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第45話 『私の好きなモノは…』

 秋風が少し冷たく感じる季節になり、学校では進路の話題が増えてきた。


 先生からは「そろそろ進路を考えなきゃいけないぞ」なんて話が繰り返され、クラスでも誰がどこを目指すとか、将来何になりたいとか、そんな話が飛び交っている。


 かくいう俺も例外じゃなく、頭の中でぼんやりと「どうしようかな」と考えていた。


 放課後、紗良と一緒に帰り道を歩きながら、そのことを何気なく口に出してみた。


「なあ、紗良。将来のこと、どうするか決めた?」


 隣を歩く紗良は、ふと足を止めて考え込むような顔をした。


「うーん、まだちゃんと決めてないけど……でもね、最近ちょっと気になることがあるんだよね」


「気になること?」


「うん。なんか、これがやりたい! っていうのがあるかもって思ってて」


 その言葉に驚いた。

 俺はまだ将来のことなんて漠然としか考えられていなく、とりあえず少し頑張ったら入れる偏差値高めの大学に行こうと思っていた。

 それに対して紗良はもう「やりたいこと」に気づいているのかもしれない。


「すごいな……紗良ってさ、やっぱり自分の好きなことに正直だよな」


「えっ、そうかな?」


「そうだよ。俺なんて、とりあえず勉強頑張って少し頭良い進学校行こうかな、ぐらいしか考えてないし」


 そう言いながら、少し恥ずかしい気持ちになった。

 紗良みたいに自分の好きなものを見つけて、それに向かって頑張れるのは本当にすごいことだと思う。


「柊斗だっていいじゃん。とりあえず進学校に行くのも、一つの目標でしょ?」


 紗良が笑いながらそう言ってくれるけど、それでもやっぱり、自分が何をしたいのかまだ見えていないのはもどかしい。


 その夜、家に帰っても進路のことが頭から離れなかった。


 俺が何となく考えている「進学校に行こうかな」というのは、将来のためというよりも、「勉強していれば何とかなるだろう」という消極的な理由だった。


 机に向かいながら、ため息をつく。


 ──俺、本当にこれでいいのかな。


 ふと、紗良の顔が頭に浮かぶ。彼女はいつも好きなことに向かって真っ直ぐで、オシャレやメイクのことでも楽しそうに話してくれる。


「好きなことか……」


 俺にはそんなふうに夢中になれるものがあるだろうか。

 無くはない……いやある。

 しかしそれを将来の夢にする覚悟はあるか、と言われると胸を張れないのも事実だった。




 ******


 


