第31話 『やめちゃおうかな』
放課後、一人駅前のショッピング街を歩いていた私は、ふと足を止めた。
今日は家に帰る前に新しいコスメでも見て、少し気分を上げようと思っていた。
「次はどんなメイク試してみようかな……」
柊斗のおかげもあり、少し自分の中でメイクのモチベが今上がっているのだ。ちょっと色々あって沈みがちではあるけど、メイクをビシッと決めて気持ちを上げていこう、そう思っていた。
私は一人呟いて、スマホでコスメショップの位置を確認していた。
すると後ろから誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
「──紗良!? ねえ、紗良だよね?」
振り返ると、そこには中学時代の友達グループが立っていた。
「えっ……久しぶり!」
一瞬驚いたけど、すぐに思い出した。
部活が一緒だった仲間たちで、いつも明るく笑い合っていたあの頃の記憶が蘇る。
「やっぱり紗良だ! ……え、今ギャルやってんの?」
なんの悪気もない純粋なリアクション。
しかし私はその言葉に、一瞬言葉を詰まらせてしまった。
「……えっと、まあ、そんな感じ?」
曖昧に答える私を、彼女たちは上から下までじっくりと見ている。
「ギャルとかマジで想像できなかったわ。中学のときは全然そんな感じじゃなかったのに」
「ほんとそれ! あの頃の紗良って、どっちかって言うと地味だったよね?」
「それが今ではこんな風になって……なんかお母さんの気分だよぉ」
そう言って笑い合う彼女たち。悪気がないのはわかるけど、その言葉は私の胸にじわりと突き刺さった。
「あ、でも似合ってるじゃん! ねえ、どうして急にギャルになったの?」
そのうちの1人が興味津々にそう尋ねてきた。
「うーん……まあ、いろいろあって」
ごまかすように答えるけど、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
なんで急にこんなこと聞かれなきゃいけないの……。
好きに好きなことさせてよ。
そう思うがその気持ちを口に出すことは出来ない。
すると、もう1人が軽い調子で言った。
「なんかさ、無理してるみたいに見えない? 昔の紗良と違いすぎるからかなー?」
その言葉に、心が大きく揺さぶられた。
「無理……してる……?」
自分でも声が震えているのがわかった。
「ごめんごめん! 変な意味じゃないんだけどね。ちょっとびっくりしただけ!」
彼女が慌ててフォローするけれど、その言葉は私の中で繰り返される。
「無理してる……私、そう見えるんだ」
誰にも聞こえない小さな声で私は俯きながら呟いた。
その場は笑顔を作りながらなんとかごまかしたけど、心はどんどん沈んでいった。
「じゃあ、またね!」
別れ際、彼女たちは楽しそうに手を振って去っていった。私も手を振り返したけど、その瞬間、なんとも言えない孤独感が襲ってきた。
中学のときの私……。
彼女たちの言葉が、どうしても頭から離れない。
確かに中学の頃の私は、いわゆる「普通の子」だった。
目立たないように過ごして、みんなと同じような服装、同じような考え方で生きてきた。
「ギャルなんて想像できない」
そう言われて、改めて今の自分を振り返る。
「私、無理してるのかな……」
そう考えた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じた。
帰り道、私は一人で歩きながら自問自答を繰り返していた。
「私はギャルが好きで、自分らしくいられると思ってこのスタイルを選んだ。でも、本当に私らしいって言えるのかな?」
中学時代の自分と今の自分を比較してしまう。
あの頃の私は、周りに合わせることを何より大事にしていた。自分が何を好きかよりも、みんなと同じでいることに安心感を覚えていた。
だけど、そんな自分が嫌で、もっと自分の好きなことを大切にしようと決めて今の私になった。
柊斗の好きなものを誇れる部分に惹かれて、私もそうなりたい、胸張っていようって思った。
「でも、無理してるって思われるなら……」
その言葉がどうしても引っかかって、足が止まった。
「もう、ギャルやめちゃおっかな……」
柊斗も無理してるって、そう思ってるのかな?
不安が頭をよぎる。
もし、柊斗も私を「無理してる」と思っているのだとしたら──そんな考えが消えない。
家に帰ると、何もする気になれず、ソファに倒れ込んだ。
スマホを見ると、柊斗から「今日も帰り道、気をつけてね」なんて優しいメッセージが届いていた。
「柊斗……」
彼はいつも私を大事にしてくれている。なのに、私は──。
「私、本当にこのままでいいのかな」
目を閉じても、友達の言葉や麗華さんの声が頭の中で反響している。
気づけば涙が一筋、頬を伝っていた。




