれば、あの時の私は本当に未熟だった。
柊斗が好きだと言っていたアニメのことを、私はちゃんと知ろうともせず、ただ「自分に合わない」と切り捨ててしまった。
簡単に言えば食わず嫌いだ。
好きなものを否定される痛みを、あの時の私は全く分かっていなかったのだ。
『自分が否定してきたものを、ちゃんと受け入れてみよう』
そう決意して、私はアニメを見始めることにした。
だけど正直、最初は興味本位でしかなかった。
いや、興味なんてなかった。
無理やり自分を納得させるため、こうでもしないと変わらない、ずっとこのままは嫌だ、と言い聞かせ私はアニメを見続けることにした。
『本当にこんなのが面白いの?』
最初は画面に映るキャラクターや物語に、どこか距離を感じながら観ていたのを覚えている。
それでも、回を重ねるうちに、少しずつその世界観に引き込まれていった。
感情豊かなキャラクターたちが紡ぐ物語。
繊細な背景描写。
心を揺さぶる音楽。
最初は軽い気持ちだったのに、気づけば「次はどうなるんだろう」とワクワクしながら続きを観ている自分がいた。
アニメを観るうちに、私は一つのことに気づいた。
『自分が好きなものを否定されるのって、こんなにも悲しいことなんだ』
それは、まさに私が柊斗にしてしまったことだった。
もし、あの時に彼の好きなものをもっと知ろうとしていたら。
もし、自分が偏見を持たずに向き合えていたら。
虫が良すぎるのは自分でわかっている。
でも、きっと、違った未来があったのかもしれない──そう思うと、胸がじんわりと痛んだ。
しかし私は生きていく上でこの胸の痛みを知ることが大事だったのだ、そう思うとこの痛みを知れてよかったのだ、そう思えた。
そんなある日、私はアニメ関連の掲示板で趣味が合う人と話す機会を得た。
お互いの好きなアニメやキャラクターの話で盛り上がり、その流れで直接会うことになった。
会ってみると、彼──浩太くんはとても誠実で、話しやすい人だった。
最初はただのアニメ仲間として交流していただけだったけれど、次第に彼に対する気持ちが変わっていった。
浩太くんは、好きなものについて話すとき、とても楽しそうだった。
「俺も、昔は趣味を否定されるのが怖かったんだよね。でも、麗華はそんなこと思わないよね」
彼がそう言ったとき、私は心の中が温かくなるのを感じた。
「うん……私も、もうそういうの嫌だなって思ったから」
「もう、って言うのは?前まで何かあったのか?」
「……うん」
そう答えながら、過去の自分を思い出していた。
浩太くんに言わないことも出来たが、これを隠さず話した上でこれを受け入れてもらわないと、自分でこの人の隣にいることに納得できない。
「少し長くなるんだけどね……」
そう思った私は思い切ってこれまであったことについて、彼に話すことにした。
前まで彼氏がいた事。
その人の好きを認められなかったこと。
別れた後にその彼氏にもその相手にも酷いことをしてしまったこと。
それからその人たちの気持ちを理解できるようにアニメを見始めたこと。
そこの延長線上で浩太くんに出会ったこと。
「そうか……」
浩太くんがどんな反応をするか怖くはあった。
これで無理なら悪いのは私でしかないし、彼とはバイバイするしかない。
しかし彼は私を褒めてくれた。
「失敗したのは確かにダメだったかもしれない……だけど麗華はそれを自分で、そこから逃げずに逆にそこに向き合うことで乗り越えた。それは普通に尊敬する」
彼はそう言って微笑んでくれた。
「これからも好きなモノを好きでいることを忘れずやっていこう」
「うん、浩太くんありがとう……」
思わず涙が出てしまいそうだったが頑張ってこらえた。
過去の失敗を反省して、自分を変えたいと思った結果、今の私には浩太くんとの幸せな日々がある。
彼の誠実さや優しさに支えられながら、お互いに好きなものを否定しない関係を築けている。
「ありがとう、柊斗」
心の中でそう呟くたび、かつての思い出が浮かぶ。
確かに、柊斗との関係は終わったけれど、それが私を成長させてくれた。
自分の好きなものを否定せず、大切にすること。それが、今の私を作るきっかけになった。
もちろん、柊斗に対する未練が全くないわけではない。
だけど、彼と過ごした時間があったからこそ、今の幸せがあると思える。
「ありがとう、柊斗。私に大切なことを教えてくれて」
そう心の中でつぶやきながら、私は新しい人生を歩み始めている。
笑顔で隣を歩く浩太くんの存在に感謝しながら──。