 次の日、学校で紗良に会ったとき、昨日のことを少し思い出して話してみた。


「なあ、紗良。昨日考えてたんだけどさ、やっぱり自分の好きなことを見つけるのって大事だよな」


「えっ、どうしたの急に?」


「いや、紗良を見てるとそう思うんだよ。いつも自分の好きなものを大事にしてて、それを話すときの顔、すごく楽しそうだしさ」


 紗良は一瞬きょとんとした顔をしたあと、照れくさそうに笑った。


「そんな風に言ってもらえると嬉しいな。ありがと、柊斗」



 放課後、また一緒に帰る途中で、紗良が少し真剣な顔をして話し出した。


「それでさ、私の好きな事についてなんだけど……実はさ、私、美容の専門学校に行きたいなって思ってるんだ」


「美容の専門学校?」


「うん。メイクとかオシャレが大好きだから、それを仕事にできたらいいなって」


 その言葉に驚きながらも、「紗良らしいな」と納得する自分がいた。

 紗良の成績ならかなり良い大学にも行けるだろうに、自分の好きを追い求める彼女の姿には頭が上がらない。


「すごいな……紗良、そうやって自分の好きなことをちゃんと見つけて、それに向かって頑張れるの、本当にすごいよ」


「そ、そんなにすごくないよ!」


 紗良は照れくさそうに笑いながらそう言ったけど、俺には彼女が本当に眩しく見えた。


「俺、紗良が自慢の彼女だよ。紗良のこと、全力で応援するからな」


 そう言うと、紗良は少し驚いたような顔をしてから、ふわりと笑った。


「ありがとう、柊斗。そう言ってもらえると、本当に頑張れそう」


 そうやって笑う彼女の笑顔をずっと守りたい、そう心の底から思った。


「でも問題があって……」


 紗良が少しモジモジしながら喋り始めた。


「問題?」


「うん、まだ両親にこのこと言ってないんだ」


 そうだったのか。うちの高校はそれなりの進学校だし、紗良は成績もいいから両親からいい大学に行って欲しいと、期待はされているだろう。それを押しのけてまでも……という紗良の気が伺えたが。

 俺はそんな紗良の気持ちを笑い飛ばしてやりたいと思った。俺は笑った。


「大丈夫、紗良の好きなモノへの情熱は絶対お父さんお母さん達に伝わると思う」


「そうかな……?」


「なに、不安になってるんだ!これだけずっと紗良の好きなモノに付き合ってきた俺が言ってるんだぞー?」


 そうやってちょっとおどけて言って見せた。

 そうすると段々と紗良の顔も明るくなっていく。


「うん!わかった!柊斗、ありがとう。柊斗が私の彼氏で良かった」


「……っ。お、おう」


 いきなりそんなことを言われるもんだからびっくりしてしまった。心臓ドキドキだ。

 紗良には自分の夢を貫き通して欲しいものだ。

 それと次は自分のことに着いても考えないとな。




 ******



 


 その日、家に帰ってからも紗良の言葉が頭の中をぐるぐると巡っていた。


 ──俺も、紗良みたいに自分の好きなことを見つけられるのかな。


 机に向かいながらノートを広げ、少しずつ自分の考えを書き出してみた。


「とりあえず、進学校に行ってみよう。その先で何か見つかるかもしれない」


 そう自分に言い聞かせながら、ペンを握りしめる。


 紗良みたいに自分の好きなことを見つけて、それに向かって努力できるようになるために、とりあえずは俺も今できることを頑張るしかない。




 ******



 


 ──美容の専門学校に行きたい。


 そう心の中で決意したものの、実際にそれを親に伝えるのは簡単なことじゃなかった。


 これまで勉強や進路について深く話す機会も少なく、「高校卒業したらどうするの?」と軽く聞かれたときも、「まだ考え中」と曖昧に答えてきた。


 でも、柊斗と話しているうちに、自分の好きなことを仕事にしたいという思いがどんどん強くなっていった。

 そして柊斗に思い切って自分の夢を言って見た事で、モヤモヤとしてみたいな、と思ってたのが確信へと変わった。


「伝えなきゃ、始まらないよね」


 自分にそう言い聞かせながら、リビングにいる両親の元へ向かった。





 ******




 


