第34話 『許さない』
一時はどうなることかと思ったが、紗良の涙を見て、そして彼女の本当の気持ちを聞けて、お互い分かり合えたことで、俺はようやく彼女の不安を少しだけ取り除くことができた、そう思った。
だけどどこか彼女の中にまだ残っているモヤモヤに俺は気づいていた。
俺と紗良の間にあった心の距離は埋まったものの、問題の根本はまだ何も解決されていないのだ。
何が原因で彼女がここまで俺を信じられなくなってしまったのか。それを知らなければまた同じことを繰り返すだけだ。
「紗良、もう少しだけ聞かせてくれないかな」
話が一段落し、共に帰る準備をしようとしていた紗良にそう声をかけると、彼女は少し驚いた表情を見せた。
「何を……?」
「紗良が、なんで自信をなくしてたのか。その理由をちゃんと知りたいんだ」
紗良は一瞬黙り込んだ。どうしたものか、と。そんな迷いが一瞬見えたような気がした。
しかしそんな迷いの表情と一瞬の内に消えて、真っ直ぐな目でこちらに向き直ると、やがて意を決したように口を開いた。
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「紗良が、なんで自信をなくしてたのか。その理由をちゃんと知りたいんだ」
柊斗に真剣な目でそう言われた瞬間、自分の弱さを晒してしまうようで、少し怖かった気持ちもあったけど、気づけば心の奥にしまっていたものが自然と溢れ出してきた。
「実はね……」
私はゆっくりと話し始めた。
「麗華さんに、ちょっと言われたの。『柊斗はオタクだから、派手なギャルみたいな子ってあんまり得意じゃないんじゃない?』って」
「……麗華が?」
「……うん、ウチじゃ柊斗には合わないんじゃない、ってそう言われた」
「……」
そんな私の話を聞くと柊斗の表情がみるみる険しくなっていくのがわかった。
でも、それだけじゃない、と私はそのまま続ける。
「それだけじゃなくて……中学時代の友達と偶然再会してね。その子たちに『無理してるみたいじゃない?』って言われて……」
その時の場面、そして言葉を思い出すと、胸がチクチク痛んだ。
でも、今なら、目の前の柊斗にならなんでも話せる気がした。
私の弱さを全部見せてもそれを真正面から受け止めてくれる、そう思ったからだ。
「それを聞いて、急に自分がギャルでいることが間違ってるような気がして。柊斗にも、本当は迷惑かけてるんじゃないかって不安になっちゃったんだ……」
その時のことを思い出して、思わず涙がまた滲みそうになるのをぐっと堪える。
「でも、柊斗が『大事な人だ』って言ってくれたおかげで、少しだけ気持ちが軽くなったよ。ありがとう」
そう言って私は微笑むと、彼はじっと黙ったままだった。
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紗良の話を聞くうちに、俺の胸の中に確かな怒りが込み上げてきた。
「麗華が……アイツがそんなことを言ったのか」
俺の元カノである麗華が、紗良にそんな嫌がらせをしていたなんて知らなかった。
しかも、ただ言葉で揺さぶるだけじゃなくて、彼女の心を傷つけるようなことまでしていたなんて。
正直中学時代の子達の問題に関しては、もちろん俺がサポートはするが、少し厳しく言ってしまえば紗良自信が変わらなければ行けないことだ。
しかし麗華に関しては違う。
元はと言えば俺のせいだ。彼女は俺が付き合っていた元カノだからだ。
紗良は俺と付き合わなければ、麗華は他校だし、彼女と接点なんて生まれなかっただろう。
何が彼女を焚き付けたのかは知らないが、理由が何であれ俺の大切な彼女を傷つけたことは絶対に許せない。
「紗良……それ、俺がどうにかしてくるよ」
俺がそう言うと、紗良は驚いたように目を見開いた。
「え? どういうこと?」
「麗華に直接話をする。紗良のことを傷つけるようなことを言うのは、俺が許さない」
怒りを抑えきれないまま言葉を続けると、紗良が不安そうな顔をする。
「でも、それでまた面倒なことになったら……」
心配そうに紗良は声をかけてくれるが、俺は大丈夫だ、と紗良の目をじっと見つめた。
「大丈夫。紗良がこれ以上嫌な思いをしないように、ちゃんと話してくるから」
「柊斗……」
俺のその言葉に、紗良は少しだけ安心したような表情を見せた。
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柊斗が本気で私のために怒ってくれているのが伝わってきて、胸が温かくなった。
「……ありがとう。でも、無理はしないでね」
「もちろんだよ。紗良が笑っていられるようにするだけだから」
彼の優しい言葉に、私は自然と笑顔を返していた。
──柊斗がいてくれて、本当に良かった。
その夜、私は彼の言葉を思い出しながら、少しずつ前向きな気持ちを取り戻していった。
麗華さんに何を言われても、私には柊斗くんがいる。彼が私を受け入れてくれるなら、それだけで十分だ。
明日からは、また自分らしく頑張ろう――そう心に決めながら眠りについた。




