第3話 『段々と特別に』
次の日の朝。教室に入ると、またもや水島が真っ先に俺に手を振ってきた。
「おはよー、彼氏くん!」
まだ「彼氏くん」なんて呼ばれ慣れていない俺は、恥ずかしさを隠すのに必死だったが、水島はそんな俺の気持ちをお構いなしに、自然体で接してくれる。
それがかえって心地よく感じるようになってきている自分に気づいて、少し驚く。
「おはよう、水島」
ぎこちなく返すと、水島は「今日もよろしくね!」とニコッと笑った。
こんな明るくて可愛い笑顔が俺に向けられてる、そんなことを改めて考えてしまうとなんだか照れくさくなって自分でも頬が少し熱いのが分かる。
「なになにー?照れてんのー?」
「う、うるさい」
そんなこんなで今日も一日が始まる。
******
授業が始まっても、俺の集中はなかなか続かない。
水島は一応俺の隣の席だ。
そんな落ち着かない様子の俺を見てか、水島はチラリとこちらを見てから「ノート見せてあげるからさ」と、小声で囁いてくれた。
彼女のノートは意外と整っていて、真面目に授業を受けていることが伝わってくる。
見た目こそギャルだが水島は要領がいいのだ。成績も学年トップ20には毎回入るくらいの実力だと聞いたことがある。
なんだかリア充でもありそのように勉強もできる、すげぇやつと思った印象があった。
「えっ……いいのか?」
俺が戸惑いながら聞くと、彼女はあっさりと「いいに決まってるでしょ、彼氏なんだから」と一言。
なんだかそれだけで自分が特別な存在になった気がして、心が少し温かくなるのを感じた。
授業が終わると、彼女はそのまま自然に俺の方に向き直り、「お昼、一緒に食べようよ」と誘ってきた。
「……え、また一緒に?」
「そうだよ、何驚いてるの!昨日も一緒に食べたんだから、今日も! ほら、遠慮しないで!」
俺が返事をする間もなく、水島はお弁当を差し出してくる。
そして自分のお弁当を開けると、さりげなく俺の方にもおかずを分けてくれる。
山田は?となるかもしれないが水島と反対側の隣の席が山田で一緒に喋りながら食べる時もあるが、まぁ喋ったりはするかなくらいの友達関係だ。
だから山田を捨てて水島と食べてる訳じゃないから大丈夫だ。
まぁ誰に弁明しているんだ、という話だが……。
「ほら、これも食べてみてよ。今日のはウチのママが作ったんだ!」
笑顔で勧められるままに、少し遠慮しつつもおかずを口に運ぶと、口の中にやさしい味が広がる。
どこか懐かしい味で、おいしいと素直に感じた。
「……うまいな」
そう言うと、水島は満足そうに頷いてくれる。
その自然体な態度がまた心地よく、俺はだんだんと彼女といる時間が「特別なもの」になっているのを感じていた。
「桜庭くんって、こうやって話してると、思ってたより普通の人なんだね」
ふ、ふつう?どう意味なんだそれは。
彼女がそう言うと、俺は少し驚いた。何を隠そう、ずっとオタクだと意識してきたからこそ、普通と言われると戸惑う。
しかし悪い意味では無さそうだ。
「普通かどうかはわからないけど……」
「ウチにとっては普通の、頼れる彼氏だよ?」
彼女は軽い調子でそう言ったが、その一言が妙に嬉しくて、顔が熱くなるのを感じた。
******
午後の授業中、少し難しい内容が出てきたときに、俺が困った顔をしていると、水島がすぐに「ここ、こうだよ」と教えてくれた。
さりげなく教科書を指さして、教えてくれるその姿に、そのギャップに思わず見惚れてしまう。
水島は俺が分からないところを、ただ黙って教えてくれる。
そこに何の見返りも求めず、自然と俺を助けてくれるその姿勢に、俺は「彼女って、こんな感じなのか」と少し実感が湧いてきた。
放課後になると、またもや彼女が「一緒に帰ろう!」と声をかけてきた。
その明るい声と笑顔に誘われるように、俺はまた水島と一緒に下校することになった。
「桜庭くん、なんか顔が明るくなった気がするよ?」
彼女がふとそう言って、俺の顔をじっと見つめる。
自分ではあまり意識していなかったが、確かに少し前の俺と比べて、何かが変わりつつあるのかもしれない。
「そう、かもな。……水島と一緒にいると、楽しいし」
素直にそう言うと、水島は目を丸くしてから、嬉しそうに微笑んだ。
「それなら良かった。やっぱり彼氏には幸せでいてほしいもん!」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
彼女がこんなに自然に、俺を大切にしてくれていることが伝わってくる。
彼女のそばにいると、元カノとの辛い思い出が少しずつ薄れていくのを感じる。
別れ際、水島が「明日もよろしくね!」と言って、手を振って帰っていった。
俺も自然と手を振り返してしまった。
彼女と一緒にいると、自分が素直でいられる。
過去の嫌な記憶や、誰かに嫌われることを気にすることなく、ただ「自分らしく」いられる。
それがこんなに心地良いものだなんて、今まで知らなかった。
まだ慣れないけど、水島の隣にいることが、だんだんと「特別」な時間になっている。