「お母さん、お父さん、ちょっと話したいことがあるんだけど」


 ソファでテレビを見ていた父と、家事の手を止めた母が同時にこちらを向いた。


「どうしたの、紗良? なんか真剣な顔してるね」


 父が軽く笑いながら言ったけれど、私は真面目なトーンで話を切り出した。


「私、美容の専門学校に行きたいと思ってるの」


 その言葉を聞いた瞬間、母の眉がピクリと動き、父は一瞬驚いた表情を見せた。


「美容の専門学校?」


「うん。メイクとかファッションとか、そういうのを勉強して、将来の仕事にしたいの」


 私はなるべく真剣に、でも柔らかい口調で伝えたつもりだった。


「でも、紗良。それって本当に安定する仕事なの?」


 母が最初に口を開いた。その言葉に、少しだけ心が揺れる。


「安定とかよりも、私が本当にやりたいことなんだよ。メイクとかオシャレが好きで、それを活かせる仕事に就きたいの」


「でもね……」


 母の声が少し強くなりかけたその時、父が口を挟んだ。


「紗良、それで食べていけるって自信があるのか?」


「……まだ自信があるとは言えないけど、ちゃんと専門学校で勉強して、それから考えるつもり」


 そう答えながらも、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚があった。


 やっぱり、簡単には受け入れてもらえないんだ……。


 少し粘っては見たものの、イマイチ伝わりきらず、その日の話し合いはお開きになってしまった。


 その日の夜、部屋に戻っても気持ちは晴れなかった。


 ベッドに横になりながら、スマホの画面をぼんやりと眺める。


 どうしよう。私、本当にこれでいいのかな……。


その時、画面に柊斗からのメッセージが届いた。


『今日、どうだった? お父さんとお母さんに伝えられた?』


 思わず涙が出そうになる。柊斗はいつも、私のことを気にかけてくれている。


『伝えたよ。でも、やっぱり少し反対されちゃった』


 送信ボタンを押した瞬間、すぐに既読がつき、数秒後に返信が来た。


『そっか……。でも、紗良が真剣に伝えたなら、きっと分かってくれるよ。俺は応援してるから』


『話聞いてくれてありがとう。じゃあおやすみ』


『うん、おやすみ』


 私は少しのモヤモヤを抱えながらも、柊斗の言葉に胸がじんわりと温かくなった。




 ******



 


 次の日、放課後に柊斗と一緒に帰る途中、私は昨日の話を少しだけ打ち明けた。


「やっぱり、親は簡単には賛成してくれなかったよ。でも、諦めたくないんだよね」


「うん。紗良が本気でやりたいことなら、ちゃんと話せば分かってくれるよ」


 柊斗は真剣な顔でそう言ってくれた。その言葉に背中を押され、もう一度家族と向き合う決意をした。


 その夜、リビングで母に話しかけた。


「お母さん、昨日はちゃんと話せなくてごめんね。もう一度、ちゃんと聞いて欲しい」


 母は少し驚いた顔をしたけれど、「分かった」と頷いてくれた。


「私、本気で美容の専門学校に行きたいの。これが私のやりたいことだから」


 私の真剣な表情につられて、母も真剣な表情で答えてくれる。


「でも、それで将来どうするつもりなの?」


「ちゃんと勉強して、スキルを身につけて、好きなことを仕事にしたい。それに……これだけは譲れないんだ」


「…………」


 その言葉を聞いた母は、少し黙り込んだ。

 

 しかし、その沈黙をやぶったのは父だった。


「……紗良がそこまで言うなら……まあ、応援するしかないかもしれないな」


 その一言に、私は涙が出そうになるのを堪えた。


「紗良、頑張れるか?」


 厳しくも、でも優しい父の目。

 私はうん、と力強く頷く。


「お父さんはそれでいい、あとは紗良次第だ」


 父はそう言ってくれた。

 改めて母の方に向き直ると彼女は複雑な表情を浮かべていた。


「紗良、お母さんは、もちろんお父さんも紗良のことが大好きなの。だからこそ紗良には幸せになって欲しいし、安定した生活を送って欲しいって思ってる、それは分かる?」


「うん」


「でも、それと同時に本当の意味で紗良には幸せになって欲しい。だから紗良の好きなことをやって、もしそれで少しだけ安定した生活にならなかったとしても、紗良がそれで満足して、胸張って生きてくれるならお母さんは、それが一番幸せなんじゃないかなとも思う」


 母の私に対する愛情に思わず涙がこぼれそうになる。


「どっちのお母さんの気持ちが正しい、だとかお母さんの気持ちはこれだ!とは今の状況じゃ言いきれない。だけど……」


 お母さんは私の目を見た。私の覚悟をまるで問うかのように。

 少しの間の沈黙。

 そして数秒間見つめあった後に母はふふ、と笑った。


「紗良、自分の好きなことを貫くのはすごいことだよ。でも、ちゃんと覚悟を持って頑張りなさいね」


 母のその言葉に、私は深く頷いた。


「ありがとう、お母さん。絶対に頑張るから!」


 自分の気持ちを伝えられたことで、胸の奥が少し軽くなった気がした。

 これからが大変なのは分かっているけれど、柊斗の支えと、自分の決意があれば乗り越えられる気がする。


 ──自分の夢に向かって、全力で頑張ろう。


 そう心に誓いながら、私は次の日を迎える準備を始めた。

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