第33話 『共に帰ろう』
──昨日の紗良は、やっぱりおかしかった。
清楚な格好に驚いたのは確かだけど、それよりも、彼女の表情や振る舞いにどうしても違和感を感じた。
無理して笑顔を作っているように見えたし、何かを隠しているような雰囲気があった。
「何かあったのか……?」
家に帰ってからも、そのことばかりが頭を離れない。気になりすぎて、思い切ってスマホを手に取った。
『紗良、今日大丈夫だった?』
送信ボタンを押してしまったあとで、少し後悔する。
──余計なことだったかな……。
でも、返信はすぐに返ってきた。
『ありがとうね! 全然大丈夫だよ!』
文字の調子はいつもの紗良らしい明るさだったけど、どうしても安心できない。
──これは絶対大丈夫じゃないよな。
紗良はいつも、自分のことより他人のことを気にするタイプだ。
だからこそ、心配かけまいとして本当の気持ちを隠してしまうのだろう。
……そんな彼女を放っておくわけにはいかない
紗良が、俺を救ってくれたあの時のように──今度は俺が彼女を助ける番だと思った。
******
放課後、教室にはほとんど人が残っていなかった。
窓の外には夕焼けが広がっている。
私は自分の席でぼんやりと外を眺めながら、今日の出来事を思い返していた。
「柊斗に嘘ついちゃった……」
本当は大丈夫じゃないのに、「全然大丈夫だよ!」なんて昨日の夜メールで明るく答えてしまった自分が嫌になる。
──なんで素直に言えなかったんだろう。
心の中では、柊斗に気づいてほしい気持ちと、気づかれたくない気持ちがせめぎ合っていた。
彼に心配をかけるのが嫌だという思いもあったし、弱いところを見せたくないというプライドもあった。
でも、本当のところただ、どう伝えたらいいのかわからなかっただけなのかもしれない。
窓の外で風に揺れる木々を見つめながら、ため息をつく。
「私、どうしたらいいんだろう……」
そう一人呟いた時ふと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「──紗良」
驚いて振り返ると、そこには柊斗が立っていた。
さっきの独り言を聞かれていたかもしれない。
「……柊斗?」
「こんな時間まで教室にいるなんて珍しいな」
彼は静かに微笑みながら、私に近づいてきた。
「何してたの?」
「別に、ただぼーっとしてただけだよ」
私はわざと軽い調子で返したけど、彼の視線が痛いくらいに真剣だった。
「本当に?」
その一言が胸に突き刺さる。
「……本当だよ」
視線を逸らしながら答えるけど、声が小さくなってしまう。
******
紗良が嘘をついているのは明らかだった。
彼女がこんな風に弱々しく見えるのは初めてで、その姿がどうしても気になった。
いつもは、少し前まではあんなに元気だったのに……。
「紗良」
彼女の隣の席に腰を下ろして、静かに言葉を続ける。
「もし、本当に大丈夫ならそれでいい。でも、何か悩んでるなら、俺に話してほしい」
紗良が驚いたようにこちらを見た。その瞳はどこか不安げで、少し怯えているようにも見える。
しかし俺はそんな紗良を安心させるように言葉を告げる。
「俺だって、紗良に助けられたんだからさ。頼ってくれたっていいんだよ」
******
柊斗のその言葉に、胸の奥が温かくなるような感覚を覚えた。
「……ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だった。
でも、彼の優しい目を見ていると、何かが込み上げてきそうになる。
……どうして、この人はこんなにまっすぐなんだろう。
「……ごめんね、ちょっと疲れてただけだから」
しかしそう言ってごまかしてしまう自分が情けなかった。
******
紗良の「大丈夫」という言葉を、俺は信じられなかった。
普段の彼女は明るくて、何でも堂々と話すのに、今の紗良はどこか違う。
表情も声も弱々しくて、本心を隠そうとしているのが伝わってくる。
「紗良、聞いてほしいことがあるんだ」
俺は彼女の「大丈夫」をはねのけて、意を決して口を開いた。
「俺さ、紗良に救われたんだよ」
「え……」
「元カノに振られたとき、オタクだから無理だって言われて、自分の好きなことを否定された気がして……本当に辛かった。でも、紗良はそんな俺のことを否定しないで、むしろ受け入れてくれた」
彼女の目が驚きに揺れるのを感じた。
「それに、紗良自身も自分の好きなことを大切にしてて、堂々としてる。そんな紗良がすごく眩しかったんだ」
「眩しい……?」
紗良が小さな声で繰り返した。
「うん、眩しい。いつも自分らしくて、何にでも一生懸命で、すごくかっこいいんだよ。そして……俺にとって、かけがえのない人だ」
その言葉を言い終えたとき、俺の中の不安がすっと消えた気がした。
そして目の前の紗良の顔からも今まで張り付いていたモヤモヤとしたなにか暗いものが消え去ったようにも感じられた。
******
「……かけがえのない人」
その言葉が胸に響いた。
柊斗の真剣な声、まっすぐな目──全部が嘘じゃないと伝えてくる。
「本当にそう思ってくれてるの……?」
そう確認するようにいうと、涙が自然と溢れ出してきた。
私は慌てて顔を隠そうとするけど、手が震えてうまくいかない。
「──紗良、本当にそう思ってるよ」
柊斗が優しく言ってくれる。
……こんなに素直に、私を大事だって言ってくれる人がいるんだ。
私は今までの気持ちを全て彼に話そう、そう決めた。
「私……柊斗に、迷惑かけてるんじゃないかって思ってた。こんなギャルな私を、どこかで嫌だと思ってるんじゃないかって……」
泣きながら言葉を絞り出すと、彼は首を横に振った。
その目からは確固たる信念を感じられた。
「そんなこと、一度も思ったことないよ。むしろ、紗良が自分らしくいられる姿が俺の支えなんだ」
「支え……?」
「そうだよ。紗良がいてくれるから、俺も自分の好きなことを誇れるようになったんだ」
その言葉に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……ありがとう、柊斗」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑うと、彼は少し照れくさそうに笑い返してくれた。
「これからも、俺の隣でそのままでいてほしい」
「うん、絶対そうする」
彼の言葉が、私の中の不安の氷を全部溶かしてくれた。
私の好きなことを大事にしてくれる柊斗くんとなら、ずっと一緒にいられる気がする。
そしてこの瞬間、私は柊斗を信じる決意を固めた。
******
紗良が涙を拭いて笑顔を見せてくれたとき、俺の心は安心感で満たされた。
「さ、帰ろうか」
俺がそう言うと、紗良は頷いて立ち上がった。
その彼女の顔はいつも通りの明るい俺の自慢の彼女のものに戻っていた。
「うん、帰ろっか!」
いつもの元気な声が戻った紗良を見て、俺も自然と笑顔になった。
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